Episode31 私のキモチ
幻聴かと思いました。
聞こえる筈のない声だったから。
もう二度と、聞けないと思っていた声だったから。
「……佳子先輩」
「駄目だよ鈴音! そんなの、許さないから!」
でも振り返ると先輩はそこにいました。汗だくになりながら、苦しそうに肩で息をして。必死で探してくれていたことは、訊かなくても分かります。
嬉しかった。あんなことをしても、佳子先輩はまだ私を追いかけてきてくれる。
「……来ないでください」
でも引き返すことはできません。
佳子先輩は優しいけれど、その優しさゆえに、私を好きになることは永遠にないでしょう。
そんな現実ならいっそ、この手で終わらせてしまいたい。佳子先輩が手に入らないなら、生きている意味なんて私にはないんですから。
「死ぬなんて駄目だよ。鈴音が死んじゃったら私」
いまにも泣き出しそうな先輩の声。
「どうして駄目なんですか? 明美先輩や楓先輩がいるじゃないですか」
溢れ出る言葉は止まらない。
「先輩があの二人を選んだんですよ? 一度は私を選んだのにあっさりと切り捨てて、どうして今更そんな台詞が吐けるんですか?」
先輩が青ざめるのが分かった。
違う。本当はそんなことを言いたかったわけじゃないんです。
でも佳子先輩は膝から崩れ落ちて、ぽろぽろと涙を流しました。ごめんね、ごめんね、って何度も呟きながら。私は本当に最低の後輩ですね。先輩を傷つけて、挙げ句の果てに被害者面をして。
震える脚に鞭を打って真下を見下ろします。もう引き下がれない。怖くないわけ、ありません。こうなる覚悟はずっと前から決めていたはずなのに。
さようなら佳子先輩。あなたと過ごした時間は、私にとってかけがえのない時間でした。灰色だった人生に鮮やかな色がついたような、幸せな時間でした。
できることなら、ずっと一緒にいたかった。
「私のことを、忘れないでください」
だから私は、貴女の記憶に永遠に焼き付けましょう。
貴女を愛した、たった一人の後輩がいたことを。
体が宙に浮く感覚。
本当は貴女を傷つけたくなんてなかった。
辛そうな先輩を見たくなんてなかった。
それでも私は自分を抑えることができなかったんです。
思い返せば諦めてばかりの人生でした。
こういう家庭に生まれてしまったから仕方ない。虐められるのも自分のせいだから仕方ない。そんな風に全てを諦めながら生きてきました。
それでも貴女だけは諦めることができなかったんです、先輩。
全てを諦めてきた私がようやく見つけた、決して諦めたくないもの。
道を踏み間違えていると分かっていても、諦めることができなかったもの。
それが貴女だったから。
意識がゆっくりと薄れていきます。
消えゆく意識の中で私は、