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一話

 この世界は三つの大陸に分断されていた。

 

普通の人間が暮らすリシュアス大陸。亜人間や魔物と呼ばれる種族が暮らすエミリア大陸。そして、神々が住んでいると言われているラグナロク大陸。

 

 この三つの大陸はバランスよく、共存して存在してきた。しかし、その均衡は壊れる事になる。

 

 神暦1947年。

 

 人間は禁忌を冒してしまう。

 

 生体学者のエドモンド・カズミアルは人口生命体、ホムンクルスを作り出してしまった。それも、人間とさして変わらない、感情もある完璧な美しい少女のホムンクルスを。自身の研究成果に歓喜したエドモンドは、そのホムンクルスにリリィと名付ける。

 

 奇跡とも呼ばれる技術を、人間たちは大いに喜んだ。自分たちも神に近付けたのだと。エドモンドは急いで神々の元へ報告しに行ったが、神々はそれを許さなかった。

 

 憤慨した神々は、ホムンクルスを処分することをエドモンドに命じる。神々の激しい怒りに彼は愕然した。リシュアス大陸に戻り、急いで皇帝の元へと不眠不休で移動した。エドモンドの事情を聞いた皇帝、ユーアイメル17世は神々の命を良しとしなかった。「人間は神々と同じ力を得た。神々は我々を同等と見なければならない」と。

 

 そのあまりの自信過剰な言葉に、エドモンドは人間に失望した。こんなにも人間は醜かったのだ。特に、地位の高い人間ほど自身の価値を見誤る。しかし、すでに研究資料は国に譲渡してしまったので、ホムンクルスの製造は始まっていた。己の考えの甘さに絶望したエドモンドは、その日を境に姿を消す。

 

 ホムンクルスは様々な用途で使用される。本来は人間が成すべき仕事や、娼婦の仕事。戦争の道具にも使われた。このような扱いをすれば、もちろんホムンクルスにも不満が溜まる。それを恐れたユーアイメル17世は、感情を失くすように製造機関に命じた。これにより、完璧だったホムンクルスは機械同然になってしまう。人間のその行いは、ついに神々の重たい腰を上げさせることになる。

 

 神暦1962年。

 

 神々はエミリア大陸の全ての種族に、人間を滅ぼすように命じた。信仰深い亜人間と魔物は、全員でリシュアス大陸に押し寄せる。その数およそ十億。その進軍で大地は揺れ、空や海は黒い影で覆われた。のちに〝黒戦争〟と呼ばれる戦争に発展する。

 

 人間側はホムンクルス100万体と兵士10万人を前線に送った。圧倒的な兵力に、神々は勝利を確信する。しかし、人間たちの科学力は神々の予想を遥かに超えていた。

 

 神暦1962年 7月13日。

 

 リシュアス大陸の北西に位置するガイス海岸で、最初の戦闘は始まった。人間たちは銃や大砲、魔法を駆使し、超遠距離一斉掃射で圧倒する。驚くべきはその攻撃範囲だ。およそ5キロ先から標的を狙い撃ちできる。これはホムンクルスだから出来る芸当で、身体能力が人間とは比べ物にならないからだ。

 

 この日は人間たち、いやホムンクルスの勝利で終わった。

 

 人間たちの力に神々は―――――。


 





 なーんて、何考えてんだか。

 

 くるくるとペンを回しながら彼女―――宮原雫みやはらしずくは、自分が書いたノートを見下ろす。数式の横に先程まで書いていた物語が、数式以上の文字数でそこにあった。

 

 自分のやる気の無さにおもわずため息をついた雫は、少し凝った手首をコキコキと鳴らしながら前方に視線を移す。

 

 現在の時刻、午後1時57分23秒82。

 

 休日でも祝日でもない今日は平日。16歳の彼女は現役の高校生だ。もちろん、今は数学の授業中。六月の終わりともあり、教室の中は湿気と気温で不快だった。しかし、昼食後で満たされた体には睡魔が忍び込んでおり、確実に眠りへと誘っていく。すでに、クラスの3割が机に突っ伏している。

 

 雫にも睡魔が近付いており、出来ることなら今すぐにでも寝たい。だが、窓際の席と言うこともあり、夏の強い日差しが降り注で来る。軽い化粧と日焼け止めで肌が焼けるのは心配ないが、汗が出てくるのは止められない。いくらなんでも寝るには暑すぎた。

 

 くっそー、くじ引きめぇ……。

 

 2週間前にあった席替えが悔やまれる。まぁ、後の祭りなのだが。

 雫は爛々と輝く太陽を、教師に気付かれないように見上げた。今年は過去最高の猛暑になるらしい。と言っても、そんな事は毎年言っている事である。今更珍しくもないニュースだ。

 

 今日も猛暑と言っても良い一日だった。

 

 ほどなくして、授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響く。その音で寝ていた者が次々と目覚める!

