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Episode13 分からないキモチ

「わー、見てください! すごいですねー」

 賑わう繁華街の中央通り。その中心に設置されたその巨大なツリーに、鈴音が感嘆の声を上げる。

 私はそんな彼女の隣に立って、ぼうっとそのツリーを見上げていた。普段は何も飾りつけられていないただの木が、クリスマスイブの今日は様々な装飾によって煌びやかに彩られている。


「写真撮りませんか?」

 今日は珍しく髪を下ろしている鈴音が笑顔をこちらに向けて、そんな提案をする。私は「うん」と頷いて、ツリーに背中を向けた。鈴音も同じように私と並ぶ。

「うー、ちゃんと写りますかね……」

「まぁ一回やってみようよ」

 所謂自撮りの格好で、鈴音は腕を伸ばしてカメラをこちらに向ける。しかしこれでは画面が見えないのでどう写っているのかが分からない。

「多分これ二人共入ってないよね」

「じゃ、じゃあもっと寄りましょう」

 鈴音は恥ずかしそうにそう言って、私に身を寄せてきた。頬がぶつかりそうな程に近くに寄って、その体温と花の香りような良い匂いを感じる。横目に鈴音の顔が桜色に染まっているのが見えた。


「撮りますね」

「うん」


 パシャリという効果音が鳴り、携帯の画面を確認する鈴音。私も隣でその画面を覗き込む。うん、なかなか良く撮れている。


 やっぱりこうやって見ると鈴音は羨むくらいの美少女っぷりだ。隣に写っているのが恥ずかしくなってしまう。

 ––––それに何だか髪を下ろしていると長さも色も明美にそっくりで、思わず二人が重なってしまった。



 今年のクリスマスは去年までとは違う。

 例年通りなら明美と楓と私の三人で誰かの家に集まって過ごすのだけど、今年はそういうわけにもいかない。

 明美は楓と二人きりで過ごしていることだろう。


 数日前に明美から電話があった。楓が二人で過ごしたいと言っているから、今年のクリスマスイブは三人で集まれないという旨の電話だ。

 私はただ仕方ないねと返しただけだった。


 明美から言われなくても、そうなる気はずっとしていた。クリスマスには、他の日とは違う特別な意味があるから。

 それにもし仮に三人で例年通りに集まろうとなっていたとしても、きっと私は断っていたことだろう。


 そんな理由で今年のクリスマスイブは部屋で一人寂しく過ごす予定だったのだけど、昨日突然鈴音から誘いがあった。

 少し驚いたけど、ここ最近ほぼ毎日のように遊んでいるからこれは自然な流れなのかもしれない。



「じゃ、行こっか」

「はい!」

 鈴音が携帯をポケットにしまって、右手を差し出す。私も少し照れて笑いを浮かべながらも左手を差し出して、その手を握る。


 数日前に初めて鈴音が手を繋いでもいいですかと言ってきた時はそれはもう驚いた。流石に少し躊躇ったけど、女の子同士で手を繋いでいるのもそう珍しいことじゃないし……珍しいのかな。まあ珍しくないとして、鈴音はずっと友達同士でやってみたかったのかなと思うと期待に応えてあげたくなって、つい繋いでしまった。

 ……まあ、先輩と後輩のコミュニケーションは大事だよね。

 鈴音にそれ以上の気持ちはきっと無い、はず。


 家の最寄り駅から数駅。県でもかなり大きな部類に入る繁華街を手を繋いで後輩と歩く。冷たい北風が吹き抜けて自然と身体を震わせるけど、左手だけは温もりを帯びている。

 道を行き交う人の中にはやはりカップルの姿が目立つ……当たり前だけど男女の、だ。

 時々私達に訝しげな目線が向けられてくるのを感じる。少し気になってしまうけれど、鈴音に悪いので手を離すことは考えない。

 と、


「ここだよ、映画館」

 普通に通り過ぎそうになってしまったので足を止め、鈴音の手を引く。鈴音はあれ? と周囲の様子を確認し、漸く気がついたようだ。


 そう、今日は映画を見に来たのだ。クリスマスイブに映画館。何ともお約束といった感じだ。いや私達は恋人では無いのだけど。

 

