Episode22 不安なキモチ
私たちが佳子の家まで戻ると佳子のお母さんが不安そうな顔で携帯を握りしめ、玄関先に立っていた。
その不穏な様子に不安が過る。
「明美ちゃん……楓ちゃん……」
私たちの顔を見ると慌てた様子で駆け寄ってきた。
「佳子がどこ行ったか、知らない?」
「え……?」
嫌な予感は的中してしまったらしい。楓と顔を見合わせる。
佳子はもう部屋にはいない。そういうことだろうか。それも、行き先を告げないまま。
引き込もっていた佳子が、いきなり外へ買い物へ行ったり遊びに行くとは考えにくい。なら、どうして? どこへ?
焦燥に背筋が凍りつく。冷たい汗が額を伝う錯覚を覚えた。
「佳子最近なにか思いつめてたみたいだから心配で……」
「あの……鈴音は?」
「あの後輩さんなら私も探しに行くって言ってくれて……」
訊いた楓の拳が、ぎゅっと握られる。
「行こう、明美」
いきなり駆け出す楓。私も震える身体を何とか抑えて、その背中を慌てて追いかけた。
何故かは分からないけど、楓は鈴音ちゃんに対して怒っている気がする。それはさっき部屋の前で突然怒鳴ったことからも分かる。今だって、鈴音が探しに行ったと聞いてから顔つきが変わったように見えた。
気にかかるけど、今はそんな場合じゃない。
早く佳子に会わなくちゃいけない。
じゃないと、何か悪いことが起こる予感がする。
そんな言いようのない不安感が、私を包み込んでいた。
「私はこっちに行く! 明美はそっちへ!」
T字路で私たちは二手に別れる。佳子がどこへ行ったか分からない以上、思い当たる場所をしらみつぶしに探すしか無かった。
必死に近所を走り回って、佳子を探した。私の家やいつもの公園、河原の堤防や橋。思いつく限りに探したけど、佳子は見つからない。携帯に電話をかけてもメールを送っても、何の反応も帰っては来なかった。
「はぁ……はぁ!!」
前にもこうやって走ったっけ。あの時は佳子じゃなくて、楓を追いかけてだけど。
私はいつも誰かを追いかけている気がする。
欲張りな私は、何も失いたくなくていつも足掻いている。離れていくものを必死で離さまいと手を伸ばして、指の間からすり抜けるそれを見つめて泣いている。
佳子は失いたくない。大切な親友だから。
たとえ彼女が鈴音ちゃんと付き合っていたとしても、私たちの関係は壊したくない。
でも、佳子がそれを望んでいなかったとしたら?
だから私は佳子に会わなくちゃいけない。今度こそ佳子とちゃんと話さなくちゃいけない。
でも佳子は、どこにもいなかった。どこを探しても、見つからなかった。
「楓!」
探し始めてから数時間経って、公園に待ち合わせた楓と合流する。既に日はすっかり落ちていて、消えかけた街灯がベンチ周辺を頼りなく照らしていた。
ブランコ周辺を囲うポールに座った楓は、私の顔を見ると黙って首を横に振った。その様子だと何の収穫も得られなかったようだ。一気に焦燥感に押し潰されそうになる。
「理恵とアキのところにも行ってなかった……学校も行ってみたけど、いなかった……」
泣きそうな声で、楓が呟くように言う。私は楓の隣に座って、慰めるように肩を抱いた。前に佳子がこうしてくれたことを思い出す。
「おばさんはこのまま帰って来なかったら警察に相談しに行くって言ってた……」
「……」
警察、という言葉に恐怖が増す。佳子が何か事故に巻き込まれたり、思いつめてそのまま……いや、考えたくない。必死に頭に浮かんだ最悪の状況を振り払う。佳子はそんなことをする子じゃない。
じゃあ……どうして?
佳子、どこへ行ってしまったの?
そこでふと、一人の顔が思い浮かぶ。
「……鈴音ちゃん」
楓が顔を上げて、私の顔を見つめる。
「鈴音ちゃんなら何か知ってるかも」
私が部屋を出て行った後、佳子は鈴音ちゃんと二人きりになったはずだ。その時に何があったのか分かれば、佳子の居場所の手がかりになるかもしれない。佳子のお母さんは鈴音ちゃんも探しに行ったって言ってたから、鈴音ちゃんも私たちのように佳子の行方を知らないと思い込んでいた。でも、何か知っているかもしれない。
楓が表情を暗くして俯く。しばらく考え込んだ後、躊躇いがちに首を縦に振った。
「……そうだな。今はそうするしかない」
それに、とまた目を逸らして虚空を見つめる。
「もしかしたら……佳子は鈴音と一緒にいるかもしれない」
「えっ?」
「いや、何でもない!」
慌てて撤回する楓。でも私にはハッキリと聞こえた。鈴音ちゃんがもう佳子と一緒にいるかもしれないって、どういうことだろう。それなら鈴音ちゃんから佳子のお母さんや私たちに連絡があるはずなのに。
「……私の考えすぎだよ」
楓は誤魔化すように呟く。
……やっぱり、楓は何かを隠してる。さっきから鈴音ちゃんの事になると、頑なに何かを隠しているように見える。
知りたい。けど、今はそんな場合じゃない。携帯で鈴音ちゃんに送るメールを打ち込みながら、ふと空を見上げる。
いつだったっけ、前にこうして公園で空を見上げたのは。
そう、楓のことが好きだって佳子に打ち明けた時だ。思えば私たちの関係が狂い始めたのはあの時からかもしれない。
あの時見えた星空は、今は雲に覆われて姿を見せていない。
「……送信、と」
鈴音ちゃんにメールを送信して、携帯を閉じる。そこでふと時間が気になって画面の時計を確認してみる。既にとっくに帰るべき時間は過ぎている。それでもお母さんから何の連絡もないのは、佳子がいなくなったことを知っているからだと思う。
私も今は家に帰る気にはなれない。
「……お願い」
何の足しにもならないかもしれないけど、指を組んで目を閉じ、祈る。
どうか佳子が無事でいますように。