Episode4 見えないキモチ
「お、これなんかどう!?」
得意げに鉢植えに入ったサボテンを佳子に見せたら、思いっきりじとっとした目で見られた。私は真剣なつもりなんだけどなあ。
明美の誕生日を明日に控えた日曜日。私と佳子の二人は、明美にあげるプレゼントを選びにショッピングモールを訪れていた。
これは私が前にメールで佳子にプレゼント選び手伝ってと要請したからだ。
佳子は私が明美の事が好きだという事を知っている。だから、普段お洒落な物には縁の無い私に色々アドバイスしてくれるというのだ。
佳子は普段から明るくて頼れるお姉さんって感じだけど、やっぱり頼れるなぁと改めて思う。
髪だって私の雑なショートとは違って、ふんわりとしたショートボブだし、色だって生まれつきらしいけど明るいし。洋服だっていつも可愛いし。お洒落には気を遣っているんだろうなぁというのが滲み出ている。こういったお洒落な物に関しては誰よりも頼りになる。
余談だけど、私には何故佳子に彼氏が出来ないのか不思議でならない。この顔とスタイル、しかも性格まで良いときたなら寄って来る男子なんていくらでもいそうなものだけど。
「……楓、真面目に選ぶ気ある?」
ついにこれだと思ったモアイ像の置物を見せたら、真剣に怒られてしまった。うう、何だか今日の佳子はちょっと怖い。
一応本屋らしいけど雑貨が多過ぎてよく分からなくなっているこの店は、品揃えが多過ぎて中々選ぶ事が出来ない。でも私の小遣い的にも高いアクセサリーなどは買う事が出来ないのでこれ位が妥当な所だ。あんまり高いものをあげても気を遣わせちゃうかもしれないし。
だからあえてネタに走ろうとしたのだけど、冷静に考えてみると流石にモアイ像はやり過ぎかもしれない。机に置いてもなんか、うん。お洒落ではないな。
「明美は音符が入ったやつが好きでしょ?」
「まぁそうだなあ」
佳子の提案に素直に頷く。確かに小さい頃からピアノをやっている明美は、音符の入っている文房具や小物を愛用している。
店の中を暫く歩き回ってみると、意外とすぐに見つかった。
「どうよ」
ドヤ顔で見つけたマグカップを見せてみる。すると佳子は「うーん」と首を傾げて悩み、首を横に振った。
「明美はもう音符のマグカップは四つ持ってるよ」
「……何で把握してるんだ」
家に行った時に数えたのだろうか。何でマグカップの数を数えようとしたのか不思議なところだけど突っ込まないでおく。
時々佳子は謎の情報を持っている。自分で言うには洞察力が優れているらしいけど、千里眼か何かを持っているのだろうか。
「あー、もう難しいなー」
マグカップを棚に戻し、溜息をつく。やっぱり私はこういうものに対するセンスが絶望的なようだ。佳子は少し目を伏せて、申し訳なさそうな顔をする。
「ごめん、なんかアドバイス出来てないね」
「……んー?」
朝からだけど、今日はやけに佳子のテンションが低い。何時もなら五月蝿いくらいにテンションが高いのに今日はやけにしおらしくなっている。
何か、あったのだろうか。
「でも明美は、楓がくれた物ならきっと何でも喜ぶよ」
「……そうかねー」
佳子に関しては後でさりげなく訊いておこうと思いながら、とりあえずまずはプレゼントの事を優先させる。
確かに、私達の間柄なら何をあげても喜んでくれるような気もする。
でも、私にとってはただのプレゼントなんかじゃ無くて、好きな人にあげるプレゼントなのだ。だからそれに見合う、明美が一番喜んでくれるような物を選びたい。
それで少しでも私に思いを向けてくれたら、なんてね。女の子同士なんだからプレゼントに特別な意味も何も無いな。少なくとも、明美にとっては。
「いやー、佳子がいてくれて助かったよ。ありがとな」
「いや別に私は何もしてないし」
何とかプレゼントを選ぶ事が出来て、私と佳子は一階にあるドーナツ屋を訪れていた。最近出来たばかりの新しい店のようで、店内は清潔感に溢れていてとても綺麗だ。
私はこう見えて甘い物が結構好きだ。よく一年生のアキと二人で色々な店に行ったりもしている。
早速、私はチョコのかかったノーマルなドーナツを二つ買ってきて食べており、佳子の手にも苺のドーナツがある。しかし何故か手をつけないままでぼーっとしていた。
「……佳子、何かあった?」
流石にこれは様子がおかしいので声をかけた。すると佳子は「えっ」と我に返ったように背筋を伸ばしてじっと私の顔を見つめた。
