Episode33 伝えるキモチ
「寒いね、帰ろうか」
「……ごめん。いきなり呼び出して」
「ごめん冗談だって。謝らないでよ」
可笑しそうに笑う彼女を見ていると、私の頬も自然と緩んでしまう。
三月の夜。春は目前に迫っているというのに、吹き付ける夜風は冷たい。こうして二人でベンチに並んでいると、どうしてもあの日を思い出してしまう。
明美から「楓のことが好きだ」と告白されたあの日。全ての歯車が狂い始めたあの日。
……いや違う。とうの昔に狂っていたのに、その現実から目を逸らせなくなったあの日。
あの日と同じ公園。同じベンチ。
消えかけていた電灯はいつの間にか取り替えられて、私たちを照らしている。
私は今夜、明美をこの場所に呼び出した。
目的はたったひとつ。この思いを彼女に伝えるために。
「……それにしても早いよね」
「何が?」
「高校生活。ついこの前、入学したみたいな感覚なのに、明日卒業なんだよ?」
明美は少し寂しそうに言う。
そう。明日は卒業式。高校生活最後の日。
確かにあっという間の三年間だった。ここ最近は時間が過ぎるのが遅く感じたけど。
結局のところ、明美と過ごす時間はいつもあっという間なのだ。まだ続いて欲しいとどんなに願っても、時の流れはいつも無情で。
そんな風に思っていた。そう、思っていたんだけど。
明美には楓という恋人がいる。そして私は、二人の親友だ。その事実だけはもう絶対に揺るがない。
だけど明美に向けたこの思いがある限り、きっと本当の意味で親友とは言えない。
鈴音の一件から、ずっと悩み続けていた。
意図せぬ形ではあったけれど、明美に私の思いは伝わってしまった。
それでも長年積み重ねたこの思いは、簡単に消えてくれるものではない。
私は変わらなくちゃいけない。
だから私は今日、明美に告白する。今度はちゃんと、自分の口から。
「ねえ……明美」
「ん?」
顔を覗き込んでくる明美。相変わらず可愛いな、と笑ってしまいそうになる。
彼女の首に巻かれているのは、楓がプレゼントしたマフラー。それは彼女たちの間にある確かな繋がりを示すようで、勝ち目のなさを改めて思い知らされる。
全ては決まり切っている。だからこれはただの我儘だ。
明美への恋心から卒業するための、私の我儘。
「どうしても、聞いてもらいたいことがあるんだ」
「……うん」
明美は僅かに戸惑いを浮かべた後、何かを察したように優しく微笑んだ。
こんな夜に公園に呼び出されるなんて、きっと明美も感づいていただろう。聞きたくないなら逃げることもできたはずだ。それでもここに来てくれたのは、きっと覚悟を決めてくれたから。
この告白で何かが変わってしまうのかもしれない。
それでも私は、胸を張って二人の親友と名乗りたいから。
吐く息が白い。凍りつくような無音の中で、私たちの吐息だけが聞こえる。
明美はきゅっと唇を結び、私の言葉を待つ。
「私は、明美のことが好き」
「……うん」
「他の誰よりも、明美のことが好き」
「……ありがとう、嬉しい」
優しく微笑みかけてくれる明美を見たら、目の奥から一気に熱いものが込み上げてきた。
まずい。絶対に泣かないつもりだったのに。
……でもこれは、きっと悲しみの涙じゃない。
ようやく自分の口から思いを伝えることができた、嬉し涙だ。
「佳子ったらまた泣いてる」
「ご、ごめ……泣くつもりなかったんだけど……」
揶揄うように覗き込んできた明美は、ハンカチでそっと私の頬を拭いてくれる。
「……佳子の口からちゃんと聞けて良かった。私はその気持ちに応えられないけど、好きでいてくれていてありがとう……ずっと気づけなくてごめんね?」
それが明美の答えだ。
どこまでも優しい、私が好きな明美の答え。
彼女が私の気持ちに応えてくれることは、きっと永遠にないだろう。彼女は優しいからこそ、自分が愛する恋人を裏切ることは絶対にしないから。
だから、私は前を向く。
この現実から逃避するのは、もうやめにしよう。
袖で涙を拭って、明美の顔を見つめる。震えそうになる喉から声を絞り出す。
「これからもずっと、親友でいてくれる?」
「……もちろんだよ」
これが私たちの結末。最初から叶う恋ではなかった。
それでも私は明美と一緒にいたいと願う。恋人ではなく、親友として。
これから先、辛い思いをするかもしれない。またあの時のように、楓を妬んでしまうことがあるかもしれない。だけど、私は二人の親友であり続けたい。
きっとそれが、私の進むべき道だ。




