月の民族
地球から見る月からは分からない、内部の空洞のところに月の原住民が住んでいた。
彼らは、はるか昔にこの付近にいた宇宙人のなれの果てであるのだが、彼ら自身はそのようなことは知らないし、覚えてもいない。
だが、長期間月の中で住んでいるため、目は退化し、代わりに赤外線で見ることができるようになっていた。
低重力の世界は身長を伸ばし、骨を柔らかくさせた。
さらに、月という環境から、三重水素を取り込み、体の中で変化をさせエネルギーを取り出す構造になった。
そんな彼らは、いくつかの空洞をトンネルで結び、あるところは居住用、あるところは倉庫用といった感じで使い分けていた。
そんな感じな彼らだったが、月の表面に出て行くということはしなかった。
それは、昔から伝わる、伝承があったからだ。
その伝承は、外は地獄であり、一度出た者は二度とこの世界に帰ってくることはないというものだった。
ある家でも、その伝承は伝わっていて、だから外に出ないようということになっていた。
「それって本当なのかな」
「どういうこと?」
10歳と8歳の姉妹で、外の世界がとても気になっている年頃だった。
「こんなところに閉じ込められたのは、きっと外がここよりも楽しいところだからだよ。それで帰ってこれなくなるから、ここにいなきゃだめなんだよ」
姉が言ったが、妹のほうはあまり乗り気じゃなかった。
「でも、お父さんとお母さんが心配しちゃうよ。今日はやめておこうよ」
「今日を逃したら、絶対に上に上がれないよ。だから、今日行くの」
「でも…」
「ほら、行くよ!」
姉は妹の言葉を聞かずに、手を引いて洞窟へと向かった。
この洞窟は地上へとでるための入り口と伝わっている。
ただし、その入口のところは扉で固く閉ざされていた。
「ねえ、かえろうよ…」
心配そうにしている妹を無視して、姉は特殊な鍵を使って扉を開けた。
「大丈夫、大丈夫」
自身に言い聞かすようにしながら、姉は扉をくぐった。
洞窟の中は、コンクリートでしっかりと作られていた。
「ここ、誰も来てないはずなのに、なんでこんなにキレイなの?」
妹は姉の服にギュッとしがみつきながら、聞いた。
「さあ…」
その時、急に廊下に電気がついた。
「キャッ」
眩しくて、一瞬で目を覆った。
「…よう来た」
「だ、誰?」
姉が目の部分を覆いながら、その声の主に尋ねる。
「祖先の声も忘れてしまったか…仕方あるまい。数百年も経ってしまったからな」
「…祖先?」
「そうだ、お前たちの祖先だ。俺たちはこの星を持ってきた者だ」
「持ってきた?」
姉が聞く。
「そうだ、持ってきた。ここに来た者は、お前たちで3人目だ」
「3人目って…」
「そうだ、3人目だ。ついてこい。お前たちが見たいものを見せてやる」
そう言って、その声の主は歩き始めた。
「どうするの」
妹は姉に聞いた。
「行くしかないでしょ」
「そうだ、行くしかない。お前たちは俺たちについてくるしかない」
声はそう言った。
数百メートル歩くと、分岐点に来た。
「そうだ、こちら側だ」
声は姉妹を左の道へ案内した。
「こっち側の先には何があるの?」
妹が聞く。
「そうだ、何がある。あるのは星の表面への出口だ」
「出口って、地獄への入り口じゃないの?」
「そうだ、入口か。それは違う」
「じゃあ何?」
「そうだ、何か。それはみたらすぐに理解できる」
それきり黙ってしまった。
さらに10分ほど歩き続けると、大きな分厚い扉にたどり着いた。
「ここを開けると、外になるの?」
「そうだ、開けると外か。いや違う、減与圧室に通じている」
「外は減圧とか与圧をしないといけないの?」
「そうだ、外は圧力が違う。減与圧室で服を着てもらい、外へ出る」
扉の横にあるパネルを操作し、その声は扉を開けた。
「そうだ、服だ。与圧服を着るんだ」
壁にはずらりと似たような服が並んでいた。
だが、壁の上にプレートがかかっており、与圧服、減圧服と書かれていた。
「この与圧服を着るのね」
姉が聞き返した。
「そうだ、その服だ。与圧服のサイズのあったものを着るんだ」
「ねえ、私のサイズって、一番小さいものでもブカブカになりそうなんだけど…」
妹が姉に言った。
「着てみましょ。それからよ」
「そうだ、着るのだ。ブカブカなら言ってくれ」
「だそうよ」
姉は妹にその声の主の発言を受けて言った。
服を着ること自体は簡単にできた。
妹は、たしかに裾が10cmぐらい余っていたが、それはクリップを複数つけることで解決した。
「そうだ、大丈夫だ。これで行ける」
声はそういうと、減与圧室のもう一つの扉を開けた。
「ここからでると…」
「そうだ、外だ。服が与圧されているか確かめるんだ」
姉妹は、互いの服を触り、どこからも空気が漏れていないことを確認した。
「大丈夫そうね」
「そうだ、大丈夫か。では外と同じ圧力まで下げよう」
「服が…」
姉は服がだんだん膨脹しているような感覚があった。
「そうだ、膨脹だ。外圧と内圧に差があるから起きる現象だ。圧力を一定にするんだ」
言われる前に、着ている服が自動的に空気を出し入れしたようで、自然と服は元に戻った。
「これでいいの?」
「そうだ、それでいい。では進もうか」
声は、さっき入ってきた扉と向かい合っている扉を開けた。
「これって…」
「そうだ、ここだ。この星表面だ」
姉が驚いた声で言ったが、声の主はまったく平静としていた。
「そうだ、死の星だ。表面は何物も生きることは許されない」
「…やっぱり地獄みたいなところなんだね」
「そうだ、地獄だ。だがそうとも限らない。我々の仲間は表面に空気を保たせて、その場所で生きている」
「そうなんだ……」
妹が一言だけ、息を吐くようにしながら言った。
「そうだ、もう終わりだ。さあ、君たちはこれでゆっくりと目が覚める。これは夢なんだと、そう思うようになる。そして、二度とこの表面に来ることはない。君たちの生活が、もう1つの星の住民によって妨げられない限りは」
姉妹はその言葉を聞いた瞬間、目の前が真っ暗になった。
目が覚めたのは、最初に入った扉の前だった。
「あれ…?」
「夢を見ていたのかな」
姉妹はそう言いあいながら立ち上がり、家へと戻った。




