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Episode1 知っているキモチ

「寒いね、帰ろうか」

「……明美が来てって言ったんでしょ」


 私が指摘すると明美あけみは照れるように頭を掻き、舌を出して小さく笑った。その顔に責める気も無くして思わず私も笑ってしまう。

 やっぱり、明美はずるい。


 もうすっかり冬という事もあり、公園の夜には寒風が吹き抜けて、ベンチに並んで座る私達の体を震えさせていた。

 マフラーを口元を覆うように巻いた明美は、私の隣で何も言わずにじっと寒空を見つめている。靡いたロングの黒髪を右手で押さえた。

 その姿は本当に美しくて、隣にいるというのに、すごく遠いものに感じてしまう。

 言いようの無い寂しさに襲われて、思わず目線を逸らして俯いてしまった。


「……で、何の用事?」

 俯きながら、隣で空を見上げる明美に訊く。明美は「んー」と考えるように声を漏らし、視線を落として私の方を向いた。

「急に星が見たくなって」

「……ええええ」

 まさか、それが理由でこの気温の中、この夜の公園に呼んだというのか。いくらお互いの家のほぼ中間に位置しているといっても、流石に真冬の公園を選択するのは勘弁して欲しかった。

 まぁ、明美だったら仕方ないか。


 ……なんてね。いくら明美でも流石にそんな理由でこんな夜に呼び出す訳が無い。

 きっと、他に私を呼び出した理由がある筈だ。そしてその内容は大体予想がついている。私は洞察力が優れているのだ。明美が何を考えているかなんて、お見通しだ。


「私は全然大丈夫だけど。……で? 他に話す事あるんじゃなくて?」

 私が訊くと、明美は驚いたように目を見開いた。でもすぐに何時もの照れた顔になって「佳子よしこには敵わないなぁ」と笑う。私としては、外れていて欲しかったのだけど。

「あのね……佳子だから言うんだよ?」

 笑顔を収め、真剣な顔でしっかりと私を見つめる。私も見つめ返して、言葉を待つ。

「お願い……引かないでね?」

「あー、もう焦れったいな! 何!?」

 このままだと、明美の性格上いつまでも言いそうに無かったので急かす。すると明美も覚悟を決めたようにごくりと唾を飲んで、暫くの沈黙。

 頼りない電灯が私達を照らしていた。

 ゆっくりと、口を開く。

「私、楓の事が好きなの。友達としてじゃなくて、もっと深い意味で」

 ほら、思っていた通りじゃないか。


 現実というのは残酷なものだ。

 私と明美と楓は、同じ文芸部に所属している三年生だ。いや所属していた、か。この間の文化祭で私達三年生は引退し、今は二年生が部長として引っ張ってくれている。

 私達三人はクラスはばらばらだけど、いつでも一緒に居る。学校でも、休みの日でも。大学だって三人一緒に同じ大学に推薦で入学が決まっていて、放課後はしょっちゅう遊びに行ったり大学に備えて勉強会を開いたりしている。

 そう、私達はいつも、これからもずっと一緒。


 でも、明美の楓を見つめる目が、私を見つめる目と違っている事に、私は気付いてしまった。

 そしてその目が、私が明美を見つめる目と同じ事にも。


「やっぱ驚いた……?」

 恐る恐る、明美が訊いてくる。当然だろう。女の子なのに女の子が好きだなんて、普通じゃない。私じゃなければ思いっきり引かれているかもしれない。だから明美が怖がるのは当然だ。

 でも、私は引いたりなんかしない。だって私も一緒だから。驚きもしない。だって知っていたから。

 嫌というほど、思い知らされていたから。


「……そっかそっかー!」

 だから笑った。いつかこんな時が来ると分かっていたから、対処法はとっくの昔に考えてある。必死に明るい声と顔で、笑う。不安そうな明美の肩を叩いて引いたりなんてしていない事を示す。

「好きって事はいい事だよ、うん」

「本当に? 気持ち悪くない?」

「当たり前じゃん。親友でしょ?」

 そう、私達は親友なのだ。いつも一緒で、これからも一緒で、たとえ私が明美と同じように女の子が好きで無かったとしても、気持ち悪いなんて思う筈が無い。

 そう、親友。私達三人は親友だ。

 必死で自分に言い聞かせて、その関係に入りかけた亀裂を塞ぐ。


「私に出来る事があったら何でも言ってよ」

 そんな事まで言ったりして。

 明美は潤んだ目で私を見つめて、「うん」と大きく頷いた。

 頼りない電灯はもう消えかけていた。真っ暗な闇が、公園を包み始める。




「……はぁ」

 部屋の中に戻った私は、ベッドの上に倒れ込んだ。悴んだ手はほんのり赤くなっている。コートを寝っ転がったまま脱いで床に投げ捨てる。一階からは、私に風呂を急かす母親の声が聞こえてきていた。でも私は無視をしてポケットから携帯電話を取り出し、開く。