 

 ……と、大袈裟に言ってみた。

 

 生徒の大半が寝ていたのが気に食わないのか、数学の教師は不機嫌そうな表情で教室を後にする。

 

 雫は次の授業が何かプリントを見る。どうやら英語らしい。またも眠たい授業になりそうだ。しかし、確か英語には課題があったはずだ。英語の教師、石山は課題を忘れた者に対する罰がひどい。授業中はずっと立たせ、ことあるごとに指名する。授業内容も自分本位で、生徒の間では評判が低空飛行していた。

 

 雫は今日当たる可能性が高いので、寝てはいられない。課題は昨日の内に終わらせていたので、何の問題も無いが。


「雫ー!」


「わっ!?」

 

 雫が英語のプリントを机に乗せると同時に、後ろからすごい衝撃で抱き付かれた。


「しずく~、英語のプリントみ・せ・て♪」


「……夜架」

 

 後ろを振り返ると、そこにはショートカットの活発そうな女の子がいた。

 

 南方夜架みなかたよるか。小学校時代からの付き合いであり、雫の数少ない友人の一人だ。標準的な身長だが、その存在感だけで人ごみの中でも見つけられる。バスケ部のエースでもあり、スレンダーな肉付きをしていた。ただ、その胸は成長が止まっている可能性が高いが。


「……なんか、失礼なこと考えてない?」


「気のせいでしょ」

 

 夜架は雫のそっけない返事に納得していないのか、その勝気そうな顔をしかめる。


「ま、いいや。それより宿題貸して」


「写さないならいいわよ」


「は、薄情者~」

 

 夜架は涙目で肩をポカポカと叩いてくる。何気に痛い。


「ま、まぁまぁ雫さん。夜架さんもこう言っていることですし、たまには見せてあげても……」

 

 ほんわか、と表現する以外ないと思うほどの柔らかい声が耳に飛び込んできた。

 

 二人はその方向にぐりんと目を向ける。


「な、何ですか?」

 

 そこには立ち姿が綺麗な女子生徒が佇んでいる。二人の息の合った行動に驚いているのか、若干後ろに引き気味だ。

 

 背中に寄生していた夜架が、その女子生徒の方へ手を伸ばす。


 「おぉう、有紀様~。私にご慈悲を~~~~」


 「あの……そのノリはどうかと」

 

 有紀と呼ばれた彼女――柄城有紀えじょうゆうきは、さらに一歩後ろに引く。腰まである長い髪が、さらりと流れるように動いた。

 

 彼女は、中学生の頃にある事件に巻き込まれ、それを雫が助けた事が縁で友人関係を結んだ。箱入り娘と言っても良い程のお嬢様で、その性格も上品で品格がある。目がくりっとしていて、とても可愛らしい。身長、プロモーションはモデル並で、バストも大きい。男子だったら目のやり場に困るはずだ。おそらく、画家に「想像で美少女を描いてください」と言えば、有紀みたいな人が描かれるだろう。


「そんなに言うなら、有紀が見せてあげれば良いじゃない」


「えっ、でも……宿題は自分でした方が良いと言うか、何というか」

 

 有紀は真面目なので、課題を他人に見せる事に抵抗があるようだ。


「えぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーー!?。そこまで言っておいてそれはないでしょう~~~~!!」


「……まったく、真面目なんだから」


「す、すみませんすみません!」

 

 泣きそうな顔で頭を下げる有紀を見て、雫はため息を吐きながらプリントを手に取る。


「ほら。貸してあげるから、さっさと写しなさい」

 

 無愛想な、しかし雫のその素直ではない態度に、夜架はオーバーリアクションをした。


「ありがと~!!やっぱり雫は頼りになるわ~」

 

 夜架は、ニコニコしながらプリントを受け取る。


「どうでも良いけど、授業まで後3分しかないから」

 

 雫の呆れた声を聞くと共に、夜架の顔は青くなっていった。

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