第五章~竜人~
あの戦いから三年間が経った。
三年の月日は長いようで短く、世界も見て驚くぐらいに成長を遂げていた。
俺の願いが届いたのか、王都内で増えつつある竜と人が隣にいる姿。一緒になって笑いあっている姿に、夢に見てきた想像が現実になり、俺は嬉しかった。
これで、人と竜は争うことがないって、思っていた。
あいつの言葉を聞くまでは‥‥‥
「はい、今回の任務だよぉ!」
同じように巻物が王の手から放り投げられて、それを受けとめて広げる。
内容は簡単。
地図に書かれた山脈地帯に丸が打たれていた。レイウ゛、聞いたこともない村だ。
「また竜でも暴れたんですか?」
俺の問いに王は頭を横に振って口を開く。
「王宮に反旗を翻している話しだからに決まってるじゃん?んじゃ、後はよろしくね~」
王の側近の兵に両腕を取られ、玉座から追い出された。
最近の王は狂っている。まだ俺が小さかった時は、親がいなかった俺を快く王宮に受け入れてくれたのに。気高く、強かった王は何処に行ってしまったのだろう。まだ改名されていない、騎士団だったころの王は、自ら先陣を切り、世界の統一化に貢献していた。王都を中心に世界は一つになり争いはなくなった筈だったのに、争いの火種は自分から起こしている。
人は狂えばどうなるかなんて目に見えている。一生元に戻らない。
さぁ、次の時間は会議だ。これが終われば彼女に会える。それだけを楽しみにしながら今日の仕事に取り掛かろう。
会議室の中にいるのは新しく任命された五人と三年前に生き残った隊長達五人。団長にはジーラが任命され、一番隊隊長には繰り上げでカルナが入った。
「今回も竜の討伐なのか?」
扉を開けるなり、待ち構えるようにジーラは聞いてくる。
「残念だけど今回は保留だ」
俺の言葉に十人の隊長達は眉をハの字に曲げ、どういうことなのかと聞いてくる。
「王宮に反旗を翻している奴らがいるから村を殲滅との事だったんだが」
俺の話しに割り込んで納得の意をカルナは示す。
「まだその情報に信憑性がないからということね?」
俺は頷いて、そうだ、と言って次の話しに切り替える。
「まだ分からないし、このレイウ゛って場所もよくわからないしからな。あまり迂闊にも兵を送り込む事も出来ない」
その時、一人の隊長が手を挙げた。
「なんだ十番?」
「一人がレイウ゛の村に行くのはどうでしょう?兵士もむやみやたらに出す必要もないし、単独なので王宮の使いというのもばれないだろうし」
「うん、なるほどね。だが十番隊隊長」
「はい?」
「却下だ」
俺の返答にさも不可解だと、わかりやすい反応でフードの影からみえる口をぽかんと開けている。
「誰かが行って、もしバレてもしたらどうなる?そいつは殺されるし、反乱因子は爆発して急遽王都に向かってくるかもしれない。まぁ、こういうのは一番強い人が行くもんだからな。俺が行くけどさ」
その結論にジーラは反発する。そりゃあそうだろう。総長がホイホイと王宮を出ていったら混乱もする。
「俺が行っている間にはジーラが隊を取り仕切るからな。後は頼んだぞジーラ?」
「お、おいまてスーリヤ!」
ジーラの言葉を振り切って会議室から出た。
森を抜け、いつものように泉がある場所に行くと、予想通り、彼女はそこにいた。
彼女は俺の姿に気がつくと、手を振って待っている。俺は走って彼女の近くまで行き、隣に座った
「待った?」
「ううん、そんなに待ってない」
「そっか」
本日の会話はこれにて終了。はいさよなら。とまではいかないから安心してくれ。
いつもの事だ。そんなに会話はしない。皆はおかしな話しだと笑い飛ばすだろうが、これが俺達にとって嗜好の時間だ。
ぼーっと森を見わたすのもいいし、ただ泉の水面を見たり、木々の葉音に耳を澄ましたりして時間を費やすのがいつものことだからなんら不思議でもない。
「スーリヤ・・・」
「ん?なに?」
ソーマはぼーっとしていた俺に話しかけると、自分の膝元をぽんぽんと軽く叩いていた。
「どうせお昼寝。するんでしょ?」
「んーあー、するけどさ・・・」
恥ずかしいな。
まじめに俺はそう思った。
頬を朱に染めながら言ったのだ。それはどれほどの勇気を振り絞って言ったのかなんてこちらには到底、考えることのできないほどに緊張感だったに違いない。恥ずかしいのはお互い様だし、それだったら彼女の顔を立てようではないか。
「これでいい?」
正座している彼女の太ももに頭をおいて上を見る。したから仰ぎ見るアングルはどことなく不思議な感覚だ。独占しているという満足感が味わえて、これはこれでなかなかいいと思う。
目を閉じれば、漂う大地のいい匂い。このまま眠ってしまってもいいくらい。日差しも温かいし今日は昼寝には持ってこいだ。 うとうとと眠気も襲ってきた事だしこのまま寝ようとしたときだ。
「‥‥‥あっ!?」
勢いよく起き上がり、ソーマのほうへ向き直る。当たり前だが彼女は驚いた様子でこちらを見ている。
「どうしたの?」
「ゴメン、明日からまた少し遠出する」
両手を合わせて頭を下げる。ソーマも俺の仕事事情もわかっているから、またか、といった表情からしょぼくれる。
「また竜の討伐?」
「いや、単独任務。レイウ゛っていう村で王宮に敵意を示すのか示さないのかっていう任務だ」
彼女は眉をしかめて、村の名前を反復する。
「知っているのか?」
「私が知っている限り、あそこは比較的に温厚な村だよ?それに‥‥‥」
ソーマはニンマリと笑う。含むような笑い方なので少し怖い。
「多分スーリヤだったら好きになる村だよ?」
「ふ~ん?」
本当かい、と思うくらいの変な情報。ただ情報として役立ったのは、レイウ゛という村はちゃんと実在することだ。
「よし」
俺はもう一度ソーマの膝に頭を重ねて目を瞑る。最近は忙しいほどの仕事をしていないが、いろいろと人間関係とかに気を使っていると大変なのだ。そうとも、総長の座は意外と言うよりはすごく面倒な仕事だ。正直、今の俺は竜騎士をやめて総長の座をジーラに献上してもいいのだが、ふざけるな、と嫌そうな顔をするあいつの顔をすぐに思い浮かべる。
もう、三年も経っているのかと、そんな些細なことを思った。
この三年間の間にいろいろと変わりすぎて、対処する側は驚く事ばかりだ。長年思い続けてきた願いは、これまでの闘争なんて最初から無かったかのように人達は竜と暮らすようになっていた。
マシューが死んだ時に砕け散った終焉の果実が、一時の間、世界中で目撃されていると耳に入ったが、思えばあの時から世界が変わってきたのかもしれない。
螺子り曲がっていた混沌は、崩壊するのと同時に秩序に向かったのか。それとも、死んだソーマが世界に訴えかけてくれたのか。
そうこうしている内に、睡魔が波のように迫ってきて、流されるように意識は闇へと引き込まれた。
彼は仕事に向かってしまい、また長い長い時間を待たないといけないのかと思うとスーリヤに苛立ちが募る。
三年、毎日のように会っている仲になっているのに、お互いに好きという言葉を交わしていない。
彼はこのことをどう思っているのだろう?
