ハンドサイン彼女
俺の隣人は流行に遅れてのるタイプだ。それはいいとして、彼女が英語の追試を受けることになってしまった。同じ地元民として任されたのだから、高校でも面倒を見るしかあるまい。勉強を教えるべく、隣の部屋のインターホンを鳴らす。ガチャという鍵を開けた音に、ドアを開けた。
どこぞの特殊部隊の服を着た彼女がいた。彼女は右手を九十度に上げて、よっと挨拶してきた。まさかとは思うが、今頃ハンドサインにハマったのだろうか。いや、ハマったにしても形から入り過ぎだろう。
彼女は左人指し指を上、左、下と動かして「閉めて」と言った。まったく何を言ってるか分からない。むしろ普通に言ったほうが早いと思う。再び同じ動作をして、「閉めて」と言った。
「だから何を」
「ドアを」
「言ったほうがはやくね? それ」
「少し思った……」
彼女はブームにのるのが遅い。今回俺が彼女の部屋に来ることになったのも、その影響である。積まれたDVDを見て、原因が分かった。
「お前……。今頃そのドラマ見たのか」
「やられたらやりかえ――」
思わず、英語辞書でその頭を叩かずにはいられなかった。一部と二部をまとめて見たのなら、そりゃあ英語のテストだって点が落ち込むはずだ。
「お前が倍返しすべきなのは英語だ! 追試になりやがって! このバカ!」
「ご・め・ん・な・さ・い」
「それも今頃かよ!」
彼女は次のネタを探すべく、去年流行語大賞をとった特集のページを見ている。気に入った単語には付箋がはられていた。この情熱が英語にもあれば、俺は必要なかったんだが。
「お前がするのは」
「はい! 英語の勉強です! すいませんっしたぁ!」
いよいよ、追試の月曜をむかえた。彼女は友人と教室で和気藹々と話している。あいつはハンドサインが気に入ったらしく、ハンドサイン帳という不穏なものを作成していた。友人から教えてもらったらしい。
「古典はこういうハンドサインでどう?」
「いいね~」
いや、古典のハンドサインとか使わねーだろ。何を相談してるんだよ。
「じゃあ、……して……する?」
「ごめん、分からなかった」
ハンドサイン帳があるくせに分からねーのかよ! 思わず脳天気な彼女が心配になって、釘を指しておく。
「お前、今日英語の追試、合格できなかったら……わかってるだろうな?」
彼女は俺に背を向けて、親指と人差し指を輪になるようにくっつけて返事した。頭が非常に痛くなる思いだが、ハンドサインを少々覚えてしまった今では分かる。『了解』だ。もう普通に返事したほうが早いだろ。
彼女の追試の結果だが、親指をグッと立てていたので手応えがあったのかもしれない。彼女のハンドサインを見ながら、次の彼女のブームは何だろうと考えた。