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氷の墓標  作者: 水梨なみ
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終章 旅立ちの時

ラーグはその場に立ち尽くし、辺りを見回した。

何もかもが穏やかな春の日。

どのくらいの時間が経ったのだろう。

……とても長い時間に感じた。

ラーグが気がついた時、彼は街道の脇の草むらにうつ伏せで倒れていた。

命に別条のないことと身体が動くことを確かめて、ゆっくりと起き上がる。

周りを見回して、唖然とした。

そこには――

何もなかった。

まっすぐに延びる白い街道。

見渡す限り、広がる緑の草原くさはら

確かに存在していたはずの森は跡形もなかった。

木の一本、

燃え跡一つ、

森の痕跡一つ。

あれは、蜘蛛が造った幻影だったのだろうか。

それともルシアが全てを消し飛ばしたのか。

ラーグにはわからなかった。

肩にラーグは手を当てた。水の精霊の加護で傷は塞がったが、痛みと疲労はどうにもならない。

しかし、これが戦いのあったことを示していた。

長く辛い、そして、不思議な戦いが。

見渡す限りの草むらに黒い影が見えた。

かなり離れた距離だが、確かに草の上に人影を認めた。

意識がないらしく、ぐったりと草むらに倒れている。身体のサイズから少年だと思う。

「ルシア」

痛みの残る足を引きずって人影の方へラーグは歩いて行った。

あの閃光の中、力尽きたのか、ルシアが落ちて行くのを見た。全エネルギーを注ぎ込んでしまったのだろう。

少年はうつ伏せに倒れていた。ラーグは少年をそっと抱きかかえた。

「ルシア……」

ルシアではなかった。

肩できっちり切った金色の髪が春の日差しに輝く。そっくりだが、この子の方が幼い顔立ちをしていた。

「……んっ……」

微かに身じろぎして、少年の瞼がゆっくりと持ち上がった。深いコバルトブルーの瞳が瞬きの度に見え隠れする。

「大丈夫か?」

驚かさないように静かにラーグは声をかけた。

「ん」

小さく吐息を洩らして、その瞳がラーグを映した。

何度も瞬きを繰り返す。焦点が合わないのだろう。

やっと、ラーグをも認めると掠れた声で囁いた。

「あなたは?」

「私はラーグ。怪しいものではない」

抱き起こしてやりながらラーグは答えた。

少年はどこも怪我をしていないようだった。

「僕は……どうして……」

「君は、ここに倒れていたんだ」

「あなたが助けて下さったんですね。何か、野原一杯に光を見たことは覚えているのですが、後は全然。きっとその光に驚いて気を失ったのかもしれません」

礼儀正しい少年だとラーグは思った。

ルシアの光に驚いたらしい。

ルシアとは似ても似つかなかった。

あいつはこんなに礼儀正しくもないし、こんなにかよわそうでもない。

憎たらしい奴だと思っていたが、あの物の言い方もなぜか、妙に人懐っこいところも気に入りかけていたのに。

あいつは、あのまま……。

「あっ。すみません。僕、名前も言ってませんでした」

少年は立ち上がり、服の土を払った。

「僕はリオンといいます。街に行くはずだったんです。なんでだか、忘れてしまったのだけど」

リオン。

ラーグは瑠璃が見せた夢を思い出していた。ルシアの弟はリオンと言わなかっただろうか。

じゃあ、ルシアは……?

「痛っ」

リオンは頬を押さえた。

うっすら白い肌に血が滲んでいた。

「あは。転んだ時に切ったみたいです」

ラーグはリオンの頬に触れた。

「ラーグ?」

リオンは不思議そうにラーグに声をかける。

「こんな傷、大丈夫ですよ。あれ、ラーグ。泣いているんですか……?」

ラーグは頬に暖かいものが流れているのに気がついた。

「ルシア」

呟きながら、リオンを抱き締める。

一つの身体に二つの心。

ルシアとリオンの。

常に一緒とはこういう意味だったのだ。

離れることはない。でも、決して会うことはできない。

なぜ、ルシアが自分に同行してきたかラーグは初めて理解した。

ルシアは呪いだと言った。

それを解くには魔法使いを説得するか、殺すしかないと。

ルシアも呪いを解きたかったのだ。弟と会うために。

全ては仕組まれた物語。

「行こう、リオン」

ラーグはリオンを離し、手を差し伸べる。

「行こう、ルシア」

心の中で呼びかける。魔法使いを捜しに。

呪いを解くために。

ラーグは南の空を睨み据えた。

待っていてくれ、イリア。きっとお前をこの手に取り戻して見せる。

もう、迷うことはない。

そう長い時はかからずにお前に会えるだろう。今度こそ間違えないように、お前とともに生きていこう。

暖かい風が野を渡り、草がそよいだ。

ラーグは、一度後ろを振り返る。髪が風に吹きあげられる。

行く道に視線を戻し、足を一歩踏みだした。

白く伸びる街道が、二人の旅人を乗せ、遠く遠く続いて行く。

優しい春の風と共に。



ここまで、おつきあいいただきありがとうございました。

ここで、一応、完結です。

ラーグとルシアとリオンの長い旅は始まったばかりですが。

魔法使いも手ぐすね引いて待ってますしね。


続きのご要望が高かったら、続きも書きたいなあと思っておりますので、

感想やご意見などいただけたら嬉しいです。


ファンタジーは大好きで、また、他のも書きたいと思っております。

その時はまた、よろしくお願いします。

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