「な、なんで?」
「いや、どう考えてもテンション低すぎだろ今日の佳子……」
一瞬、表情が固まった。しかしすぐにいつもの笑いが口元に浮かぶ。
「いやいや、全然。私はいつも通りいつも通り」
しかし全然笑いにはなっていなかった。無理して笑っているのが簡単に分かる。
私はドーナツを置いて、真剣に佳子を見つめ直す。
「いいや、何かあったね」
「いや別に何もないってー」
そう言って笑いながら、露骨に目を逸らした。ここで引き下がる訳にもいかないので、身体を乗り出すように佳子に詰め寄る。
「とりあえず言ってみろって。友達でしょ?」
「……」
暫くの沈黙。佳子は笑いを引っ込めて、俯いたままテーブルの上のドーナツを見つめていた。店内の喧騒が聞こえて来る。気まずさを誤魔化す為に少し辺りを見渡してみると、カウンターでレジを打っている、アンダーリムの眼鏡を掛けた高校生くらいのバイトが目に入った。
さっきドーナツを買った時にも思ったんだけど、何処かであの子、見たことあるんだよな。案外うちの高校の子なのかもしれない。
視線を佳子に戻すと、まだ悩んでいるように俯いて唇を噛んだりしている。
––––結構、言いにくい事なのかもしれない。だったら、無理に聞き出すのは悪いな。
「あー、佳子? そんなに言いにくい事なら無理に言わなくても……」
「楓はさ」
私の言葉を遮って、佳子が漸く口を開いた。
私は口をつぐんで次の言葉を待つ。佳子はゆっくりと言葉を絞り出すように、
「もし仮に、明美に告白されたら、どうする?」
「こ、告白ぅ!?」
いきなり何て事を訊くんだこの人は。思わずその場面を想像してしまい、顔がかーっと火照ってしまった。
この流れからどうしてこの質問が来るのかはわからないけど、とりあえず答えないと目の前の佳子は目線を逸らしてくれそうにない。
指先をつんつんと合わせながら、言葉を選びながら答える。
「そりゃあまぁ、嬉しいと言うかなんと言うか……」
「付き合うの?」
間髪入れずに質問をぶつけてきた。更に顔が熱を増す。
「あー、もうそもそも絶対に無い事だろ! 明美はほら、こう、あれだよ! ノーマルだし!」
何を言っているのか最早意味不明になってきたけど、とりあえず告白されるという事自体あり得ないという事を主張する。そりゃそうだ、明美がほら、こういう、あの、女の子を好きになる訳が無い。
「……じゃあ質問を変えるけど、楓は明美に告白したいの?」
今度は更に直接的な質問が飛んで来た。もしかして、からかっているのだろうか。でも真剣な佳子の表情を見るとそんな事は無いというのが分かる。
「そりゃあ……」
明美に、私が楓を好きだと伝えたのはつい一月程前の事だ。ずっと胸の中にしまっておくつもりだったけど、佳子なら何だか何とかしてくれるような気がして、つい言ってしまった。佳子は一言「知ってる」と笑って、私に協力すると言ってくれた。
本当に佳子は良い友達だ。お洒落なんて分からない私に色々教えてくれたり、明美が行きたいと言っていた店を私に教えてくれたり––––これは佳子に悪いような気もしたけど、二人で出掛けるように仕向けてくれたり。気の所為かもしれないけど、昔から良かった私と明美との距離は更に縮まった気がする。
それも佳子のお陰だ。そして今までやって来た事は、明美に私の気持ちを伝え準備に過ぎない。
いくら明美がノーマルだって分かっていても、この気持ちは変わってくれない。きっと、伝えない限り。
「告白したいよ、そりゃあさ」
答えると、佳子の表情が僅かに動いた。しかしすぐに口元が緩んで、微笑みを浮かべる。
「そっかそっか」
佳子は漸くドーナツを手にとって、口に運んだ。一口齧って嬉しそうな表情をする。
でも、私はテーブルの上のドーナツに再び手をつける事は出来なかった。
佳子はどうして、今日はあんなにテンションが低かったのだろうか。まさか、私にさっきの質問をするタイミングを伺っていただけなんて事は無いだろう。
佳子はどうして、こんな質問をしたのだろうか。訊いて、何がしたかったのだろうか。
––––佳子はどうして、こんなに悲しそうな顔をしているのだろうか。
ずっと一緒にいるから分かる。佳子は時々、笑顔の後ろに色々な表情を隠している事を。
佳子、何か悩んでいるなら私達に言ってくれよ。
「笑顔」でドーナツを頬張る佳子を見て、小さく溜息を漏らした。