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Episode24 本当のキモチ

「……ねぇ、起きてる?」

「……起きてるよ」

 眠れるはずがない。

 今、佳子はどこにいて、どんな思いでいるんだろう。そう考えると不安の波は次々と押し寄せて、私を真っ暗な深い海へと飲み込んでしまう。だから必死で考えまいとするのに、ぐるぐる回る頭はそれを許してくれなかった。

 もう時刻は午前三時を回ろうとしている。普段ならとっくに眠っている時間だ。それは隣にいる明美も同じはず。



 結局、鈴音からの返事はないままに刻一刻と時間ばかりが過ぎて、私と明美はすっかり日も落ちた公園から帰らざるを得なかった。

 でも明美は一人でいるのが怖いと言って、うちへ泊まりに来てと私を誘った。

 佳子の顔がちらついて少し躊躇ったけど、明美の抱く不安を考えると放っておくことも出来ずに、今こうして同じベッドの上で隣り合っている。

 左腕に感じる明美の温もり。

 顔を横に向けると、同じくこっちを向いていた明美と至近距離で目が合った。カーテンの隙間から差し込む光に、薄青く照らされているその表情は暗い。

 明美は顔にかかった横髪を左手で耳にかけて、小声で尋ねてくる。

「少し、お話してもいい?」

「……うん」



 それから私たちは、とりとめの無いことを話し続けた。クリスマスのあの日から離れていた私達の心の距離を縮めようとするように。そうすることで不安の波から逃れようとするように。

 でも私は、まだこの距離をうまく測ることができずにいる。

 明美とまたこうして話すことができて嬉しいはずなのに、なんだろう、この胸の苦しさは。

 佳子に対する罪悪感。それとも、いずれ再び離れてしまうことへの恐れだろうか。

 考えるほどに分からなくなって、中身のない空返事しか返せないままに、時間だけがただ過ぎて行った。



 時刻はいつの間にか四時を回っていて、新聞配達の自転車が走り去る音が聞こえて来た。それでも一向に訪れない眠気に、疲れた身体が重くなっていく。

「……眠れないね」

「……うん」

 握られた左手は少し汗ばんでいて、離れてしまわないようにもう一度握り直す。

 これほどに不安そうな明美は初めて見るかもしれない。無理もない。昨日は色々なことが起こりすぎた。佳子に会いに行って、佳子と鈴音のキスを見せられて、佳子がいなくなって。それに、明美は私以上にこの状況を把握できていないだろう。明美がどれ程の困惑の中にいるのか、私には想像もつかない。

 だからこそ私が支えなくてはいけないのだ。でも私に、それができているだろうか。


「……明美さ……悩んでることとか、無いか?」

 何か言わなくちゃ。そう急いだ結果、そんなことを訊いてしまう。

 悩んでることがあるのなんて当たり前だ。優しい明美はきっと、佳子が私達から離れていっていることに悩んでいるのだろう。そして今はその行方さえ知れなくなって、心だけでなく本当に離れてしまっていることにも。そんなことは今更––––いや、違う。

 私は知りたいのだ。

 佳子が悩んでいる時、私は何もすることが出来なかった。それどころか、逆に追い詰めてしまった。

 だから明美の気持ちを、ちゃんと知りたい。支えたい。それが今、佳子のために私が出来る唯一のこと。


「……私は、大丈夫だから」

 そう言った明美の寂しい笑顔が、いつかの佳子の表情と重なった。

 二人はやっぱり、どこか似ているのかもしれない。自分の気持ちを隠して、人には優しくするところなんて特に。私にはそんなことは出来ない。

 右手を伸ばして、明美の髪を梳く。

「……全部、一人で背負わなくていいから」

 驚いたように見開かれた二つの眼が、暗闇の中で一瞬潤んだように見えた。そのまま明美の頭を抱え込むように抱き寄せる。



 胸に伝わる明美の温もり。呼吸の度にその吐息を感じる。

 不思議と、心臓の鼓動は早くならない。代わりに締め付けられるような苦しさが襲って来る。

 永遠にも感じる長い沈黙の後、明美はようやく口を開いた。

「……私ね、欲張りなの」

「欲張り?」

「うん」

 明美の言っている意味がよく分からない。

 でも理解したくて、必死にその言葉の意味を探る。

 明美に欲張りなイメージはない。むしろ欲なんてないようにも見えてしまう。あっても、それを隠しているのだろうけど。


「楓と恋人になれて、本当に嬉しかったの。ずっと、こうなりたいって思ってたから」

 でも、と明美は消え入りそうな声になって。

「……でも佳子がだんだん私たちから離れていって、それがたまらなく嫌で……」

「……明美」

「何も変わって欲しくない。何も離したくない。それでも私は、楓と恋人でいたいって思ってる」


 やっと、明美の言葉を理解した。

 明美はこんなに思い悩んでいたというのに、私は一体何をしていたのだろう。

 佳子には鈴音がいるんだからいいじゃんなんて、本当に最低だ。明美が私を思っていてくれた気持ちにも、私は。


「……もう、どうすればいいのか分からないよ」

「ごめん、明美」

 ぎゅっと、その震える身体を抱き締める。心の中で佳子に謝りながら。

 明美は一瞬ビクリと身体を震わせると、嗚咽をもらしながら私の胸に顔を埋めた。

 

 

 「真実」を知った明美は、きっと誰も選ばないことを選ぶ。

 だって、明美は優しい子だから。誰かが傷つくのを、自分の痛みとして受け取ることができる子だから。

 欲張りなんて言うけれど、それは違う。ただ優しいだけなのだ。私にも佳子にも、明美は同じだけ愛情を注いでくれる。


 だからきっと、私だけがいい思いはできない。


「……私、明美が好きだ」

 だから今だけは、こうやって言うことを許して欲しい。



 その時、机の上にあった私と明美の携帯が同時に電子音を鳴らした。

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