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骨だけの傘・1

「昇降口の傘立てに骨だけの傘があるだろ?」

 休み時間、陽太郎は仲のいい友達を机の前に集めると、そう切り出した。

 健司は、陽太郎の言う「骨だけの傘」には覚えがあった。

 確か、健司たちの学年である四年生の下駄箱付近の傘立てに、綺麗に骨だけ残った傘が置いてあるのだ。見る限り、ビニールの欠片も残っておらず、骨も一本も折れていない。そんな傘である。

 なんだか奇妙な美しさを覚える傘だったため、健司はそれを覚えていた。

「あの傘はな、呪われてるんだ」

 健司は、また始まったと思った。

 陽太郎はことあるごとに怪しい噂を持ってきてはその検証をやりたがる、生粋のオカルトマニアなのだ。

 対して健司はオカルトなど信じていない。もう四年生なのだから、いい加減そういうのは卒業しなければならないと常々思っている。だからこんな話は本来馬鹿馬鹿しいと思っているのだ。しかし、それを言葉にして伝えると、「怖いのか」と挑発的な言葉を投げかけられてしまう。そんなときは、冷静にならなければと思えば思うほど頭が熱くなって口論になることを健司は知っている。自分の乗せられやすい性格も自覚している。しかし、かと言って無視もできない。無視などすれば、あることないことを周りに吹聴されるに決まっているからだ。自分が臆病者だなんて噂を流された日にはどこにも面目が立たなくなってしまう。そんなことは健司のプライドが許さなかった。

 だから今は渋々ながらも大人しく陽太郎の言葉を待つ。

「あれがあそこにある所為で、四年生は怪我が絶えないんだよ」

「どういうこと?」

 あまりに突飛な発言に、思わず間の手を入れてしまった。陽太郎の口の滑りをよくしてしまったことに気付いて内心慌てたが、もう後の祭りだった。

「今の五年生、つまり去年の四年生って怪我が多かったんだよ。それも骨折が圧倒的に多くてさ、一年で八人も骨を折ったんだ」

 そんなこともあったなと、健司は去年の記憶を引っ張りだしてみる。確か、結構な騒ぎになったはずだ。立て続けに六人の骨折者を出し、集団下校もあった。今思えば、あれは不審者の障害事件の可能性を考慮してのことだったのだろう。それでも、健司には遠いところで起こった出来事としか思えなかった。

「原因はあの傘らしい」

「傘がどうやって人の骨を折るんだよ」

 あまりの馬鹿馬鹿しさに、つい詰問口調になってしまう。

「だから、それを確かめようって話だよ」

「わざわざ骨を折られになんか行きたくない」

「ん? お前、こういう話は信じてないんじゃなかったのかよ」

 しまったと健司は思った。つい売り言葉に買い言葉で返してしまった。参加不参加についてはもう諦めていたけれど、言い訳をするのが面倒だ。なので、「信じてないよ。でも、どうせ無理矢理、付き合わせるんだろ」と投げやりに返しつつ、話を促した。

「ま、やりたくないならやらなくてもいいけどな」

 陽太郎は嫌味っぽい笑みを浮かべて挑発するが、諦めていれば健司もそんなものには乗せられない。

 陽太郎は、検証は今日の夜にやろうと言った。

 今日は最後の登校日で、明日からは夏休みに入る。今日でなければ、あと一ヶ月は学校に入れない。いや、夏休み中はプールが開放されるので入れないことはないのだが、少なくとも自由には動けなくなるはずだし、日常とはしばらくさよならだ。だから、陽太郎は登校の最終日に大きな遊びをしたいのだろう。それを達成することで、気持ちよく夏休みを満喫できると考えているに違いない。下らないとは思いつつも、健司はその気持ちがなんとなくわかった。なので、「わかった」と一番に了承した。