 メールが一通届いていた。

 その名前を確認し、心に過った影を振り払って、内容を開く。


『明美へのプレゼント選び手伝って!』

 あぁ、これも分かっていた事だ。

 楓は活発な女の子で、お洒落なんてどうでもいいと何時も言っているような女の子だ。今度の明美の誕生日にあげるプレゼントに悩むのだなんてお見通しだ。

 だから、予め決めておいた文面を楓に送る。

『分かった。一緒に買いに行こうか』

 パタリと携帯を閉じた。

 分かっている事は、もう一つあった。

 楓が、明美の事を好きだという事。


 楓が今日の明美と同じように、明美が好きだと私に伝えたのはひと月程前の事だ。その時から、私は自分の気持ちを隠して、あれこれと楓に協力していた。

 そう、二人は両思いなのだ。

 いつも一緒にいる三人の中で、私以外の二人がお互いに好き合っている。

 私の入る隙なんて、正真正銘残されてはいなかった。


「……あーあ」

 現実とは残酷なものだ。

 涙など、今までに何度流したか分からない。もうとっくの昔に枯れ果てたと思っていたのに、まだ溢れてきて止まらなった。

 

 私が、二人は両思いである事を伝えてしまえば、ハッピーエンドだ。

 本当に、ハッピーエンド?

 そのハッピーエンドに私は含まれていない。

 私は、明美の事が好きなのだから。




「先輩!」

 翌日の放課後、私が掃除から教室に戻ろうとしていると、渡り廊下で背中に呼びかける声があった。

 振り返り、その声の主を確認する。

「……おー」

 二年生の後輩、鈴音すずねが本を胸に抱いてそこに立っていた。私の近くに嬉しそうに寄って来る。

「今帰りですか?」

「うん、掃除終わったから」

 お疲れ様です、とポニーテールを揺らしてにっこりと笑った。


 現在文芸部の唯一の二年生であり、部長であるこの子は本当にいい子だ。言葉遣いは丁寧だし、先輩は勿論後輩にも敬語で接している。

 仕草も何というか気品のある所があって、噂に聞くと家はお金持ちの家系のようだが、本人はそれを話そうとはせず鼻にかけたりするなど当然、一切無い。

 それでいて成績も良い優等生で、教師からの評判も良い。おまけにその清らかで美しい容姿を合わせ持っている。まさに完璧超人なのだ。


「じゃあ、一緒に帰りませんか?」

「うーん、ま、いいよ」

 別に断る理由も無いので了承する。すると鈴音は、ぱあっと表情を明るくしてからにっこりと笑った。「校門で待ってますから!」とお辞儀をするとぱたぱたと駆けて行く。

 その後ろ姿を見つめながら、暫く考える。


 自分で言うのもなんだが、私は他人の気持ちというものに敏感だ。人の行動、視線、言葉の調子からその人の内面が分かってしまう。結局は推測じゃないかと言われてしまえばそれまでだけど、現にほぼ当たっているのは確かだ。

 そう、明美の気持ちも楓の気持ちも私はずっと知っていた。

 そしてあの鈴音。あの子の行動には少し引っ掛かる物がある。あの子の行動はそう、まるで。


「……まさかねー」

 流石にあり得ないので笑って流した。流石にこれは自惚れ過ぎている。妄想が過ぎるというものだ。私は思春期の男子か。

 溜息をついて、拭いきれない考えをなんとか振り払おうと務めた。



「そういえば、今度の日曜日は明美先輩の誕生日ですね」

 駅へと向かう道で、鈴音はそう切り出した。その言葉に心臓の鼓動を早めながらも「そうだね」と言葉を返す。

 私は徒歩で通える範囲に通っていて、駅の向こう側に家がある。そこで電車で通っている鈴音とは帰り道が暫し一緒になるという事だ。


 明美と楓には何も言わずに出てきてしまった。正直、二人きりの方が二人にとっては良いだろう。

 そう、これは親友としての私からの応援なのだ。


「パーティーか何か、やるんですか?」

「……さあねぇ」

 曖昧に返事をすると、鈴音は少し頬を膨らませて怒ったような表情になった。それに慌てて続きの言葉を探す。さっきの返し方じゃ会話を面倒くさく思っているみたいじゃないか。

「いやー、みんなこの時期忙しそうだしさ。期末テストも近いし?」

「まぁ、確かにそうですね……」

 寂しそうに、鈴音は顔を伏せた。

 暫く足音だけが私達の間に響く。


「先輩は」

 突然、鈴音が足を止めた。

「明美先輩の事が好きなんですか?」



「……え?」

 振り返り、鈴音の顔を見据える。鈴音は真剣に、じっと私の目を見つめて返事を待っていた。

 まさか、そんな筈は無い。

 私が明美の事が好きだなんて、バレる筈が無い。

 だとすれば、きっとこれは友達として好きかどうか、という質問だろう。それもそうだ。女が女に対して質問しているのだから、恋愛としての感情を訊いている訳が無い。

 私の気持ちは、完璧に隠している筈だ。


「そりゃ親友だからね。好きに決まってるじゃん! あ、好きじゃないからパーティーをやらないかもって訳じゃないよ?」

 鈴音はまだじっと私の目を見つめていたけど、溜息をつくと表情を緩めた。

「ですよね。変な事を訊いてすみません」

 再び歩き出し、私の隣に並ぶ。

 本当に、鈴音が訊きたかったのはこれだったのだろうか。再び歩き始めた鈴音の心の中が見えない表情を見て、そんな事を思った。

初めましての方は初めまして。


優柔不断な女の子達のシリーズ「女子高生達の言えない事情」の二作目となります。

前作に出てきた先輩、佳子先輩が主人公であり、前作の一年程前のお話となります。因みに前作を読んでいなくても、一切支障はきたしません。


色々と至らない点はあると思いますが、よろしくお願いします。

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