恋愛感情の沸かない女友達としか思われていないのかもしれないと思うとやるせない気持ちになる。
「はぁ‥‥‥」
ため息を吐く。ここ最近は溜め息しか吐いていない。
手を繋いだことはない、接吻の一つもない。やっている事なんて、ひざ枕くらいしかやっていないくらいで、肌と肌を合わせたことなんて三年前の握手以来、一度も触れたことない。
「‥‥‥こんど来たら、触ってみてもいいか聞いてみようかな?」
彼の顔を思い浮かべながら触っているイメージをする。
でも本当にあの人は許してくれるだろうか?心配事は在りすぎる。
例えば、ずっと隠していること、私が竜人ということをだ。竜人の力は強すぎて、人からも竜からも嫌悪される始末。竜と人が共存できてきている中で、私たちの存在がこの三年間で浮き彫りになってきている。強さを求めた人達は、欲望にかられ、また、強さを欲する。
本当なら此処に長居するのだってやめてどこかへ行った方がいい。
だって───
背後から容赦なく降り注ぐ矢の雨。
それらはすべて私の意思とか意識に関係なく全てが弾かれ地面に転がる。
「やはりここにいたか竜人!」
・・・こういう奴らが来るからだ。
私は後ろを振り返ると見知った服装に少しだけ驚く。
王宮の竜騎士。全員が武器を持ち、先頭に立って弓兵の第二射目を放とうと矢を引き絞っていた。放たれる矢に臆することもなく私はゆっくりと竜騎士たちの方に歩く。
「た・・・隊長!?全然聞いていないです!!」
焦る兵士に隊長は元からそうなることを見越しているように平然と笑っていた。
「大丈夫だ、こうなることは分かっていた」
なにが分かっているのだろう?たかが人間風情がわたしの力の断片を見たくらいで何がわかるというのだ?とんだお笑い種だ。
「・・・・お前たちは、なにしにこの森にやって来た?」
王宮の兵士たちに直接問いかけるように質問する。答え等、最初から分かっているようなものだが、一応聞いておく。矢が飛んできた時点で・・・それに、私を竜人と言った時点で答えは確定している。それでも聞いておかなくてはいけないだろう。
「お前は、お前たちは危険な存在だから消す。と言いたいところだが、吾輩はお前たちの存在を高く評価しているのだよ?」
思っていたこととの返答と違い、私はすこしだけ、フードの男の話に興味が沸き、話を聞く事にした。
「評価?」
「そうだ。その力を我々王宮に献上することは出来ないだろうか?その強さを王宮のために使おうと思わないか?その強ささえあれば、世界は君たちのものなのだぞ?どうだ?悪くない話だろう?」
両手を挙げて演説する人間の言葉なんてどこから聞くのをやめただろう。あまりにもつまらない。あまりにも醜悪な考え、あまりにもバカバカしい話だ。
「・・・つまらん」
王宮の兵士の軍勢に走る。弓兵舞台は後ろに下がり、次に槍部隊が前に出て突進してくるが、ことごとく弾かれていく槍部隊。囲むように騎乗隊が馬の上から槍を突くが、効かない。剣や斧を持った近接戦闘部隊も攻撃に加わるが、同じようにあらゆる攻撃は私の肌を傷つけることはできていない。
手の平に魔力を注ぎ込む。まがまがしいオーラを発しているためその場にいた全員が警戒体勢に入るが私にしてみれば、スローモーションで動いているだけだ。
一番近くにいた兵士の頭を横に薙ぎ払う。殴られるだけだったらまだ生きていたのだろうが、次元の魔法を使っている時点で、私の手に触れられた時点で勝負は確定している。
一兵士の頭は胴体を残したまま消えた。というか、飛ばした。
「うわぁぁぁ!?化け物!」
兵士達は騒ぎ、逃げようとする。逃がすわけがない。逃げれるわけがない。泉の入り口だった場所はとうに森達によって阻まれている。
世界と隔離されたこの人達は残念だけど、死ぬ運命だ。
「‥‥‥ん?」
あれだけ騒いでいた人間の一人がいないことに気がつく。私たちの力は素晴らしいと豪語していて、尚且つ隊長の地位に座しているのに逃げたのか?
人の上に立つものが、真っ先に逃げるとは、酷い話だ。
彼だったら皆を逃がして自分一人で戦うくらいはしただろうに‥‥‥
この者達はいわば犠牲者と言ったところか。でもまぁ─
「私には関係のないこと‥」
再び魔力を手のひらに込め、螺旋状に回る魔力の塊を創りだす。例えるのならそれは渦であり、竜巻のようなものである。魔力の塊を前に突き出して呪文を唱えた。
「螺旋の渦」
目の前にいた五十人あまりの人間が渦に飲み込まれて消えた。体の部分部分が残っている死体もあるがそれはただの肉塊のようなものだ。体の断面から脈打つ血液や、五臓六腑が生命活動をしているが、やがては停止し、死に至る。
不思議なもので、断面図が見えるのに血は吹き出さない。
簡単に説明するなら、ここの次元と別の次元に飛んだ体躯は奇妙な形で繋がっているという事だ。だからこうして体がなくても生命活動は続くが、世界の理はそれを許さない。
どれだけすごい魔法を使っても、世界は修正に入る。元に戻ろうとする力が働き、結局は繋っていた体も世界の修正に抗うことができずに死ぬのだ。
それはどんな生物だって、どんな物質だって修正には抗えない。だのに、竜人はそれができてしまう。おかしな話だ。人にも近い存在であって、どんだけ自分たちが人間離れしているか、自分の力を使うたびにそれを突きつけられているようなものだ。
人間であって、竜でもあって、でも、人間でもなくて、竜でもない。なら、我々はなんだろう?
「化け物めぇ!!」
巨大な斧を振り下ろす兵士だが、私の体には傷一つつかない。頭を振って髪の毛をかき分けて右目を開放する。
「ぬ・・・ぁあ?」
バキバキという音に、砕石音が響く。石像になっていく兵士に周りの兵士も突然の展開に体も頭もついていかないようだ。それも当たり前のこと、人外と接するのならそれと同じくらいの、同等の強さで接してこなければ人の思い描いてきた現実の範疇はいとも簡単に崩れ去る。
さてと、それではみなさん。お別れの時間が参りました。恨むのなら、ここに連れてきた隊長さんを恨んでくださいね。
疾走する馬の軽快な走る音が森に響く中、男は覆われたフードの影で大きく笑う。
「けひ・・・けひひひひっ!!」
見た。この目で竜人の強さを実感した。まさかあれほどまでとは、まさに神のような存在で、兵器のような存在だ。あの力をどうにかして自分のモノにできないだろうか?
ならば実験するしかない。どうにかして吾輩は竜人に対抗できるような人材を作り出し、いつしか世界を滅ぼすことができる力を手に入れたい。
そのためなら、どんなに犠牲を払ってもいい。
他人の命なんてどう使ったっていい。吾輩の実験の犠牲になるのならどんな対価を払ってもいい。むしろ感謝しろと言いたいくらいだ。
あの竜人は総長に恋をしているのなら、それを逆手に取れば落ちることは間違いなし。
そのためにやることは、スーリヤを暗殺することだ。
この前、王の前で話したが、あれはなんの計画もない時だが、嬉しいことに、吾輩が組んだ死のレールに切り替えてくれた。王の仕事の以来も吾輩が王に頼み、レイヴにいかせる算段をした。案の定、人のことを大事にするあの、愚か者は、吾輩の一言で一人で行くことに決め、決行した。
馬が走って行ってもまる二日は掛かる村のゆえに、王宮で手懐けた竜を使えばあっという間にレイヴにつくだろう。
「さぁ、徐々に終へのシナリオが完成されてきた・・・」
あとは機会と時間で吾輩の全てが決まる。
王宮の全土を使った壮大な計画が進んでいく。
「ひゃあははははははははは!!!!」
団長は森を抜け、王宮へと戻る。
まだ、誰もこの人間が考えていることは分からない。だが、やがて団長の計画は世界を揺るがす大事件となりて、ソーマとスーリヤたちの前に立ちふさがることになったのだった。
彼女の言った言葉は、まだ信じることができなかった俺だったが、この目で見てそれは痛感し、俺の心は感激のあまり泣いてしまいそうだった。
竜の集落と言われた山脈は人が寄り付かない場所でもあったが、確かにそこにはレイヴという村はあった。それは、竜と人との共存できる姿というのを直に具現化されていた姿だったのだ。
一人一匹と、規模は小さいが、人と竜が一緒に畑を耕していたり、遊んでいたりしていた。
子供には小さな竜。大人には成竜となった竜がついている。俺と同じように、人と竜が触れ合っている姿を見るのは、やはりうれしいことだ。
「ああ、確かに俺が気に入りそうな村だよ」
だが、任務を忘れている訳でもない。こんなにも平穏な村が、本当に王宮に反旗を翻し、盾突こうとしているのか。
事情を聞きたいのもあるが、この村にしてみれば俺はよそ者扱いだ。まぁ考えても仕方がないので村に入ることにした。
王都のように激しい人の雑多があるわけでもない。本当に静かな村で、いつも二人で集まるあの森と同じ匂いがする。
よそ者だからといって、毛嫌いされるのかと思っていたが、道行く先では挨拶をしてくれるくらい、開放的なのと友好的だ。
「こんにちわ」
「え?はい、こんにちわ」
クスクスと笑ってさっていくお母さん。もちろん、その隣には竜が一匹。
こんな村が本当に王宮に?と再び考えてしまう。
その時だ。
横合いからボールが飛んできてそれをキャッチする。子供達が遊んでいたのか、二人ほどボールを取りに来た。
「ごめんなさ~い!」
「当たらなかったですか?」
せかせかと二人は頭をさげる。稀に見る、ちゃんと躾られた子供達だ。王都にいるガキらに見せてやりたい。いや、こういう時は親達か。
「投げたのは君か?」
大人しめな子にボールを渡しながら聞くと。子供は頭を振り、少し離れた所に子供の集団がいた。
「あの子がボスか?」
「えっ?なんで解ったの?」
「ん~勘だよ。勘」
俺はニッコリと笑い。
「俺もさ、仲間に入れてくれない?」
子供達は少し戸惑いながら、聞いてくる、と言って、少しガタイがいい子とボールを持った男の子達がこちらをちらちらと見ながら、話はまとまったのか、ずんずんと聴こえそうな足音で子供達を引き連れて来た。
「あんたか、俺達の仲間に入りたいのは」
「そうそう」
「‥‥‥見ない顔だが、もしかして外から来た?」
俺は頷きで返答する。
「やっぱりか、竜がいないから変な奴だと思ったんだ」
「ふむ、竜がいないと駄目なのかい?」
「まぁよそ者は皆そうだもんな」
男の子は周りの子供に合図をして、木の棒を二本持って来させ、俺と男の子に持たせる。
「まぁ良いんだけどさ。俺達と遊びたいのなら、俺に一本入れることができれば勝ち。逆にあんたは俺に一本取られれば負けだ」
「なるほど」
剣の切っ先―と言ってもただの棒切れだが―を突き出して決闘の合図を出す。少年も小さいながらに決闘のルールをしっているようだった。
「おりゃぁぁぁ!!」
横払いに来る剣を防ぐ。がむしゃらな真っ直ぐな剣。このまま受け流して一本取っても良かったが、まだまだ始まったばかり。それに、こうして子供と遊ぶのは久しぶりだったし、仕事ばかりだった事もあり、のびのびとした遊びもできなかったから丁度良い。
「だぁぁ!!」
必死になって食らいついてくる少年の剣を余裕で交わし、ゆったりと少年の面に打ち込もうとするが、流石に簡単にはいかせなかった。
「まだまだぁ!」
「おっ!いいね。もっと打ち込んでこい!」
ガンガンと棒の当たる音があたりを包む。周りの子供たちにはどちらが優勢か劣勢かの区別はついていないだろうが、余興としては面白いだろう。
「いっけぇボス!!」
「ガンバレボス!!」
「「「ボースッ、ボースッ、ボースッ!!」」」
おうおう、すっごいアウェイ感漂う戦いになってきたなぁ。まあ当たり前か。
「見せてやるぜ、王宮直伝!!」
「んっ?」
少年は俺から大幅に距離を取り、両手に持ち替えて剣をまっすぐに立てる。腰を中腰に低くし、足を肩幅に落とす。
王宮直伝ということは、俺の技か。と夢を壊すような言い方でごめんなさい。でも、しょうがないだろ。王宮の兵士が使う基本的な技はぜ~んぶ、俺が編み出した技なのだ。
この構えから繰り出される技は一つ。
「飛竜!!」
と言っても、子供のチカラではただ振りかぶっただけの技だ。技の開発者からすれば、子供騙しみたいな技だ。相手は子供だけど・・・
俺はわざと棒を上に投げて切られたフリをした。
「うわぁ、や~ら~れ~た~!!ドサリ」
地面に仰向けになって倒れる。これで子供たちとの遊びはおしまい。さすがに十分も付き合っていたら飽きも来る。今思ったけど、俺って結構飽き性じゃなかろうか?