「私、映画見るの久しぶりです」

「そうなの?」

「はい、元から映画はあまり見るタイプではないので……」

 それは少し意外だった。あくまで勝手なイメージだけど、昔の映画とかに詳しそうな雰囲気があるのに。

「でも今日は久し振りに来れてすごく楽しみで……先輩は?」

「私はよく行ってた方かなぁ……」

 行って「た」方だ。面白そうな映画があるとしょっちゅう三人で行っていたけど……いいや、考えるの止めよう。

「取り敢えず入ろっか」

「そうですね」


 大勢の人が出入りしている自動ドアをくぐると、映画館特有のキャラメルポップコーンの良い香りが漂ってきた。私は結構この匂いが好きだ。この匂いをかぐといかにも映画館に来た! って感じで少しテンションが上がる。時々映画を見る予定も無いのに立ち寄ってしまうほどだ。

 入って左手側にチケット売り場と食べ物屋が並び、正面には各劇場へ入る為の受付が見える。パンフレットなどが売られている土産物屋は右手側にあり、中央には丸いソファーが幾つか並べられていて公演時間を待つ人達で溢れていた。

 やっぱり混んでるなあ、と思いつつここに立っているのも何なのでチケット売り場へと向かう。

 ふとそこで、一番重要なことに気がついた。


「何見るんだっけ?」

「……あっ」

 言われて鈴音も初めて気がついたようだった。映画を見る映画を見るって言いながらも、一番肝心な何の映画を見るのかを決めていなかったのだ。

「……先輩は何が見たいですか?」

「……んー」

 受付の上にある画面に目線を移し、現在公開中の映画を確認する。幾つかテレビなどで宣伝が流れていて知っているものはあったけれど、これといって見たいと考えていたものは無かった。

「ここは鈴音に任せるよ」

「えぇっ、いいんですか?」

 困った様子で画面を見上げ、考え込む鈴音。

 タイトルだけで決めて良いものか、と思いながらもあまりに真剣なので口を挟むことは出来なかった。

 暫く時間が経って、漸く鈴音は頷いた。

「あれなんてどうでしょう」


 鈴音が選択した映画は少女漫画が原作の恋愛物の映画だった。確かに最近テレビでよく宣伝している映画だ。

 それにしてもクリスマスに女二人で恋愛映画か……いや、いいんだけどさ。周りがカップルに埋め尽くされているのが容易に想像出来る。

 それにしても鈴音がこの映画を選択するのは、少し意外で驚いた。


 公演時間は二時からの回が一番近くて、今は十一時なので余裕過ぎるくらいに時間があった。取り敢えず二枚のチケットを購入して、一度混み合っている映画館を出る。

 自動ドアから出た瞬間、凍える寒さが顔に突き刺さってきた。

「さ、さむーい」

 私がガタガタ震えていると、鈴音は灰色の空を見上げながら少し考える仕草をする。

「そういえば今日雪が降るかもって、天気予報で言ってましたよ」

「そ、そんなロマンチックな演出いらなかったかなぁ……」

「いいじゃないですか、ホワイトクリスマスですよ」

 嬉しそうな声のそんな鈴音に目を向けてみると、目がきらきらと期待に輝いて見えた。もしかして鈴音って意外と、ロマンチスト? 確かに部活の時に鈴音が書いていた小説を思い出してみるとメルヘンな感じのお話が多かった気がする。


 ものすごく真面目なこの子だけど、こんな普通の一面もあるのだ。そんな面を最近遊ぶようになってから何度も発見している。

 今までの二年間、何をやっていたんだろうという程に。

 洞察力が優れているとか自称していたくせに、お笑いものだ。

 こんな面をもっと出していけば友達なんて出来ない筈も無いのに。


「それにしてもどこで時間潰しましょうか」

「ん? そうだねー」

 鈴音に話しかけられて私はやっと我に返り、腕時計に目をやった。

「時間が時間だから、どっかご飯でも行く?」

「それが良いですね」

 笑って、また私に手を差し出す。

 私も手を伸ばして、


「あれ? 佳子?」

 


