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さいごに

 健司くんが語ったのはここまでである。

 私は、「顔があったんだ?」と震えて吃ってしまう健司くんに変わって続けた。

 彼は「うん」と憂鬱そうに頷いた。

 その後、顔があってどうなったのかということについて、健司くんはなにも覚えていなかった。気が付いたら病院にいたらしい。

 では、ここで彼が骨折したのかと言えば、そうではなく、彼は腕に擦過傷を負ったのだそうだ。実際に、彼が自分からシャツの袖を捲って見せてくれた。梅雨明け間近の蒸し暑い時期になぜ長袖なのだろうと思っていたが、なるほどそれは傷を隠すためだったのである。

 それは、抉られたような傷痕だった。まるで火傷の痕のような。かなり深い擦過傷である。

 健司くんの受難は事件にはならず、野犬の仕業ということで決着がついたそうだ。

 まあ、健司くんは不本意だろうが呪いの仕業とするよりはまともだろう。とは言え、あの神社のある林に野犬などいないというのは事実である。私も子供の頃はあの神社でよく遊んだものだし、今でも夏になると祭りが行われることから、野犬が寄り付くとは思えない。流石の警察も情報が少なすぎてお手上げだったのだろう。

 だとすれば、やはり呪いだろうか。

 しかし、呪いだとしても、腑に落ちない点はある。それは骨だけの傘の呪いの犠牲者は、皆、骨折するのではないかという点だ。健司くんが負ったのは擦過傷である。不思議に思って、陽太郎くんと翔子ちゃんは大丈夫だったのかと訊くと、どうやら、翔子ちゃんは骨を折り、陽太郎くんは健司くんと同じく、痕が残るほどの擦過傷を負ったらしい。

 ここで四人の被害をまとめると、

 翔司くんが頸椎骨折。

 翔子ちゃんが右足を骨折。

 陽太郎くんが左腕を深く擦過。

 健司くんが右腕を深く擦過。

 骨折と擦過傷に別れている。

 ここで私ははたと気が付いた。

 降霊術の際に唱える呪言である。

「清水さん清水さん、あげますあげます皮あげます、あげますあげます骨あげます」

 つまり、健司くんと陽太郎くんは『皮』を、翔子ちゃんと翔司くんは『骨』を取られてしまったということではないだろうか。

 だとすれば、『皮』を取られた健司くんと陽太郎くんは運が悪かったとしか言いようがない。骨はくっつくが、剥がされた皮は一生痕が残ってしまう。

 ともあれ、それが呪いの正体だろう。


 それにしても、いつからこんな噂が立ち始めたのだろうか。

 私が小学生のころにはなかったと思う。

 健司くんの話を思い出してみると、話の中にヒントはあった。


 翔子ちゃんのお姉さんは「骨だけの傘の儀式は幸運を呼び込む儀式なのだ」と語っていたらしいのだ。恐らく、これが噂の原型だろう。

 では、どの時点で呪いの儀式に変わったのかと言えば、それは陽太郎くんと翔司くんのお兄さんが四年生であったころからである。

 その年に起こった児童連続骨折事件。

 六人の児童が立て続けに骨折した事件である。この骨を折った六人は、恐らく儀式を試したのだ。

 その結果、全員が骨を折っただけで、幸運など起こらなかった。だから、噂が幸運を運ぶものから不運を運ぶものへと変わってしまったのである。

 私は健司くんにここまで説明した。彼が私に話を持ちだしたのは、やはりもどかしい思いを解消したかったかららしい。果たしてこれで彼の疑問が解決したかどうかはわからないが、「そっか」と一言頷くその姿は、得心しているようには思えなかった。まったく私は非力な大人である。


 ところで、私は六人の児童が骨折した出来事を『児童連続骨折事件』と称した。そう、これは『事件』だったのである。

 一時期に六人もの骨折者が出るなど尋常ではない。これが本当ならばメディアも取り上げるはずである。そう思った私は、健司くんと別れてすぐ、図書館で当時の十月頃に刊行された新聞を紐解いてみた。そこには小さくではあったが、記事が載っていた。


 当時、四十五歳の女性が、六人の児童を攫い、その骨を折ったという旨の記事である。

 大きな事件だ。しかし、ネット検索には引っ掛からない。何故、こんなに大きな事件が地方紙の片隅にしか載っていないのか。

 これも推測はできる。

 あくまで推測であるから、このことは鵜呑みにはしないでほしい。

 恐らく、犯人が学校関係者であったからだと私は睨んでいる。そして、その犯人は多分、用務員である。健司くんが四年生の頃の用務員ではない。その前の年の用務員だ。

 健司くんの話では、前の年の十月頃はやたらと学校がばたばたしていて、しかも集団下校や休校まであったらしい。それは小説の方にも記しておいた。

 きっと、学校側が事件の対応に追われていたのだろう。

 まあ、それでも隠しきれるものではない。児童の間ではなにかと語り種になっていたことだろうと思う。特に、当時の四年生の間では。

 もしかしたら、翔司くんはお兄さんに事件のことを聞いていたかもしれない。陽太郎くんから「骨だけの傘」の噂を持ちかけられたときに思い至らなかったのは、彼のお兄さんが、殊更オカルトな儀式を強調して話したからだと私は思っている。