「やったぁ!!」
少年は剣を頭上に掲げて吠える。周りの子供たちも勝者の喜びに賛同して勝利に酔っていた。少年はニヤケながら近づいてきて、棒を俺の顔の近くに刺すと、皮肉めいたセリフを言った。
「残念だけど、俺たちの仲間に入れてやんねぇよ。べーっだ!ぎゃはははは」
どたどたと走り去っていく子供たち。結局俺は情報収集なんて面倒なことは放り投げて遊んでいただけだ。このままだとジーラに怒られそうな気持ちもあったが空を見上げてつくづく平和な村だと感じた。
「クルルル?」
「んっ?」
顔を舐めてくる小さな竜。
俺は起き上がって仔竜の目を見ていると、近くに人の気配がしていることに気づく。
「あっ、こら、ルナ!人様の顔を舐めちゃダメだよ?」
近くに来た少女はルナという名前の仔竜を抱きかかえた。
「あ・・あの、みんなを嫌いにならないでください。本当はみんな優しいから、だから・・・」
性格的にはおとなしい子なのだろう。しどろもどろに、あたふたとしながら何かに怯えているような感じで、傍から見れば俺が悪いことをしてしまっているようにも見える。
根は優しいが、その瞳は純粋に、まっすぐに俺を見ていた。
「大丈夫だよ」
俺は少女の頭に優しく手のひらをかぶせて、頭を二、三度軽くぽんぽんと叩く。
「初めてこの村にやって来たけど、俺はこの村が好きになったから、嫌いにはならない」
俺は立ち上がり、ちょっと聞きたいことを少女に問いかけた。
「あのさ、ここの村長って今いるかい?」
「え、うん、お父さんならいるよ」
少女が前に出て歩きだす。多分ついて来てと言っているのだろう。
俺は少女の後ろを着いていくように歩く。どうやら村長の家は少しだけ遠いらしいので、軽く時間つぶしの為に普通の会話をしようと口を開く。
「此処は昔から竜と暮らしているのかい?」
「うん、そうだよ。この村の集落は私が生まれる前から人と竜が暮らしてるの」
「ふ~ん?」
驚いたな。少女の言っていることには信憑性がある。ちょっとやそっとの年月で、ましてや王都のように下界の連中は、竜とぎくしゃくとしながら接しているが、此処は違う。
歴史にずっと残るような暮らし方をしている。
「君はこの村の外に行ったことは?」
「ううん、無いよ?外は危ないから大人になるまで出ちゃいけないの」
「そっか。まああんまり外は行かないほうが身のためかなぁ。君達みたいに竜が隣にいることさえ珍しいくらいなんだよ」
「そうなの?確かに珍しいね」
「うん‥‥‥」
竜を見てると懐かしい気分になる。少女の抱き抱えているチビ竜だった頃のソーマを思い出す。よくたべてよく寝る奴だった。
雌だということも忘れているのではないのかと思えてしまうほど、ガツガツとしていた。
「お兄ちゃんどうしたの?」
「んっ?いや、ちょっと昔の事を思い出してね」
少女は懸念な表情をするが、空気を読んでくれたのか、それ以上は追求してこなかった。
大分歩いた矢先、少女は突然な問い掛けに俺は吹き出すことになる。
「お兄ちゃんは好きな人っているの?」
「ぶほっ!?」
この娘はいきなり何を言い出すのか!?
「悲しい時は、好きな人と一緒にいれば、軽減されるって御祖父様が言ってたの」
「その祖父さんは?」
「もう死んじゃった。でもそんな顔しなくていいよ?私がまだ小さい時に死んじゃったんだもん。記憶だって曖昧なんだもん。それに」
少女は後ろに振り返り、ちび竜を突き出す。
「私には家族もいるもん」
まだ幼い少女の笑顔は眩しい。世界にこういう純情な子がたくさんいれば世界はもっと平和になるのにな。
「あっ、着いたよ。ここにお父さんがいるから、どうぞ入って?」
「お邪魔しまーす」
俺は流れ作業のように家の中に入った。
「遠路はるばる、よくこのような田舎に来てくださった」
村長といっても髭を生やしたオッサンかと思っていたがそうでもなかった。少女の父親は若輩ながら、恰幅のある男だ。
「いやいや、旅の最中に飢えで死にそうだっただけなので」
ワハハと声を上げて村長は笑う。
「どうですお客人?外から来た人は驚いてすぐに逃げてしまうのですが、気に入って頂けましたかな?」
傍らにいた竜の顎を撫でる。気持ち良さそうに喉を鳴らして竜は甘えている。
「そうですね、下界から来ましたが、この村のように、竜を家族として見ている者は数少なかったですね。唯一、王宮の竜騎士に所属する総長が竜と一緒だったくらいか‥‥‥」
村長は王宮という言葉に少しだけ反応したのを俺は見逃さない。
「戦士殿!」
「はい?」
「こんな無粋な事を聞くのはどうかと思いますが、お強いですか?」
この言葉で俺は全てを悟った。
「自分で強いかどうかは、決められないかと‥‥‥」
「む、そうか、そうですな」
村長は黙りこくり、う~むと唸る。
「王宮に何か不満でもあるのですか?」
「在りすぎるんです。奴らは、この国を一つにしたからといって、謀反を起こせば村の一つ、滅ぼして、みせしめをするんです。私の兄弟はこの村を旅立ち、下界に住み、平和に過ごしていた矢先、訳のわからない言い掛かりを付けられて殺されたのです。まだ幼い生命ですらゴミのように殺してしまうのです」
確かにこの人の言っていることは本当だ。王宮の任務は、この王都に逆らおうとする輩を殲滅という任務ばかりで、竜を殲滅という任務すら霞みと同じくらい霧散した。今でも独裁的に国を統一しようと王はやっけになるばかり。
俺もそろそろ王宮のしたいこともわからなくなり、竜騎士を脱退しようと考えていた時にこの任務は幸をそうしたのかもしれない。
「いいですよ?」
「‥‥‥はい?」
「だからいいですよ?王宮を落とすのでしょ?」
「貴方、それは本当に言っているのですか?王宮ですよ?」
「うん」
「王宮には竜騎士の兵士を束ねる十人の隊長とそれを束ねる団長に、その竜騎士の頂点に立つ総長もいるのですよ?」
「それくらいは知ってますよ。こちらは下の住人なのに知らない方がおかしいです。それとも村長?貴方は勝つ算段も無いのに王宮に反旗を立てるのですか?」
俺の一言で村長は押し黙ってしまう。
玉砕覚悟だったか。これじゃあダメだ。ただの玉砕なら、無謀としか言いようがない。
「貴方一人が王宮に行くのですか?それは違うはずだ。少なくともこの村の住人全員を率いて行くくらいだ。たかが猫に、ライオンが殺せますか?それくらいの差があることを解ってほしい」
「じゃあどうすれば‥‥‥」
「この村の一番屈強な人を呼んでください。まだ俺の強さも見せてなかったからちょうどいい。それでだめだと判断してください。どうせ俺はよそ者ですので」
村長は頷き、少女を傍らに呼び寄せる。
「いいか、アルマ、今から言う人たちを全員この宅に呼んで来て欲しい。よんでくるだけだぞ?」
「うんわかったお父さん」
アルマという少女は仔竜と一緒に走って家を出ていった。
さてと、残念なことに、この村は王宮に反旗を翻していましたか。俺としては誠に残念だが、これも運命だと腹をくくるしかない。
絶対だが、俺は負けない。どれだけ強い人間が来たところで、俺は負けない、これは決定されたことだ。王宮への戦争をふっかけるレイヴには、どうあがいても戦争の火種を止めることは俺にはできない。だったら、同じ謀反者同士、王宮に歯向かおうではないか。
「村長、本当にいいんですか?」
アルマに呼ばれて来た五人の若者と三人の中年。この八人がこの村きっての強い人間たちだろう。確かに村長が認めた者たちだ。これまでにあってきた村の人たちとはオーラが違う。竜もそれなりに強そうだ。
「ああ、この御仁も我々の戦いに賛同してくれた。それにお前たちでこの御仁を試してやって欲しいのだ。本当にあの王宮と渡り合えるのかどうか」
村長の言葉に八人は頷き俺の方を見やる。
「おお、あんた、本当に良いんだな?」
「うん、二言はない」
さっきまで子供たちと遊んだような木の棒ではない。正真正銘本物の真剣を携えて、村一番の平地にやって来た俺は、村長と話し合い、来てくれた八人に実践の形式で挑むことにしたのだ。
一人一人と言うのも面倒な話だったので、俺は八人を一人で相手することにし、さらに竜を入れての一六対一という組み合わせになる。
