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Episode6 幸せなキモチ

「はいこれ」

 焼きたてのクッキーが並んだ皿を、お母さんが階段下で私に手渡した。昼ご飯の準備もほっといて、一体何を何を作っているんだろうと思っていたけど、漸く謎が解けた。

 お菓子作りの好きなお母さんが作るクッキーはシンプルながらいつも美味しいのだ。恐らく、今年も誕生会もといお菓子パーティーをやると知って作ってくれたのだろう。


「ありがとう!」

 お礼を言うと、お母さんは微笑んでリビングの中へ入って行った。私は階段を足早に登って二階の部屋を目指す。

 揺れるたびにカタカタと音を立てるクッキー。一枚つまんで口に咥える。うん、やっぱり美味しい。

 階段を登り終えて、すぐ正面にある扉を開こうとドアノブに手をかける。

 その時、

『やっぱり、明美とはこのまま友達でいる方が良いのかもしれない……でも、もし、もし仮により深い関係になれたら』

 そんな声が、

 聞こえて来た。


「え……?」


 一瞬で頭の中が真っ白になる。

 ドアノブに手をかけたまま、呆然と立ち尽くす。

 今、楓は何と言ったの?

 聞き間違いじゃなければ、楓は私と深い関係になれたらと言った。

 それはもしかして、そういう事なのだろうか。


「……いやいや」

 流石にあり得ない。聞き間違いに決まっている。

 自分の想像と羞恥で顔が一気に熱くなる。

 楓が私の事を好きだなんて、あり得ない。そう、きっと今の言葉は更に友達として仲良くなりたいって事なんだ。

 そう自分に言い聞かせて、胸を押さえて息を整える。よし、落ち着いた。もう一度ドアノブに手をかけて、

『多分さ、このままじゃ満足出来ないんだと思う。だから告白する』


 ––––え?


 頬を引っ張ってみる。痛い。という事は夢じゃない。

 一度、落ち着こう。そう、落ち着こう。

 楓は今、私に告白すると言った。告白って、つまり、そういう事だよね?

 楓は、私の事が、好き?


 今まで私と触れ合うと顔を赤くしたり、慌てたりする楓の姿に、根拠の無い、都合の良い予感を抱き続けていた。楓は私の事をもしかしたら、好きなのかもしれないと。

 でもそう思ってしまう度に自己嫌悪に陥った。そんな筈が無いだろうと。私達は女の子同士なのだから、楓が私と同じ気持ちを持っている筈が無いと。

 でも、私の予感は本当だったのだ。

 嬉しさ、驚き、恥ずかしさ、そんな感情が一気に私の中を駆け巡る。今すぐ走り出したい気分だった。

 部屋の中からはまだ何か聞こえてきていたけど、内容は全く頭に入らなかった。様々な考えが頭の中に浮かんでは消えていく。

 だって、つまり簡単に言ってしまえば、私と楓は両思いという事じゃないか。


 ドアを勢い良く開くと、同時に佳子と楓の顔がこちらに向いた。佳子が何故か楓の頭に乗せていた手を慌てて引っ込める。楓は、状況を理解していないように呆然と私を見上げていた。

 心臓の音が外に聞こえてるんじゃないかってくらいにうるさい。息苦しくて、恥ずかしくて、嬉しくて、いてもたってもいられない。

「か、楓!」

 自分の口じゃないみたいに、思わず名前を呼んでいた。楓もようやくこの状況に気が付いたのか、一気に顔を紅潮させて慌て出す。佳子はまだ呆然としていた。


 この流れで、言ってしまえ。

 佳子からのメールが思い出される。私の気持ちは、伝えなくちゃ伝わんない。

 なら、今伝えてしまおう。

 偶然とはいえ、楓の気持ちを知ってしまった上で告白しようとしている。言うなれば後出しじゃんけんだ。卑怯だろうか。でも、私も楓が好きだって、伝えなくちゃ。

「わ、私!」

 思わず、声が震える。何故か分からないけど涙も溢れてきた。嬉しいからなのか、極度の緊張からなのかは分からない。

 座ったまま私を見上げる楓に向かって、

「楓の事が好き!!」


 一気に部屋がしんとなった。

 言った。言ってしまった。

 楓は顔を真っ赤にして、張り付いたように驚きの表情を浮かべている。しかし溶けるように泣きそうな表情に変わっていく。

「あ、明美ぃ……」

 私は勢い良く座り、クッキーの皿をテーブルに置くと、正面から楓の肩を抱き寄せた。楓の額が私の肩に当たる。ふわりと良い香りがした。

「わ、私……私も……」

 楓が言葉を途切れさせながら、言う。

「あ、明美の事が、好きだ……」


 あぁ、きっと私は今世界で一番の幸せ者だ。ずっと夢に描いていた事が今、現実になっている。

 

「……さて、邪魔者は退散しましょうかね」

 無言で抱き合う私達に耐えかねたように、佳子は急に立ち上がるとそう言って笑ってみせた。荷物とコートを持って部屋から出て行こうとする。


「待って!」

 ピタリとドアの前で佳子は立ち止まる。


 楓が佳子に私に告白云々を話していたという事は、佳子は楓が私を好きだと知っていた筈だ。そして私は佳子に楓が好きだと教えていた。

 つまり佳子は私達の間に、ずっといてくれたのだ。そして、背中を押してくれた。親友である私達二人が、自分で気持ちを伝えられるように。

「ありがとう」


 佳子はきっと、私達の気持ちはずっと前から知っていたに違いない。だって佳子は昔から、そういう人だから。誰よりも私達の事を見てくれて、いつだって支えてくれる。

 そんな全ての感謝を込めて、言った。


「……いいよ、別に」

 振り返って、いつもの明るい笑顔を見せる佳子。

「だって親友、でしょ?」

 私と楓は何度も頷いた。


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