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氷の墓標  作者: 水梨なみ
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第4章 南の森(1)

「これを抜ければトタンリの街だ」

南へ進路を取り、辺境を抜け、二人は商業都市トタンリにいたる道にまで辿りついた。

水晶は相変わらず、南を指している。

「久々にベッドで寝られるな」

嬉しそうにルシアが言った。

ルシアは何故かあの夜からラーグの同行者に収まっていた。理由を訊いても

「他にすることもないしさ。行くあてもないし。つきあってやるよ」

と答えただけだ。

特に困ることもないので、ラーグは好きにさせていた。

「でさ、まさかとは思うけど」

ルシアはちらっとラーグを見た。

「あの森を通って行く気?」

そう言ってルシアが指した方角には鬱蒼と茂る森があり、白い街道はその森に吸いこまれるように続いていた。

ラーグは答える代わりに首を縦に振る。

「げっ、嘘だろ!あの森には化け物がいるっていうんで、この道は誰も通らないんだぜ。前の村で聞いたじゃないか。少し遠回りになるけど、この森を迂回した方がいいって」

「なら、お前はそうしたらいい。この道が一番近いんだ。水晶もまっすぐこの道を指している。この水晶の指す方向を辿らなければならないんだ」

ラーグは鬱蒼と茂る森の入口を見つめる。ルシアはやれやれというように首を振った。


普通の森だった。

しかし、綺麗な森ではない。どこから集まったのかと思われるほどの多くの木々が所狭しとその身を寄せ合う。森の奥へと続く道はシダの様な下草に覆われ、ところどころに敷き詰められた白い石が痕跡をのぞかせていた。中は湿気っぽく、木々の出す炭酸ガスの所為か蒸し暑かった。

ラーグは悠然とした足取りで街道を進んでいく。しかし、その黒い双眸は絶えず辺りの気配を探っている。

「やっぱり気味が悪いや」

ラーグの頭の少し上から声が振ってきた。ルシアは空中に胡坐をかいた格好で浮き、そのまま宙を移動していた。

「俺、あんたの選択間違っていると思うぜ」

顔を上げ、ルシアは周りのじっとりと濡れた波を嫌そうな目で見遣る。

「一つ訊くが……」

睨むような視線をラーグはルシアに送った。

「文句言いながらもなんでついてくる?嫌なら一人で迂回して街に行けばいいことだ」

「俺の勝手だろう」

ラーグが構ってくれたので、ラーグの方へ向き直ったルシアはついっと横を向いた。整った顔のせいか、その仕草はやけに生意気に見える。

「それにさ。前から言ってんだろう。俺にはルシアって立派な名前があるんだ。お前って呼ぶな。ホントは“様”をつけたっていいくらいなんだからな。いろいろ教えてやったしさ」

ラーグは深い溜息を一つついた。

容姿は絶品だが性格は最悪だ。

幾度となく行ってやろうと思ったセリフをラーグは飲み込んだ。代わりにもう一度、大きな溜息をついた。この脱力感が少しでもルシアに伝わってくれとラーグは祈らずにはいられない。

「……わかった。勝手にしろ。だが、周りのものには手を触れるなよ」

何が起こるかわからないと言葉を続けようとした瞬間、ルシアの悲鳴が木々の葉をざわざわと揺らめかした。ラーグは腰の剣を素早く引き抜く。

「ルシアっ!」

ルシアの名を呼び、上を見上げ、ラーグはまた溜息をつきたくなった。緑色の太い蔓ルシアを巻き取り、うねうねと身を揺らして宙高くルシアの身体を持ち上げて行く。

あいつ、言っている端から触りやがったな

自分の方へ伸びてくる蔓を剣で薙ぎ払いながら、ラーグは心中で悪態をついた。

「ラ……ラーグ。助けて……」

弱々しい声が頭上から聞こえる。蔓はルシアの抵抗などものとのせずに、木の幹の中央に開いている空洞へとルシアを引き上げて行く。

たぶん、獲物を食らう、動物でいえば口なのだろう。しかし、ただぽっかりと開いている奥のわからない空洞は何百と生えている牙より不気味で、なにより生理的嫌悪が背筋を寒くした。

だが、あそこに落されるまでは、危険はない。ラーグは辺りの気配を油断なく探りながら、目だけはルシアを追った。

「魔法は使えないのか」

蔓でがんじがらめにされたルシアがゆっくりと移動するのをみながら、ラーグはルシアに訊く。

「腕に蔓が食い込んで。腕が使えないと魔法は無理。それに、へたなことすると自分も巻き込まれるんだよ」

ルシアはやたらと偉そうに答えた。

「ふうん。どうするかな」

口調だけはのんびりとラーグは呟く。その視線は、蔓をたどっている。

「ラーグ。そんなこと言ってないで、早く助けて。く、食われる……」

ルシアの身体はすでに空洞の側まで運ばれている。蔓がずるりとルシアの身体からずれた。

「た、……助けて!」

ルシアの叫び声にラーグは剣を握りなおし、走り出した。

「ったく」

あまり辺りのモノに触れたくなかったが。仕方ないか。

そう思いながら、側にあった高めの岩を力一杯蹴り、その身を宙に躍らせた。

そして、剣の柄を固く握ると、そのまま体重をかけ、一気に蔓をぶった切った。

ブツ!



かなり硬い繊維質な音がし、蔓は切られた身を痛そうにうねらせた。

「うわあ」

いきなりの落下にルシアは悲鳴を上げた。下に落ちる寸前に呪文が口をつき、かろうじて地面との接触を避け、ふわりと宙に浮く。

「ふう、助かった」

腕で、額の汗を拭って、ルシアはほっと呟いた。しかし、その呟きはバラバラと雨がトタン屋根を叩くような音にかき消された。ラーグは街道に立ち、空を見上げている。上から何かが落ちてきていた。巨大な雨水……?

いや、もっと黒くてぬるぬるしたもの。

「ひっ」

ルシアの白い喉が鳴った。じっと凝らした目に映った物は、真黒な巨大なヒルだった。それが宙に身を躍らせ、二人目がけて落ちてくる。

「さっき、岩を蹴ったからな。こんなことだと思った」

ラーグは平然と空を見上げ、落ちてくるヒルを見ていた。

「落ち着いてないで、なんとかしろよ」

ルシアは叫んだが、ヒルは二人を囲む目に見えないドームの壁に阻まれ、近づけなかった。

「防御の魔法!ラーグ。魔法は使えないって……」

「忘れたのか。私のは魔法ではなく精霊の力を借りたものだ。こんな腐った森でも地面は存在しているからな」

「ランティアか」

ルシアがラーグを見つめて呟いた。ラーグが頷く。

「でも、腐った森って?」

「よく見てみろ」

ラーグの言葉にルシアはきょろきょろとあたりを見まわす。ラーグの視線は地面に落ちている。

確かに、腐った森だった。二人の血を求めたヒルはその餌に拒まれ、地面へと落ちて行く。その身が地面に着くや、シダに似た葉がすっとヒルに覆いかぶさり、葉の裏についた吸盤で、ヒルは体液を吸われていた。空中では蔓が久々の獲物に歓喜の声を上げ、その身をうねらすと片っ端からヒルを捕まえ、空洞へと落としていく。

「全部、食肉植物だ」

ラーグの言葉にルシアはごくりと喉を鳴らした。


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