こうやって対峙してわかる。竜との戦闘はこれまでに幾度とやってきたが、人間がついている時の圧力というのは計り知れなかった。そう思えば、俺もソーマがいた時の時代は周りは圧力を感じていたのかどうか気になった。
「それじゃ、参る!!」
中年のおっさんがこちらに走り出すのと同時に全員が八方に展開する。前方から押し寄せてくるプレッシャーの波が俺を押しつぶさんと本気でこちらに来る。それは俺としてはありがたいことで、本気の戦いだからこそ、伝わる戦いもある。
鞘から剣を抜き、盾を構えて応戦。
剣を逆手に持ち替え、気合を入れて一線。地面をえぐるように剣を空へと突き上げるようになぎ払うと、地面を伝う虫のように斬撃が這う。
「地竜!!」
順手に剣を持ち替え、手前にいる若い人へと切りかかりスーリヤは向かう。
避けることができなかった青男は斬撃を受け返し、すぐに体勢を整えようと前をむいたが、すでに目前に、それこそ、まだ遠くにいたと思っていた青年は突如現れたスーリヤに反応できなかった。
「うおっ!!?」
混乱したままの振り払った剣は迷いながらの攻撃だったがために、いともたやすく、スーリヤにあしらわれる。払った勢いのまま、体を回転させたスーリヤは首元に剣の柄を叩き込ませる。青年は何がなんだかわからないままに失神し、次なる標的にスーリヤは向かう。
「もらった!!」
背後から竜の背中に乗った男が槍を突き出す。騎乗では確かに槍のような長モノの方が獲物を仕留め易い。だが、不意打ちであろうが、正当な攻撃であろうが、スーリヤの武の才は常人より桁外れだ。自分の腹を狙ってきた物がどんな武器でやってきたものなのかもわかっていない。ただ、生まれ持った感と才が混ざり合ったものだ。
伸びた槍を次の攻撃に活かそうと引こうとしたが、槍の柄をスーリヤは斬った。
「ば・・馬鹿な!?槍は鉄で出来ているんだぞ!?」
男が驚くのも無理はない。スーリヤの剣は鉄を上回る程の強度を持つ竜の牙を素材に使われている。だが勘違いしないでほしい。同じ材料で作られた剣であろうが、使い手が悪ければその力は発揮されない。せいぜい叩き割ったような断面が出来上がるくらいだろうが、斬られている断面というのは、使い手の技術の事を話すまでもない。
スーリヤは斬れた槍の先を押し出す。槍は男の手を滑るように脇腹を突いた。
「うげっ!?」
呻き声を上げ、竜の背中で昏倒する二人目。しかし、竜が首を曲げてこちらを見る。口を大きく開く。
「あ、マジで?」
肌に感じる熱気。竜の回りで空気が熱を帯びていく。
スーリヤは竜がブレスを吐き出す前に行動を開始。
がら空きとなっている頭に跳び上がり、眉間に剣の峰を叩き込んだ。瞬間怯んだ竜の頭を踏み台にしてスーリヤは残りの六人の居場所を把握する。
剣を小脇に抱えて力を溜める。近くにいるのならあの子供に見せてあげたかった。本物の技を見せてあげたいとスーリヤは考えて、一息深呼吸し、息を止めて剣を六回、縦横斜めに切り払った。
傍から見れば子供の遊戯のようにも見える行動だ。だが、スーリヤのやっていることは遊戯でもなく、真剣そのものだ。青白く光る斬撃が六人に向かう。
「こんなもの!?」
真っ向から受けるもの、受け流すもの、交わそうとするものがいるが、本家の技は元々逃げることが出来ないように出来ている。
ワイバーンと名付けられたこの剣技は二つの効果がある。ひとつめは、斬撃が本体として攻撃するものだ。想像するなら飛竜種の体ごと敵に向かうといったところか。だが、避けた所にもうひとつの罠が潜んでいる。強靭な牙と爪。たとえ交わした所で、待ち構えているのは飛竜の爪と牙による攻撃だ。
受け止めた者には枝分かれした牙が、不様に逃げた者には爪が。唯一の対処方は受け流すだけだ。
「‥‥‥へぇ?」
六人の内、一人だけが自分の剣を受け流した事に、スーリヤは少しだけ驚いた。
初見では受け流そうとする輩は誰ひとりとしていなく、受け止めるか、逃げるかの二つの選択肢を取るのが大半だった為に、目の前に立つ武人に興味を持った。
見切って対処したのか、それともただの勘で防いだのか。
スーリヤは次なる剣をお見舞いしようとした矢先だった。
中年のおじさんは持っていた剣を手放し、両手を上げて宣言した。
「参った。わしらには到底叶わん相手だと理解した」
「‥‥‥へっ?」
あまりにも呆気ない終わりに俺は剽軽な声を上げた。
「村長、こやつは本当に強い奴だよ。わしが保証する」
一部始終を見ていた村長もオッサンの言うことに頷いて応答した。
「確かに、まさかこの村の八人をあっさりと倒してしまおうとは‥‥‥」
驚いた様子で、村長は倒れている村の者たちを眺めながら、俺をまっすぐ見て頭を下げた。
「どうか、どうか戦士殿!我々に力を貸してください!!あなたなら、もしかしたら王宮の総長に勝てるやもしれん」
手を握られて強く懇願される。
「大丈夫ですよ、もともとあなたがたについていく風に考えていましたので」
「本当ですか?ありがとうございます戦士殿」
こうして、俺の力は認められ、村の一員として受け入れられた俺は、その夜、村全体を巻き込んだ歓迎会を披露したのだった。
和気あいあいとした空気。俺は、これまでにこんなに笑って受け入れられたことはなくて、すごく嬉しい気分になって、本当に、この村が好きになってしまったのだ。
竜も俺を歓迎してくれているらしく、周りの人たちは少し驚いていたようだったが、そんなに俺を畏怖する人たちもいない。
まだ祭りのような喧騒の中、俺は一人の男に呼びつけられた。
「さっきのおじさん?」
「そうだ、戦士殿・・・わしは一つ、おぬしに聞きたいことがある」
おじさんの言葉と雰囲気、祭り気分の陽気な感じではないことを読み取り、真剣な表情で俺も答えることにした。
「なんです?」
「おぬしは、なにものだ?あの太刀筋、そんじゃそこらの人間技じゃない。そう、言うならば、王宮の兵士のような戦いぶりといっても良い」
素性を明かせない俺にとって、この質問は穴を付いた質問だった。どう返答すればいいのだろうか、正直に言ってしまえば楽になるのだろうか?だが、それはこの人たちのことを裏切ることになり、また、自分の素性を明かすのならば、この村の人たちを敵に回すことになるのは、至極当然のことである。
「元王宮の兵士といえばいいんですかね?」
苦し紛れの嘘をついた。この嘘が本当におじさんに通用するのかは分からない。が、できれば騙されて欲しかった。
「なるほどな、納得じゃ。たしかに元王宮の戦士というのなら、あの強さも納得できるわ」
騙すことができたことに少しだけ安堵の息を吐く。
「じゃが、王宮の騎士が、なぜ謀反を起こそうとしているこの村の肩を持つ?おぬしの強さなら、隊長も狙えた強さじゃろうに」
「・・・呆れた、と言ったほうがいいですかね?」
「うん?」
「子供の頃は、たしかに王宮の竜騎士にすごく憧れましたよ。でも、いざ入ってみれば、次々と来る任務は、全て竜を討伐しろだの、反感を持っている村や街を滅ぼせだのと、人のやることとは思えない任務ばかりだった。だから俺は、王宮を脱退して、いろいろな地域を転々と渡り歩いていたのですが、この村に来て、決心もつきました」
おじさんは眉を釣り上げる。
「俺は、あんたたちと付いていく」
おじさんは鼻でふんっと笑い、俺の肩を叩く。
「頼んだぜ?」
微笑で俺は返答した。この時の俺の表情はどんな表情だったのだろうか。ちゃんと笑えていたのだろうか?気取られるような表所はしていなかったのだろうか。
襲撃の日まで、何日後になるかはわからない。だが、村のみんなは覚悟を決めたのだ。来る日は近く、そう遠くない。ならば、俺も覚悟を決めよう。王宮のみんなが敵になることに、ジーラや、カルナが敵となって俺の前に現れることを覚悟して来るべき日まで待とう。
俺はそう誓って、祭りの宴に戻っていった。
あれから半月。力を蓄えてきたレイウ゛の村民達は今か今かと村長の命令が下れば即座に実行をする輩も多くなった。
八人しかいなかった強者は、やがて村の男性八割を占める程に成長していった。
───ちなみに、後の二割は剣も振るえない子供達だ。
この村の全員は、飲み込みが早く、隊長クラス一人なら村の男性を十人差し向ければ勝てるくらい。意外と多いと思う人もいるが、王宮の兵士はこれの十倍足しても足りない位だ。と言っても、子供たちはさすがに無理だが。
