五話
ドンッ、と地面が揺れる程の踏み込みをした男は、とても人間が反応できない速度で雫に肉迫する。男との距離は二十メートルは離れていたが、それを瞬きの間に詰めてきた。西洋剣が大気を切り裂き、雫のその白い肌に目掛けて振り下ろされる。しかし、彼女は持っていた学生鞄で西洋剣の腹を叩き、軌道をずらして見せたのだ。まさか自分の攻撃を無効化させられると思っていなかった男は、その顔色を驚愕の色に変える。
軌道を変えさせられた西洋剣は、雫の体のすぐ横を通過していく。その重さにつられ、男の重心が前に倒れる。
「ふっ!」
雫はその隙を見逃さなかった。男の鳩尾に向かって鋭い掌底を放つ。きゅっと締まった掌が、男の体にめり込んだ。
「ぐっ!」
男は堪らず呻き声を上げた。後方に大きく跳んで距離を取る。
「たぁ~……いって~な。まさか、水月を打ってくるとは思わなかったぞ。可愛い顔してやるじゃねぇか、嬢ちゃん」
「……どうも」
嬉しそうに話しかけてくる男とは反対に、雫は苦々しい表情を浮かべた。確かにこちらの攻撃はダメージを与えたが、男は自らの体を前に出し、打撃ポイントをずらしたのだ。雫の腕が伸びきる前に掌底が当たったので、その威力は半減されたと言っても良いだろう。
男は顔を引き締めると、西洋剣を両手でしっかりと構える。
「なるほど、そっちも戦士だったってわけか。だったら容赦しないぜ」
その声は後ろから聞こえてきた。
「――――っ!!」
本能が危険を知らせると同時に、雫は勢い良くその場に伏せる。すぐ上を風圧が通り過ぎて行き、綺麗な髪が何本か切られていく。
立ち上がる力を利用して後ろに振り向きながら掌底しようとしたが、男は軽く体を捻っただけでそれをかわした。それと同時に男の足がぶれる。
ドン。
「かふっ!?」
男の鋭い蹴りが、雫の脇腹に突き刺さっていた。その威力は凄まじく、雫はその力に逆らえずに吹き飛ばされる。地面に叩きつけられそうだったが、空中で体勢を整えて着地した。
「ごほっごほっ!」
脇腹を手で押さえ、悠然と佇む男を睨んだ。
そんな雫の様子を見て、男は再び笑みを浮かべる。
「隙がねぇな嬢ちゃん。今、オレが追撃してたらカウンターしてきただろう?」
「どうでしょうね」
気丈に雫はそう言ったが、内心舌打ちしたい気持ちだった。正直、男の方がこちらより強い。カウンターを狙っていたのを見抜かれ、何より移動スピードが尋常じゃない。
力も速さも敵わない。しかし、背を向けたら男は迷わず斬りかかってくる。逃げ切れるはずがない。
「それに、オレの蹴りが直撃する瞬間、後ろに跳んで衝撃を殺したろ?まぁ、無傷というわけではないようだが」
「それが?」
憮然とした態度で雫が答えると、男は「くっくっくっ」と笑いだした。
「いいねいいね。戦いってぇのはこうでないとなっ!」
狂喜が見え隠れする表情でそう言い捨て、何のモーションもなく雫に跳びかかる。
「っ!なに!?」
が、不意を突かれたはずの雫も同時に跳んでいた。確かに男はモーション動作がないが、雫の反射神経はそれを上回っている。男が跳んだと認識した途端、脊髄反射よりも早く反応していた。
動揺を隠しきれない男のその顔面に、勢いのついた膝蹴りをぶち当てる。
「がぁっ――――!」
カウンター気味にヒットした攻撃は、威力を何倍にも膨れ上げる。
男は血を吐き出しながら空中で一回転して、地面に無様に転がった。雫は体操選手も顔負けするほどの着地を見せ、油断することなく男に視線を投げる。
先ほどの攻撃は自分でも強烈なものだと思う。これで男も戦闘不能になるはずだ。
「……あぁ」
男は顔を押えながら、すでにゆっくりと立ち上がっていた。ぺっと血が混じった唾を吐き、瞳を爛々と輝かせる。
「つぁ~、今のは効いたぞ。やはり、嬢ちゃんは良い女なんだな。惚れちゃいそうだぜ」
「……平気そうで立って、効いてなさそうですよ」
「惚れるくだりはツッコミなしか?結構本気だぜ」
「ノーコメントで」
雫は話を続けながらも男のスキを探していたが、生憎そういうものは見つからなかった。
「あぁ~、殺すのってはなしだ。連れて行くか」
「強引な人は嫌われますよ」
「何、肉食男子ってやつさ」
男が肩をすくめながらそう言うと、瞬時に眼前に立っていた。
「えっ?」
「眠れ」
柄が雫の頭頂部に振り下ろされる。雫は何の反応も出来なかった。
――――――――ガンッ!
柄は横から伸びてきた白い刀に阻まれた。
「やぁ、ナンバー2。女の子に手を出すなんて、相変わらずだね」
白い刀を持った、白い少年がそこにはいた。
感想まってま~す。