 陽太郎は他のメンバーの顔を伺う。

 多分、真吾は来れないだろう。彼は塾がある。翔司は親が甘いから望みありだ。

 その予想は当たって、真吾は「ごめん、今日は無理だ」と断り、翔司は「行く行く」と笑顔で応えた。翔司もこの手の話が好物で、陽太郎とはいつも怪談話で盛り上がっている。

「翔子はどうだ?」

 陽太郎は翔子にも水を向ける。

 翔子は、うーんと腕を組んで考え込んだが、七時には帰るという条件付きで了承を返した。


 その日の午後、授業が終わると、まずは親に連絡を入れようということになった。今日は陽太郎の家に泊まることにしたのである。これは夜遊びをするための体のいい嘘ではなかった。用意のいいことに、陽太郎は先回りして親に話を通しておいたのである。後は各々の親に了承を得ればいいだけだ。

 健司は一度家に戻り、母親に宿泊の旨を伝えた。電話でもよかったのだが、こういう報告は直接した方が印象がいいと健司は考えている。

 母は「急ねえ」と怪訝そうな顔をしたがなんとか頼み込むと、宿泊を許してくれた。

 泊まるのは本当なので、ある程度準備をしてから家を出た。

 学校に着くと、校門を潜って校庭に出る。どうやら健司は最後だったらしく、校庭では三人が談笑していた。

 時刻は午後四時半。そろそろ下校時刻である。

 健司は陽太郎たちに近付き、挨拶を交わした。そしてさっそく、件の傘を持ってこようという話になった。

 なにかあるとはどうしても思えないが、一番に話に乗った手前、それを口にするわけにもいかない。

 昇降口へと場所を移して傘を手に取る。なんというか、呪いだのなんだのと聞かされていたせいか、その傘は異様に見えた。呪いだの幽霊だのという馬鹿馬鹿しいことは信じていないが、小さな恐怖心と不安感が内心で燻っているのがわかった。

「どうやって呪いがあるかどうか調べるの?」

 陽太郎に問いかけてみる。

「どうしようか」

 どうやらノープランだったらしい。あまりの無計画に溜息を吐くと、翔司が横から入ってきて、「この傘はある儀式に使うらしいよ」と言った。

 儀式とは。また胡散臭い言葉が飛び出してきたものだ。

「健司くん、信じてないでしょ?」

 表情で思っていることが伝わってしまったらしく、翔司は不満顔で健司を見た。

「信じてないよ」

 いつも通りのスタンスで言葉を返す。

 翔司はこの問答の不毛さがわかっているようで、健司を無視して説明を続ける。

「校庭の真ん中でみんなで輪を作って、輪の中心に傘を置くんだ。そして『清水さん清水さん、あげますあげます皮あげます、あげますあげます骨あげます』と唱える。そうすると輪を作っている人たちが不幸に遭うんだってさ」

 なんだかおかしい。こういうのは普通、儀式を行う側にメリットが提示されるはずである。だからこそ物好きが試したがるのだ。それなのに、この儀式にはデメリットしかない。翔司が言うには輪を成している全員が不幸に遭うらしいのだから自分も例外ではないわけだ。そんな儀式を誰が好き好んで行うというのか。いや、現に今、自分たちは実行しようとしているのだが、それにしたって意味不明である。

 健司は思ったことを翔司に話してみたが、翔司ははそんなことはどうでもいいようだった。

「さあ? でも怖い話ってそういうものでしょ?」

 そういうものなのだろうか。確かに不穏な噂が立った場所が心霊スポットとして有名になったところで、肝試しをする人間は後を絶たないのだからそういうものかもしれないが。しかし、それにしたって不幸を呼び込むだけの儀式というのはもはや儀式として成立しているとは思えない。

 健司が納得できずにしかめ面でいると、翔子が口を開いた。

「健司くんの言うことはわかるよ。だって私が聞いた『骨だけの傘』って、幸運を呼び込む儀式だもん」

「そ、そうなの?」

 翔司は焦ったような調子で翔子に目を向けた。自分の掴んだ情報が間違っていたとなれば、信用問題に関わるからだろうか。翔司も大概、妙なプライドを持っている。

「うん。お姉ちゃんが言ってた」

 確か翔子の姉は中学生一年生である。なるほど、彼女の姉が知っているということは、ずいぶん前からこの傘が置きっぱなしであるのは間違いないようである。

「そうなんだ。ぼくは兄ちゃんから聞いたんだけど。実際、試した人もいて、その人たちはみんな災難に遭ってるって」

 翔司は言うが、それは彼の兄が間違った情報を流したというだけではないだろうか。翔司の兄は五年生だ。年上とは言え、まだ小学生である。中学生である翔子の姉より信頼できるとはいえないだろうと健司は考えた。