「やぁぁぁ!!」
金属同士が響かせる鍔ぜり音。ギャリギャリとした不協和音が耳に残る。
「もっと攻めてみろ?」
俺の言葉に理解したのか、前にぐんぐんと押し出すように攻めてくる。が、まだ少女だからか、如何せん力が足りない。でもまぁ、そこら辺でくたばってる男性陣よか幾分マシだ。
「はぁ!!」
気迫も十二分に良い。子供とは思えないくらいに、闘気を感じる。ここまで彼女を奮い立たせるのはなんだろうと、考え事をしてしまった。
「───ぅおっ!?」
頭を剣が掠る。
危ない危ない、後少しで一本取られる所だった。
「そこだっ!」
「残念、甘いっ!」
突きの選択はよかったが、やった後の事を考えていない少女の剣を下から突き上げて剣を弾き飛ばす。
剣が地面に突き刺さり、俺は目の前の少女に終了の合図をかける。
「今日はこれにて終わりな?アルマ」
アルマは頭を下げて。
「ありがとうございました」
緊張の糸が切れたのか、その場でへたりこんだ。
「くそ~、もうちょっと手加減してくれてもいいじゃないかぁ先生」
へたばっていた少年が体を起こして息を整えながら言う。
「これでも大分加減してるんだがなぁ」
あははと笑い、ごまかす。正直に言うと、感覚的には指を動かす程度にしか子供達を相手にしていない。
ふと、俺は思った。
未だかつて、本気で相手にした人間が誰ひとりしていない事に。ジーラとか、カルナも強いのに、あんまり本気で相手にしたことがない。誰かを守りたくて、がむしゃらにやってきた結果がこれなら、少しだけ寂しく感じた。
だからこんなに変な剣技だけ開発して遊んでしまう。
「ねぇ先生!先生の技を教えてよ!」
回復した少年達は起き上がって、地味な剣術よりも、派手な必殺技を身につけたいときた。
「飛竜のことか?」
少年達は頷く。
「だって俺から一本も取れないくせに必殺技ねぇ?まあいいけどさ」
俺はそこら辺にあった丸太を立て掛けて、大分距離を取る。
「先生!そこから丸太が見えるんですかぁ!?」
茶化すように子供達が声を張り上げる。軽く返事をして子供たちの反応を促した。だいぶ遠くに来てしまったが、十分な距離だ。
俺は肩に剣を担ぐように持ち、足を肩幅に開かせて右手に力を込める。
「よいしょっと!」
ぶぅんと剣をおお振りすると、斬撃が飛ぶ。わざと子供たちに見ることができるような遅く標的に飛ぶ斬撃――飛竜は
やがて丸太までに到着すると、スパンと、紙でも切るような動作で丸太を斜めに落とした。
遠くからは賛美の声が上がり、俺は子供たちの元にまで戻る。
「先生!どうやっているんですか?俺にも教えてくださいよ!」
「おまえずるいぞ!先生、俺にも教えて!」
やんややんやと次々に子供たちは必殺技を覚えようとしている。しかしながら、いくら筋がいいといっても、お前たちの筋力では無理だろうと、思いつつ、軽く教えることにした。
「しょうがないなぁ、じゃあ、そこにならべ?」
わーい、と喜んで俺の言うことを聞き、子供たちは縦横に列をつくり、剣を構える。
・・・お前ら、どんだけ、覚えたいんだよ。
「んじゃあ、一回だけだぞ?」
「はーい」
俺は基本的な姿勢、|オクス(雄牛)の構えを取る。剣の切っ先を前に突き出し、左足を前に出す動作を子供たちは見て同じように真似る。
「それで、ここから、気合を入れて、んっ!!」
”ヒュッ”
斜めの袈裟に落としたおかげで、少しだけ地面をえぐるような形で、斬撃が山の彼方まで飛んでいってしまった。
「・・・あっ!?」
しまった、つい調子に乗ってしまった。このレイヴが山脈地帯であって助かったような気もしたが、結果オーライだ。
「とまぁ。こんな感じで――」
「無理です!!」
いつもならバラバラに動くくせに、今回に限っては、みんなの心が集まったかのように、一斉の怒りを表した言葉だった。
「うし、それじゃあ今日はこれで解散だ!また明日な」
「はい、先生!!」
子供達は自前の剣を持って去っていくなか、一人だけ残っていた。
「お兄ちゃん‥‥‥」
「んっ?」
アルマが服の裾を引っ張った。
「どうしたアルマ?」
「今日はこれからどうするの?」
俺はアルマの意見を聞いて考える。空を見れば日差しは傾きもしていた。
「う~む‥‥‥じゃあ、帰ろうか?」
「うん!」
アルマは喜ぶと、俺の手を両手で握った。ぐいぐいと引っ張って家に帰ろうとしていて、子供の笑顔というのも、無邪気なものだ。こういう無垢な心を持つもの達が、これからの世界を作り出していくのだろう。そう、ふいに思った。
この半月、俺は村長の家に居候している。さすがに、働いてもいないでぐだぐだと住み込むわけにもいかなかったので、子供達に剣の技を教授という形で昼から夕方までやっているのだ。
後は山の中に入っては食べられる物を拾ってきたり、狩ったりしている。
帰り道。俺達は手を繋いで家に向かう。夕陽が空を朱に染め、山々が綺麗に光る。
「そういえばアルマ」
「なに?お兄ちゃん」
「ずっと思っていたんだけど、なんで俺の事をお兄ちゃんだなんて言うんだ?」
アルマの握る手が少しだけ強くなる。この娘が何を考えて俺を兄と呼び、慕うのか気になり、会話程度に聞く。
「私、ずっと一人だったの。お母さんは私が産まれた時に死んじゃったし、お父さんはあんまり話し相手にもなってくれなかった」
上目遣いでアルマはこちらを見る。その目は、少量の悲哀が混じった、すがるような顔だ。
「ずっと一人だったから。だから、お兄ちゃんを見たときに思ったの。兄がいたら、こんな優しいお兄さんが欲しいなって」
「・・・そっか」
「でも。お兄ちゃんが、嫌だって言うなら。私はあきらめる・・・」
俺は手をつないでいない方で頭を掻きながら、ため息を吐き、アルマの体をしっかりとつかみあげてアルマの足を首の周りに通し、足をガッチリと掴んで言う。
「俺も、ずっと一人暮らしだったからアルマの気持ちがよくわかるよ。じゃぁ、少しの間だけだけどさ、お前の兄ちゃんになってやるよ」
「あわわわわ!お兄ちゃん、高いよ、怖い怖い!降ろしてぇ」
頭をぱしぱしと叩くアルマに俺は笑う。結局のところ地味にバランスをとっているアルマは、口ではこう言ってるだけで、本当は高いところが好きなのではないのかと思う。
道行く先で、おばさんたちにも話しかけられるなか、まるで年の離れた兄妹みたいだと言われた時は、なんだかちょっと照れくさかった。
地上よりも遠く離れているから、あまり雲が掛からないこの村で見る月は格別だ。風呂上りで火照った体を、爽やかな風が体をなぞるように通っていき、気持ちよかった。
「くるるるる」
「んっ?ああルナか」
庭で月光浴を楽しんでいたルナはごろごろと気持ちよさそうに寝転がっている。
「ああ!またルナったら。そんなにゴロゴロしたら汚れちゃうよ?」
風呂から出たばかりでアルマの体からは湯気が出ている。まだ髪の毛も半分しか乾いていなくて、しっとりとストレートにかかっている。
「アルマ」
俺の呼びかけにルナとじゃれ合っていたアルマが、ルナを抱っこしながらこちらにやってくる。
「ちょっと向こう見て座ってくれ」
「‥‥‥?わかった」
アルマは何故か俺の膝の間に座り込む。やることに支障もないから別によかったが。
首回りに巻いていたバスタオルを取り、アルマの頭を覆わせ、がしがしと水気を拭いてあげる。
「頭濡れたままだと、風邪引くぞ?」
「‥‥‥うん」
しっかりと髪の毛の水気を取り、髪の毛を整えてやる。
女の子ってのは不思議だ。男なんて血と汗に塗れた、臭い臭いしか漂わない癖に、なんで女子は違うのだろうか。
今度ソーマにでも聞いて見ようかな。
彼女の髪の毛もサラサラとしていて気持ち良さそうだし。
「お兄ちゃんはさ?」
「うん?」
櫛を使い、髪の毛を梳いている時、静かにアルマは質問をしてくる。
「私たちの村ってずっと竜と過ごしているけど、竜がどんな気持ちなのかはわからないの」
「‥‥‥言葉も違うからな」
アルマは頭を少しだけ下に傾ける。多分ルナを見ているのだろう。
「竜は私たちに何を求めているのだろう?私たちは竜に何をしてあげられているのだろうって、この頃考えるの」