 そして、陽太郎くんのお兄さんが、断片的にしか話さなかったのは、その真面目さ故だろうと思う。健司くんによれば、陽太郎くんのお兄さんはかなり真面目な性格らしい。面白おかしく、あるいはおどろおどろしく話してしまうのが不謹慎だと思ったに違いない。陽太郎くんの粘りの所為で、ある程度は零したが、零した情報は本当に微々たるものだった。

 小さな記事だから、最低限の情報しか得られなかったが私の推測はこんなところである。

 この連続骨折事件以来、骨のない傘はちょっとした降霊術から恐ろしい呪いの降り掛かる儀式として噂されることとなったのだろう。この呪いの儀式の噂は、当時の四年生から下級生に対する警告としても取れる。

 しかし、それに興味を持ってしまった四人組がいた。それが健司くんたちである。何故、彼らが呪いに遭ってしまったのか。それはわからない。

 前年の四年生たちは、超常的な力に傷つけられたのではなく、人の手によって傷つけられた。それは果たして呪いだろうか。六人の骨を折った女性は、まず間違いなく、長期の拘束を受けているだろう。今だって檻の中であるはずだ。だから、健司くんたちを襲ったのはその女性ではない。だとすればなにが健司くんたちを襲ったのか。

 どうしたって謎は残る。

 翔司くんが見た人影はなんだったのか。

 翔司くんの背中を押した人物とは何者なのか。

 健司くんは一体、なにを見てしまったのか。

 骨だけの傘とはそもそもなんなのか。誰が置いていったのか。


 私は図書館から出ると、警察官の友人に連絡を取ってみた。

「久々に飲まないか」

 と。

 もちろん、児童連続骨折事件について話を聞こうと思ったからである。

 友人は私の誘いを受けてくれた。

 私が話を切り出すと、「話せるわけないだろ。阿呆かお前は」と一刀両断された。まあ、そりゃあそうだ。流石に浅はかだった。

「でも、そう言うってことは担当はしたんだろ?」

 友人の口ぶりから察した私は、彼が口を滑らせることを期待してそう投げかけた。

「言えません」

 なかなか口が堅い。

 私は一旦諦めることにして、彼に酒を勧めた。弱いくせに三度の飯より酒が好きな友人である。酔っ払うのに時間は必要なかった。

 かなり出来上がったのを見計らって、もう一度訊いてみる。

 しかし、やはり駄目だった。流石は酔っ払っても正義の警察官である。日本の未来はまったく明るい。

 皮肉を思いながらも溜息を吐く。すると彼は、「仕様がねえなあ」と本当に仕様がなさそうに言った。

「その事件、最後の後始末だけ参加したよ」

 ようやく口を開いてくれた。喜びが顔に出ないよう、注意しながら話を促す。

「確か、子供たちが妙なことを口にしてな。傘が怖いとかなんとか」

「傘?」

 惚けながらも友人の言葉を待つ。

「そう。骨組みしか残ってねえ傘があって、それを警察の方で引き取ってほしいって」

「それ引き取ったのか?」

 喉がひりひりとして、唾液を欲している。

「引き取ったよ。俺が。変な傘でな。本当に骨組みしか残ってねえんだよ。清水って企業のロゴが入ってて、そのロゴの字体が妙に不気味でな。印象に残ってる」


 清水さん清水さん、あげますあげます皮あげます、あげますあげます骨あげます。


 この呪言の清水さんとは企業の名前だったのか。

「今でも署に保管してあるんじゃねえかな」

「なんでそんなゴミを保管してあるんだよ」

「仕方ねえだろ。被害児童があれにすげえ反応するんだからよ」

 なるほど、警察もどう処理したものかわからなかったということか。

 いや、それよりも、これで謎が増えてしまった。

 警察に押収された傘が、何故、戻ってきているのか。連続骨折事件は健司くんたちが儀式を行う一年前の事件である。一年前に持っていかれたものが、一体何故。


 そう思ったが、私はそこで考えるのをやめた。

 これ以上は踏み込みたくないと思ったからだ。調べれば調べるほど深みに嵌って行くような感覚。考えれば考えるほど、なんだか恐ろしくなってくる。

 この事件の真相には絶対に辿り着いてはならないのだという自分自身の鳴らす警告を、私は聞くことにしたのだ。

 健司くんには、なにかわかったことがあったら教えるよと口約束をしたが、それが守られることはないだろう。正直、尋常ならざる事件故、関係者とは連絡を取りたくない。

 これを書いている今でも、背後からカシャンカシャンという音が聞こえてきそうで恐ろしい。

 健司くんには教えず、不特定多数の見る場所に小説を投稿したのは、せめて事情を知らない誰かと共有しなければこの恐怖からは逃れられないような気がするからだ。だから乱文ながらも、今回、この小説を投稿させてもらった。

 はじめにも書いたが、この小説を読んだ方の身になにが起こっても、著者は責任を負えない。まあ、流石にこれは心配のしすぎだとは思う。この話は「読んだものに不幸が訪れる」タイプの怖い話ではないから。

 だから、大丈夫だとは思う。

 しかし、怖い話というのはそれだけでわけのわからないものを呼んでしまう性質がある。この話だってそうかもしれない。

 あなたの持っている怪談もそうかもしれない。

 では、私の話は一先ずここでお仕舞とする。

 みなさんに何事も起こりませんように。

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