 健司はなんとなく、より年上の人間の方が信用できると、考えなしに思っている。だから、翔子の言の方が信憑性があると考えた。

 まあ、それでも、本当に幸運が訪れるとは思っていない辺り、健司もなかなか頑固である。

「ならそれを確かめるためにも、やっぱりやってみる必要があるな」

 聞きに回っていた陽太郎が割って入った。

 どうあっても儀式の決行は諦めない。これぞ陽太郎の陽太郎たる所以である。

「陽太郎は誰から骨だけの傘の噂を聞いたの?」

 なんとなく気になったので訊いてみる。不思議なことに、この噂、健司だけが知らなかったことになる。みんな誰かから話を聞いているのである。

「俺も兄ちゃんからだよ」

 そう聞いて、健司は耳を疑った。陽太郎の兄には何度かあったことがある。学年は、翔司の兄と同じく五年生。しかし、小学生とは思えないほどしっかりした真面目な性格で、陽太郎のオカルト趣味に対しても「ほどほどにな」と声をかけるくらいだったのだ。そんな陽太郎の兄が、陽太郎に噂を流すなんて健司には信じ難いことだった。

「陽太郎のお兄ちゃんってこういう話、あんまり好きじゃなかったよね?」

「うん。しつこく粘った甲斐があったぜ」

 なるほど。今回は陽太郎の根気が勝ったようである。

 とりあえず、疑問の答えは出た。みんな、兄弟姉妹から話を聞いていたらしい。健司は一人っ子だ。だから情報が降りてこなかったのかもしれない。

 会話にひと段落をつけ、四人は校庭へと移動しようと足を踏み出した。

 そのとき、声をかけられた。大人の声である。

「おおい。そろそろ下校時刻だぞ。帰る準備をしなさい」

 声をかけてきたのは用務員だった。彼は、前任の用務員と入れ替わるようにして、去年の十月頃に用務に就いた。あの頃はなにやらばたばたと、学校が忙しかった時期だ。何日か休校もあった。集団下校があったのもあの時期だったか。

 用務員に対して元気で素直な子供を全員で演じた後、四人は一度学校から出ることにした。儀式の場所が校庭とするならば、職員室から丸見えになってしまう。見られてしまえば大目玉だろう。だから、教師たちが退勤するのを待つために、一度下校する振りをしたのだ。