それは子供ながらにして、考えさせられる問いだった。これまでに生きていた中で、竜はずっと人と生きていこうとしていて、人はそれを拒否してきた。
それが今では手の平を返すように受け入れている。アルマはこの村の出身だ。下界とは違い、この世に生を落とされた時から竜とは接して来ている。つまり、下界の考え方よりも前に進んでいると言うことだ。
言葉が通じない分、自分の竜の事が怖いのか。
「うん‥‥‥それは難しい問いだ。ルナがアルマに何をしてほしいのかとか、逆にアルマはルナに何を求めるのか。実は俺も昔さ、竜と接していた時があったんだ」
「お兄ちゃんにも?」
俺は頷いて、アルマに自分にはソーマという家族がいたこと。その家族を自分の手で殺めたこと。これまでソーマと一緒に過ごしてきた日々を教えた。
「結局の所、俺はあいつにしてやれたことは何もなかったと思っていた。でも、あいつは死ぬ間際に自分は幸せだったと言ってくれてた。ソーマは俺にしてほしかった事は、ただ、一緒にいてほしかっただけらしい」
「‥‥‥そっか」
アルマはルナの頭を撫でる。
「さてと、夜も更けたことだし、もう寝てしまいな」
アルマは頷き、抱っこしていたルナと一緒に自分の部屋に帰っていった。
「さて‥‥‥と。村長、そんな影でこそこそしないで出て来てください」
ガタタンッ!
わかりやすいリアクションをありがとう。
「いや、聞き耳を立てようと思った訳ではなかったのだが、戦士殿が話していた言葉にすこし気になってね」
「俺、なんか言いました?」
顔をしかめる村長に、俺も同じように顔をしかめる。村長が俺とアルマとの話をどこから聞いたのかは知らないが、やはり村長の反応はどこか尾を引くものがある。
「先の話に出てきたソーマという名に疑問を持ってな?」
「ソーマに何か?でも、ソーマは私の竜の名前なだけで、別段村長が疑問に思う程もないと思うのですが?」
村長は頭を横に振りながら、俺の隣に了承を得て座った。
「ソーマという名に疑問を持ったことは?」
「いえ、ありません」
これまでの俺の話ぶりからして、やはりか、とちいさく呟いたあと俺に目配せをする。口を開きしゃべろうかとしているところで、なんだか迷っているようにも見えた。
「君は・・・竜人というのを聞いたことはあるか?」
竜人、初めて聞く単語だった。名前からして、竜が人のような造形なのか、それとも人が竜なのかと予想する。
「聞いたことはありませんが、なんとなく想像がつきました」
「まぁ、名前的には簡単だからな」
そして村長は息を大きく吐き出して、言いにくそうにしていたことをきっぱりと俺に告げたのだった。
「色々と話をしたかったが、まずは竜人の話をしていこう」
そういって村長は昔から伝わる竜人の話を説明しだした。
竜人―――それは生命体の頂点に達する霊長と竜をも圧倒した生命体。見た目は人と変わらなく、人に紛れ込んでしまえば普通の人間と交じれるくらいに普通の姿をしている。
だが、その力は竜の力を超越しているのだという。
竜の体内には火炎袋という、内臓器官にもう一つ、体外に放出することができる、いわばブレスがある。ブレスは仔竜であっても、その強さは目を見張るようなもので、家の一件は全焼することができるくらいの強さだ。勿論、人に当たれば怪我では済まされない。仔竜であっても家を全焼のレベルであるなら、大人となった成竜になった竜のブレスのレベルは、岩を溶かすレベルになる。ただし、ブレスが吐けるのは飛竜種の火竜と区分される竜だけに授けられた秘宝と言ってもいい。かくいうスーリヤ自身、飛竜種―火竜と戦闘したのは数えるくらいしかなかった。
人の姿でも火炎袋を内包した生命体。
魔法という、人がたどり着いていない神秘を使える生命体。
人の言葉、動植物の言葉が聞ける生命体。
よもや、人にあらず、竜でもあらず。彼女らはこの世に生まれた時から双方から嫌われれいる存在なのだ。
竜人は今のところ、世界に五人と観測されていて、これ以上はないということから、五人しかいないということになっていた。だのに人も竜をも超越する存在がなぜこれまでに世間に知られていなかったのかというと、その時はまだ人と竜が争っていた時代だったからだ。そのため人は竜人の認識は竜の闘争との二の次に追いやられていたが、今は人と竜はぎこちないが接しているようになってきており、二の次となっていた竜人が浮き彫りなってきたのだった。
それに気づいた王宮は竜人を捉えようとやっけになっているらしい。
五人の竜人はそれぞれが違う能力を保有しているらしく、一人一人の戦闘力は馬鹿にならないほどに強いが、竜を圧倒できる力を欲する者たちが近年ふえてきている。力に目を奪われた者たちは後を絶たなくなってしまい、竜人と思われた人物を片っ端から捉えるようになっていた。
そのために竜人たちは人を邪魔物扱いしてきた。
竜人の名称と色によってくくられている。
一人は黒竜人キーア
一人は銀竜人ミーナ
一人は紅竜人ラーミア
一人は蒼竜人カイナ
一人は緑竜人ソーマ。
「そして最近判明したことだが、不可抗力であろうが、なぜか、竜人と同じ名前になったものは不運な事故や、殺されたりしていたのだ。多分君の言った竜も該当するのだ」
「つまり、呪いみたいなものということですか‥‥‥」
「そういうことになるかな」
「‥‥‥竜人は人を憎んでいるのですか?」
突拍子に俺は村長に他愛のない事を聞いた。人からも、動物からも嫌われているのなら、憎んでいるかもしれないと思ったからだ。俺は、あまり思いたくもない事実を聞いてしまうのかもしれなかったが、聞きたいと思った。
「その昔、竜人は人とともにあろうとしたらしいが、その愛した人間に裏切られたのだとかなんとか。そこらへんは二百年も昔の話だからよくわからないが・・・」
「そう・・・ですか・・・」
村長は訝しげに思いながらも、あまり追求はしてこなかった。
俺は立ち上がる。
「それじゃあ、おやすみなさい村長」
「あ・・ああ、おやすみなさい戦士殿」
俺は用意された自室に入ると、すでに布団は敷かれていた。どうやらお手伝いさんがやってくれたようだ。布団の中に入り天井を見上げて思う。
もし、竜人の話が本当なら、あの泉にいる人は竜人ということになる。でも、話に聞いたよりも全然違う。彼女は人間が嫌いだなんて思うような素振りを見せたこともなかった。それに、竜のソーマとも仲良く話していたし、周りの動植物にも話を――
そこで自分の思っていることが全て村長の言った竜人の話と一致していることに気づいた。
「もう半月・・・また、一人にしてるからなぁ・・・・頭にきてるだろうなぁ」
彼女の顔を思い浮かべながら俺は、寝ることを決める。
そう決意してからは、熟睡に入る時間はそうはかからなかった。
朝、俺はいつものように起きて外の中庭にでる。朝日が出るよりはぎりぎりのところだから東の空を眺めれば赤みがさしている。
愛剣を携えて素振りをしながら、足運び、上段下段と切り分けながら剣が虚空を切る。これは俺が剣を持ち始めてからずっとやって来た日課だ。習慣というものはどうしても取れないもので、こうやって毎日見えない敵と戦っている。
自分を想像して戦おうとしたこともあるが、自分の戦っている想像が思いつかなくて結局は、誰とも思えない虚空に向かって剣を振るうだけだ。
俺がまだ子供の時は負けた相手を題材にずっと戦ってきた。それで勝ったあとは、次の壁にブチ当たった時に同じように自分を負かした相手を想像して戦う。こればかりやってきた最終地点は、無となってしまったのは、竜騎士に改名するまえの時からか。
「お兄ちゃん」
不意に自分の名前を呼ばれたことに振るう剣を止めて呼ばれた方向に向くと、剣を持って立っていたアルマがいた。
「よぉ、おはよう。どうした?こんな朝早くから」
「それはこっちのセリフ。朝から風切り音が聞こえるんだから起きちゃったの」
「むぅ、それはごめんとしかいいようがないな」
失笑まじりにアルマはこちらにくると、鞘から剣を抜く。
「私もお兄ちゃんの剣を教えて欲しいの・・・」
「・・・そうか、勝手にやればいいよ。俺のこれ、我流だからさ。教えることなんて一つもないけど。それでもいいなら」
アルマは表現しづらい顔を浮かべる。これは多分、呆気?マジで?驚いた?という表情なのだろうか?