 一瞬触れた指先が、弾かれたように引っ込んだ。

 同時に顔が前に向いて、目線が声の主を捉える。


「あっ……」

 手を繋ぎ、身を寄せ合っている明美と楓がそこに立っていた。


 考えればすぐに分かる事だった。私達三人の時によく映画を見ていたという事は、二人になっても映画を見に来る可能性が高いに決まっている。クリスマスともなれば尚更だ。

 でもまさか鉢合わせてしまうとは。

 手を繋いでいる二人の姿に眠っていた強い感情が呼び起こされるようで、

 深い悲しみと、激しい嫉妬の念が一気に湧き上がってくる。


「えと、何だか久し振りだねー」

「……元気?」

 二人の声が何だか遠くに聞こえてしまう。

 そうだ。鈴音と遊ぶことで忘れようとしていた感情は、そんな生優しいものでは無かったのだ。

 ここ最近ずっと逃げていて、顔を合わせることも少なかったせいか、今まで以上に耐え難いものだった。


「鈴音ちゃんも、久し振り」

「……久し振りです、明美先輩」

 明美の挨拶に、鈴音は抑揚の無い声で返す。目は少し鋭さを増し、明らかに機嫌が悪くなっているように見える。

 ……なんで機嫌が悪くなっているんだろう。別に二人の仲が悪い訳では無い筈だ。考えられるとすれば私の相談を受けている身として、付き合っている二人を認めたく無い気持ちがあるのか。

 それか、私と二人の時間を邪魔されたと思って怒っているのか。

 ……まさかね。


「二人で映画見に来たの?」

「……うん、まぁね」

 明美の質問に正直に答える。別に後ろめたい事なんて無い筈なのに、何故か手汗が滲んだ。楓は何も言わずに少しうつむいている。明美の手を握るその手が、少し強さを増したように見えた。

「私達もなんだ。二人は何見たの?」

「……明美」

 その時、楓が顔を上げて明美を見据えた。

「……二人の邪魔をしちゃ悪いよ」

「あっ、えっでも」

 困惑する明美。同じように私も楓の言葉に困惑する。

 邪魔しちゃ悪いって、どういう事? それじゃまるで私と鈴音が付き合ってるみたいじゃないか。


 楓は「じゃ」と短く挨拶をして、明美の手を引いて行こうとしてしまう。しかし明美は動かずに言葉を続けた。


「……今日はごめんね? また今度遊ぼうね?」

「……いいよ、楽しんでね」

 何とか笑顔を作って、心からそう思っているような明るい声を出す。

 恐らく明美は例年通りに三人でクリスマスを過ごさず、私だけ省かれたようになった事を謝っているのだろう。別に謝ることなんてないのに。二人は付き合っているんだから、当然だ。

 明美は本当に優しい。そういうところが私は、


「先輩? 大丈夫ですか? 先輩?」


 気がついたら二人は映画館の中へ消えていて、私と鈴音は二人でその場に立ち尽くしていた。映画館に出入りする人達の中で、私の時間だけが止まっているようだった。

「……あ、うん。大丈夫」

 ようやく意識を鈴音に向けて、曖昧な笑顔を見せる。鈴音の表情は険しいままだった。

「ならいいですけど……」


 鈴音の指先がそっと私の手の甲を撫でる。自然と私の手はその指を包み込む。どうしようも無いこの現実から逃げようとするように。

 

 先程の楓の態度がさっきから頭の中に焼き付いて離れない。

 楓は、確実に私と明美と話すのが気に入らない様子だった。今までそんな事、二人が付き合い始めてからだって一度も無かったのに。

 まさか、私が明美が好きだという事がバレた? いやそんな筈は無い。ある訳が無い。なら、何で?

 考えられるとすれば、嫉妬。楓はきっと恋人である明美を思う気持ちが前よりもずっと強くなってしまったのだろう。私を嫉妬の対象とするまでに。

 でも、あの「二人の邪魔をしちゃ悪い」という言葉は理解出来ない。楓は私達が付き合っているとでも思っているのだろうか。



「……ご飯、行きましょ?」

「……そうだね」

 いいや、考えるのはよそう。

 今は鈴音と一緒にいるのだ。考え事をしてばっかりじゃ申し訳ない。


 ……左手を包むこの温もりは、私を救ってくれるだろうか。

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