 とりあえず、そこらをぶらぶらしながら四人は時間を潰した。

 そして午後六時半、学校に戻ってくると、職員室の明かりが消えているのを確認した。

 夕日がべったりと校庭を照らしている。張り付くような暑さがうっとうしい。さっさと終わらせて、陽太郎の家でゲームにでも興じたいものだと健司は心底思った。

「よし、始めるか。傘を真中にして輪を作るんだったな」

 陽太郎が開始を宣言する。

 四人では輪を作ることができなかったので、四角形を作ることにした。

 各々、所定の位置につく。次のステージは呪言を唱える、である。


 清水さん清水さん、あげますあげます皮あげます、あげますあげます骨あげます。

 清水さん清水さん、あげますあげます皮あげます、あげますあげます骨あげます。


 二度唱える。

 が、なにも起きない。

 健司は、なんだか気恥ずかしさを覚えた。完全に噂に踊らされている、と思ったからだ。

「なんもおきねーな」

 陽太郎が憮然とした表情で言う。

「そりゃあそうだろ」

 これが現実である。結局、呪いなんてものはありはしないのだ。

 と、そのとき、翔子が「あっ」と声をあげた。

 その場の全員が、「なんだ」と翔子の視線の先を追う。

 健司の目に映ったのは、校舎と体育館を繋ぐ通路を歩く人影だった。通路は吹き抜けで、こちらの様子が容易に伺える構造になっている。

 まずい。

 見つかったら叱られる。

 そう思った矢先、人影が体ごとこちらを向いた。遠目で顔までは確認できないが、間違いなく見つかった。人影はこちらを見ている。

 そして、そいつは通路の柵を乗り越えてこちらに向かってきた。

「逃げろ!」

 と陽太郎が叫んだ。

 四人は一目散に校門へと向かった。

 走っている間はとにかく後ろを振り向かないようにした。大人の足ではすぐに追いつかれてしまうからだ。全力で走ること。健司はそれに集中した。

 走りながらも荷物を回収し、閉まった校門を乗り越えても、四人は速度を落とさずに陽太郎の家へと走った。

 玄関前で息を切らす四人。皆、周りが見えていなかったなか、誰一人欠けなかったのは幸いだったであろう。

「びっくりしたなー」

 吐き出すように陽太郎が呟く。

 本当に驚いた。まさかまだ人が残っているとは思わなかった。恐らく、見回りだろう。

「あ、私、帰らなくちゃ」

 ここまでついてきてしまったことに気付いた翔子が慌てたように言って身を取り直す。そして、まったく後ろ髪を引かれることなく「じゃあね」と言って踵を返した。

「一人で大丈夫?」

 翔司が翔子を呼び止める。

 意外と紳士な性格である。

 翔子は迷うことなく「大丈夫」と言って三人に手を振った。

 こうして四人の冒険は幕を閉じた。

 残った三人は家へと入り、宿泊を満喫した。

 夜、布団に横になったとき、翔司がぽつりと呟いた。

「あの人、ちょっと不気味だったよね」

「は? 誰が?」

「体育館通路にいた人」

 ああそのことかと健司は得心しながらも翔司の声に耳を傾ける。

 陽太郎は「なにが不気味だったんだよ」と話を促した。

「いや、ぼくらは見つかったと思って必死に走ってたわけだけど、あの人『コラー』とか、怒ったようなこと言ってなかったし」

 そういえばそうだ。健司も、静止を要請するような怒声を一度も耳にしていない。陽太郎も同じようで「そうだなあ」と不思議そうな声をあげていた。

「それにさ、あの人、走ってもいなかったよ」

「お前、後ろ見てたのか」

「だって逃げ切れるか心配になるじゃん」

 確かにそれはそうだが、皆、それを押して逃げていたのだ。意志が弱いのか、はたまた冷静なのか。

「で? 走ってなかったって?」

「うん。それで、置いてきた傘を拾い上げてさ、差したんだよ、骨だけの傘を」

 なんだそれは。

 そうなってくると不気味を通り越して意味不明である。いや、意味不明すらも通り越してもはや怖いとさえ思う。

 よくそこまで後ろを見てたなと健司が言うと、どうやら怖いながらも目が離せなくなっていたそうだ。

 どうやら四人の中で、翔司だけは他の三人とは違う恐怖心で走っていたようである。

「あれってやっぱり幽霊なのかな?」

「おお、そうかもな」

 陽太郎は呑気に言うが、本当に幽霊だとしたら剣呑である。それは呪いが成就したという証左にはならないだろうか。

 健司はそう考えたが、馬鹿馬鹿しいとその考えを振り払った。

「きっと、ちょっとお茶目な人だったんだよ」

 これはこれで無理があるとは思いつつも、言わずにはいられなかった。

「そうかなあ。だっておかしくない? ぼくらは全力で走っていて、あの人はゆっくり歩いてたのに、傘の場所まで辿り着くまで全然時間がかかってなかったんだよ?」

 それは尤もだ。

 体育館通路から校庭の中心までは結構な距離がある。だからこそあの人影の顔を見ることが叶わなかったのだから。

 普通なら、人影が傘に辿り着く前に、健司たちは昇降口まで辿り着けるはずだ。昇降口からグラウンドの中心は見えない。健司たちが見えない位置につく前に、傘の場所まで辿り着くのは恐らく不可能だろう。まして、歩いていたのだから尚更である。

「本当に不幸が起こったりしてな」

 眠そうな、しかし明らかに楽しんでいる陽太郎の声が室内を伝う。

 そんな馬鹿なことがあって堪るかと思いつつ、健司は目を閉じた。


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