少し肩を落としているアルマにぽんと頭を叩く。
「剣は教えてあげることは出来ないけど、戦いの時に大切なことを教えてあげるよ」
アルマは顔をあげるとまっすぐと俺を見つめていた。俺は目線を同じ高さに合わせる。
「それは、絶対に負けないという気持ちと勇気だ」
アルマの胸の真ん中に拳をあてがう。
「勇気・・・」
俺の拳を見つめたあと、頷いた。
「よし、それじゃあはじめるか?」
「はい!」
決闘の儀、剣の切っ先をお互いに合わせて離した瞬間から戦闘開始。
「はあっ!!」
先に出たのはアルマだった。スーリヤの剣を外側へ押しのけるように軽く弾き、四尺あまりの両手剣を横に薙いだ。
「むっ!?」
昨日よりも剣を振るう速さが増していることに気がついたスーリヤは、避けるタイミングを誤ってしまう。コンマ何秒かの瞬間で命の危険というものはすぐにやってくる。ただ、まだ相手が達人の域に達していないが為にキレがない。
そのために、ギリギリのところで避けることができたスーリヤは後ろに大きく飛び退いた。
しかし、アルマはそれを見越していたのか、追い打ちをかけるように前へ進んでくる。
スーリヤは少しだけ嬉しくなった。昨日、自分の言ったことをちゃんと守り、地を踏みしめて前に進んでくるアルマに胸がいっぱいになる。
だが、喜んでばかりではいけない。スーリヤも同じようにアルマと同じように前に出て、剣を振るう。アルマは予想だにしていなかったのか、驚いた拍子にスーリヤの剣を防いだ。
「うっぅ!!」
アルマが安堵の息を吐いたのも束の間、スーリヤはアルマの剣の刃の部分自分の剣を境に滑るように前に出てくる。戦闘を熟知したものしかできない芸当に近い。後ろに退こうともせず、ただ、前に突っ走るように道を切り開いていくような戦い。
これが彼の言っていることなのだろうか、そう考えながら進んでくるスーリヤに負い目を感じずにアルマは横に跳んだ。自分がいた場所に瞬間、光の軌跡が見えた。そう、下から突き上げて払われた剣は後ろに飛んでいればあたっていただろう。
「へぇ・・・」
純粋に驚いた。そんな表情を浮かべていたのをアルマは見ていなかった。離脱。まずはスーリヤの間合いからアルマは離脱することを選択し、遠くへと離れた。
一刀一刀が必殺、いくら組手のような訓練用の決闘だとしても、使っている物は本物だ。下手をすれば死を招く。それを肌で感じ取っていたアルマは、顔中に滝のような汗を吹き出していた。多分服の下は汗でびしょ濡れだろう。
服の裾で顔の汗を拭う。
アルマは肩で息をしていたことに今気がついたのか、息を整える。
それを見ているスーリヤは、遠くからその様子を眺めていた。
「いやぁ、強くなってるな。こりゃあ、カルナをも越す逸材だぞ・・・」
にっこりと嬉しそうにスーリヤは笑う。ふと、スーリヤは思った。自分の弟子を作るのもありだと。それが自分のことを兄と慕う子供でもだ。
「ん・・・日差しが出てきたか」
これはやばいなと、スーリヤは小さく呟く。何がやばいのか、ちょうど自分の立ち位置はアルマが太陽を背中としているので、目を凝らしていないと反射で見えなくなってしまっているのだ。そのために、スーリヤは厄介だと思いつつも、自分のなかで込上がってくる高揚感を感じていた。
このあとは何をあの子はしてくれるのだろう、地形を使って、自然を使って、色々なことを駆使してくれるのだろうと考えていた。
ゆらりと、黒い影が左右に揺れる。スーリヤは逆光で見えなくなったアルマを、まぶたを薄く開き、片手を影にして前を凝視する。既にアルマの姿は消えており、気づいた時には足元にいた。
「ここだぁ!!」
アルマが叫ぶ。
勝機と悟った一刀。斜め下から突き上げるようにして放った一刀は紛れもなく一本取れる。そうアルマは思った。
だが次の瞬間、アルマの手は剣を振り上げることを躊躇った。
「あ・・・う・・・」
アルマの剣が急激に速度を緩めてしまった。それを分かっているスーリヤは見逃さないで、アルマの剣を払いのける。
カランカランと、地面に剣が落ちるのと同時にアルマはヘタリ込んだ。
はぁはぁとさっきの比ではないほどの息苦しさ。まるで心臓をスーリヤに掴まれたような感覚。それは合っていた。アルマの最後の一刀に、スーリヤは本気の殺意をアルマに叩き込んだのだった。
これがアルマではなく、他の子供たちだったら、失禁して倒れるか、真面目に心臓麻痺で死んでしまうかのどちらかだ。それを見込んでのスーリヤはアルマに放った殺気。
スーリヤは剣をしまってアルマの頭に手のひらを置く。
「大丈夫か?ごめんな、これも勉強だよ」
太陽のような笑顔を浮かべたスーリヤに、アルマは先までの緊張が消え失せていた。
「さてと・・・」
俺は、アルマをおんぶした。肩車ではなくだ。
「あ・・・お兄ちゃん」
「まぁいいからいいから。朝飯になったら起こしてあげるから、アルマは寝てな?ちょっと怖い思いもしちゃっただろうし」
その言葉を聞いてむっとしたのか、アルマは嘆息に背中ごしに喋る。
「怖い夢を見たらお兄ちゃんのせいだから・・・」
「あっはっは!」
吹き出して笑ってしまった。
「むぅ!」
「あだだだ、首、首を絞めるのはよそうかアルマ!」
「ふんだ」
アルマは手を離す。俺は、中庭から部屋に上がり、アルマの寝室に行くのもなんだったので、そのまま自室に入り、アルマを布団の入れた。
「それじゃ、おやすみ」
「うん、おやすみ、お兄ちゃん」
俺は襖を閉めて出ていった。
村長の家で昼食を取り、村の外にある、山に晩飯用のおかずを取りに、ルナと来ていた。
ルナは暇さえあれば、この山に来て遊んでいる。というか、村の竜たちの大半がいるらしい。
「ルナは他のみんなとは遊ばないのか?」
ルナは首を振る。
「私、ミンナキライ。ご主人様ベツ、スーリヤモ、スキ。オヒサマのニオイする」
「そりゃどうも。でも、なんで嫌いなんだ?」
そう聞くとルナはふんっ、と鼻を鳴らす。
「スーリヤ、女心ワカッテナイ。ドンカンだ」
「あら、それは悪かった」
俺はルナに謝ると、ルナは再び鼻を鳴らす。
「ヤッパリ、スーリヤはフシギなニンゲン」
なんだかんだ言って、ルナは教えてくれた。
その昔、ルナは捨て子だったらしい。冷たい雨が体に当たっていて、通り掛かる村の人間は冷たい眼差しを自分に向けていた。
一人で惨めに歩いていると、人に懐いた竜は大きな顔をして、歩いている自分を蔑むように見てくる。それが堪らなく嫌だった。竜たちの間では付き従うものがいなければいつでもはぐれ扱い。つまり人間で言うと親なしと同等だった。
もう、世界が憎くて堪らなかった時、ルナは今のご主人様に出会ったらしい。
「君は一人なの?」
傘の影に入れられて雨が当たらなくなり、上を見上げると少女がいた。ルナには初め、少女が何を言ったのか、わからなかったらしい。
同じ目線に少女はしゃがむと。
「君も一人なんだね‥‥」
少女は優しく抱きしめて、名前も付けられたルナは、一生、この人に仕えよう。そう思ったらしい。「そっか、ルナにもそんな事があったんだな」
「ハイ」
食べられそうな木の実や、肉になる小動物を軽く二十匹狩る。
「さてと、それじゃあ村に戻りますか?」
「‥‥‥」
急にルナは静かになる。一瞬、何を考えているのかと思った時だ。鼻につく木が燃えている臭い。周りを見渡しても火は上がっていない。
「まさかっ!!」
俺は考えるよりも先に走っていた。ルナも同じように走っていたがそれでは遅いと判断したルナは背中にある翼を大きく広げた。
「スーリヤ、ツカマッテ!」
「わかった!」
まだ未熟であるとわかっていても、俺はルナに捕まった。背中に乗れない変わりに足を掴み空に俺達は飛び出した。
村を一望できると、空に一匹の竜が火を吹いて村を焼き払っていた。目を凝らせばその背中には王宮の兵士二人。
「竜騎兵か!?」
ルナは俺の呟きに疑問を持ったが、それよりも早く、俺はルナに指示を仰ぐ。
「ルナ、お前はアルマの所に行け!」
「スーリヤは!?」
「あれを落とす!!ルナ、一瞬だけ、背中をかりるぞ?」
俺はルナの返事を待たずに、ルナの足元から宙返りし、背中に乗る。足の踏み場として活用し、俺はこの跳躍にすべての力を注いだ。
それは弾丸、竜の背中という発射台から飛び出したひとつの弾丸のようなものだった。
こちらに気がついた竜騎兵は飛竜を動かそうとしたが断然こちらのほうが早い。俺は飛竜の体に体当たりを食らわせた。苦悶の声があたりを包む。
「な・・・なんだ!?」
「人だ、人が飛んできた!」
竜の背中から顔を覗き込んだ兵士。
「・・・?いな――ー」
気がつかれる前に俺はその兵士の首をはねた。血で服が汚されるのは遠慮するために、すぐにその兵士の体を蹴り飛ばして地上に落下させたあと、俺は竜騎兵の近くに行き、襟元を掴む。
「貴様・・・何考えている!!」
「こ・・・これは、王宮の命令なんだ!!もう半月も立ったのに総長はここから帰ってこないし連絡もない。それはこの村の者たちに素性がバレて殺されたのではないのかという判断がくだされたんだ!!第一に、貴様も反逆者だろうが!!」
竜騎兵は俺の腕を払いのけ、腹を蹴る。衝撃で数歩分だけ離れると、竜騎兵は腰元からグラディウスを取り出す。
「ったく、やっぱり王宮をさっさと滅ぼせばよかった!」
「黙れ反逆者め、この場でレイヴの生き残りを殺してやるよ!!」
手綱を外した竜騎兵はまっすぐに向かってくる。全体を見渡しても隠れるところや横に飛び跳ねることもままならない、直線状しかない通路だ。
俺も前に出て一騎打ちを仕掛ける。
「はぁ!!」
ガインッ!
俺の剣よりも半分しかないグラディウスは殺傷能力として大剣よりは半分に劣る。だが、その小ささと小回りさ故に、急所を狙うことができたり、切り返しも幾分か早い。
「おらぁ!!王宮に楯突くやつは――!?」
だとしても、戦闘中に喋りながらは俺としてはいただけなかった。本当に俺の言う事を聞いて戦闘訓練を受けていたのだろうか。そんな悲哀をも枯れたような想いがにじみ出る。
竜騎兵の手首を叩き切る。噴水のように吹き出した血液。痛みを訴え始めた竜騎兵。
「ぎゃあああああ!!?俺の、俺の手がああぁぁ!?おれ・・・俺の手ぇ・・・!?」
醜い醜態だ。俺は剣を鞘に収めたあと、竜騎兵の体を蹴り飛ばし、空中に飛ばした。その表情はただただ驚愕に満ちていて、落ちている最中に自分の境遇を理解することだろう。
俺は竜の手綱を握り燃え盛っているレイヴへと降りた。
「くそっ!!」
周りには炭化した死体たち。子供も、大人も、燃え尽きてしまい、嫌な臭いが漂っていた。
走る―走る―とにかく走る。教えてきた子供たち、仲良くなったおばさんたち、村のみんなの命が、こうもあっけなく終を迎えている。人の命はこうも簡単に消えてしまうのか。
みんなの思い出が炎に包まれて消えてしまう。
「村長!!アルマ!!」
ようやく村長の家にたどり着いた俺は、燃え盛る炎に包まれている玄関を蹴破って入る。元の面影が分からなくなってしまいそうなほどに家が燃えている。俺は一度しか入ったことのないアルマの部屋を探そうと炎を切り払いながら進んでいく。
「あ・・ぅぅ」
うめき声が聞こえた。それも小さく助けを求めるような声だ。
「村長?!」
人命第一と考えて俺は、男のうめき声のする方に向かう。それにルナがきっとアルマを助け出していることに違いない。そう俺は信じる。
「戦士・・殿?やはり・・その声・・・は戦士殿か」
「村長、よかった、そこに――」
そう言って、俺は目を見張った。そこにいたのは下半身を焼けて崩れた柱が潰していた。もう自分でもわかってしまった。この人はもう助からないと。それでも俺は、どうにかしようとしてその柱を切り払い、村長の体を引き上げた。既に目の焦点があっていないにも関わらず、虚空に手をかざしている村長の手を握った。
「頼む・・・あの子を・・・アルマを・・・救ってやってくれんか?」
「わかっています、今、ルナが救助に向かっています。だから、安心を!」
「ああ、戦士殿、すまなんだなぁ。あの子を押し付けるようなことをしてしまい」
俺は頭を横に振って意を示す。見えていないのを承知でだ。
「実はな戦士殿・・あの子は、実は私の実の娘じゃないんだ・・・あの子はこの村の前で捨てられた子でな、私があの子を引き取ったのだ。ずっと嘘をついてきた報いなのかもしれん・・・」
ひゅうひゅうと声がかすれていく。もうこの人の命の火が消えていくのが手に取るようにわかる。
「そんなことは・・・きっと・・・」
無い。そう言いたかった。が、口には出さない。それは確信もないし、これから死にゆく人に光を見せたところでもどうしようもないことは分かっていたからだ。
「戦士殿・・・どうか、アルマを。アルマを見てやってくれ」
「・・・・はい」
がっくりと村長の頭がうなだれる。俺は村長の体をそっと床に置いて、手を合わす。ほんの半月の間だったけれど、俺はあんたのことを
忘れない。約束は絶対に守ってやる。
崩れてきた家屋から逃げ出す。炎炎と燃える家も、もうすぐで崩れてしまう。その前に早くルナを探し出さなければ。
「っくそ、ルナ、アルマ!!どこだ!!」
「スーリヤ・・・ココデス!」
不意に聞こえてきたルナの声。一枚隔てられた壁を切り崩して中に入ると、一緒に横たわるアルマの姿とルナ。どうやらルナがアルマをかばって負傷したようだった。
俺はアルマの体を抱きかかえ、ルナの体を背負う。仔竜と言っても、重量は成人男性と同じくらいかそれ以上の重さだ。
「ぬおっ!?っく、そお」
「スーリヤ!私をオイテクダサイ。コレくらいの火ナラ、ワタシはシニマセン!」
「馬鹿言うな、これは火竜の炎だぞ?ちょっとやそこらの火事とは訳が違うんだ、だから俺は助けるんだ。それに、もう、目の前で大切な人たちが死ぬのは嫌なんだ。離れていくのが怖いんだよ!!だから俺は見捨てない。見捨てたくない」
慟哭の叫び。初めて自分の気持ちと向き合えている。こんなところで自分の気持ちを理解したところで、ここを突破しなければどうにかならない話だ。
家を出たところで、まだ待ち構えているのは火災の渦。だが、走り続ける。どこまでもどこまでも。俺は王宮を滅ぼすため。王宮に一人でも歯向かうため、俺はこの村の出来事忘れない。俺は今日から復讐の鬼となろう。
そのために、俺は生き続けてやる。どんな壁が立ち阻もうとも。俺はそれを乗り越えてやる。
俺は二人を先ほどの戦利品の竜の体に乗せて、手綱を切った。このような束縛として命令を聞かせて動かすのが嫌だったからだ。自然に身を任せ、自然の竜といて欲しかった。
俺は竜の目を見つめて言う。
「君の力が必要なんだ。どうか、俺の話を聞いて欲しい」
竜は目を瞬間細めたが。こくりと頭を縦に振り。
「アナタノイウコトをキキましょう」
そう承諾して、レイヴの村から脱出した。
行き先は森の泉だ。彼女が何を言ってくるのかが怖いが、彼女なら俺の願いを聞いてくれるはずだ。もし、嫌がっても、俺は意見を押し通したいと思っている。
だが、その時、まだ俺は忘れていた。
彼女が人外の竜人ということを――