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氷の墓標  作者: 水梨なみ
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第5章 仕組まれた闘い(5)

「イリア」

夕暮れ時の森の広場に佇んでいたイリアは、声に振り返った。

「アラン」

そこに立っていたのはイリアの幼馴染のアランだった。アランは毎日、毎日、この森の広場で待ち人の訪れを待つイリアを心配していた。彼女が待つ騎士には良くない噂があったから。

「今夜は満月だ」

イリアの傍らにラーグがいないことに落胆と何故か安堵を覚えて、アランは告げた。

イリアは首を横に振る。

「やっぱり帰ってこなかったな」

イリアの傍らに立つとアランはイリアの見ていた方角を見た。

「彼は帰ってくるわ」

「君も聞いただろう。お城の王女様と最近現れた騎士のロマンスの噂を」

「やめて」

イリアは悄然とうなだれた。

「所詮、彼はこの土地の男ではない。もう、忘れた方がいいよ。イリア」

「やめて!アラン。なぜ、そんなことを言うの。彼は帰ってくるわ。約束したもの」

泣きそうな顔をして言い募るイリアをアランは抱き締めた。

「心配なんだ、君が。子供の時から、君が泣くのは嫌なんだ」

「大丈夫。私は、大丈夫よ」

イリアは無理に微笑む。

「あいつは来ないよ」

そこ微笑みがアランの言葉に凍りついた。

「街からきた商人に聞いた。今日、お城で王女様と騎士の婚約パーティーがあるって」

「嘘よ」

「僕は君に嘘は言わない。本当に、彼はここには来ないんだ」

「嘘よ」

力なくつぶやいて、イリアははらはらと涙を落した。

何度も否定してきた。ラーグが自分を裏切って、他の人と結婚するはずはないと。

信じてたのに……。

そう思いながら、どこかで彼が帰ってこないことを知っていた気もした。

『どうしたい?』

急に耳元で甘い声がした。頭の芯が痺れるような感じがする。アラン……?

『君の望みは?』

イリアは首を左右に振った。

「あの人が他の人と幸せに暮らすのなんか見たくない。聞きたくない。どこかへ行ってしまいたい」

『どこへ?』

「どこへでも。誰も知らない。誰もいないところへ……」

『その望み叶えよう』

イリアの背後で誰かがにたりと微笑んだ。

下草がつむじ風に揺れ、風はだんだん激しくなる。

「イリア!」

アランは悲痛な叫び声を上げた。腕の中にいたイリアは風に舞うように宙に浮いていた。そして、風はますます激しくなり、森とともにイリアは消えた。

十四日月が東の空で淡い光を投げかけていた。



森が見えた。氷の森が。夢を見ているようにラーグの目の前で突然、場面が切り替わった。

「兄さん、助けようよ。あの人を」

ルシア……?ルシアが二人?

二人の少年が氷の森の中を飛んでいた。そっくりな顔立ちの二人の少年。

「どうやって。無理だ。お師匠の魔法は解けない」

「兄さん!!」

「無理だと思う。でも、リオン、お前の気が済むなら」

ルシアは自分とそっくりの少年の手を引いて乙女の前に移動した。リオンは壊さないようにそおっと氷の壁に触れた。

「な。本物の氷の壁だ。俺じゃあ、お師匠の力は破れないんだ……」

言い聞かせる口調のルシアの声が途中で止まった。

乙女の瞳が開く!?

「兄さん、彼女が目を覚ます」

リオンの嬉しそうな声が、氷の森に響いた。

ルシアじゃない……イリアに触れたのはルシアではなかった。

思った途端、ラーグの視界は暗転した。


「言いつけも守れないのか」

師匠の言葉にルシアはリオンを背にかばって、精一杯、師匠を睨みつけた。

「彼女をどうするつもりだったんだ。壊すつもりか?」

「違う!」

師匠の目に弟が入らないように、ルシアはなるだけきつい語調で言った。

「また、リオンか」

彼の人が溜息をつく。

「ああ、下ろして」

弱々しいリオンの言葉がルシアの頭上から聞こえた。ルシアが振り返ると、リオンの身体が何かに腕を掴まれ、空中に浮かべられていた。

「やめてくれよ」

ルシアは手を伸ばして、リオンの足首を掴んだ。

「なぜ、かばうんだか」

不可解だと彼の人は呟き、薄く嗤った。それをルシアは睨みつける。

「俺の瑠璃は?」

下ろしてくれと言うとばかり思ったその口は、別の言葉を紡ぎ出した。唐突なリオンの言葉に少し驚いた表情をして彼の人はフンと鼻で笑った。

「ここだ」

彼の人の手のひらに瑠璃が乗っていた。綺麗な球形だった瑠璃は幾つかの破片に割れている。

「これは預かっておく」

ルシアの伸ばした手が瑠璃に届く前に、彼の人は手のひらを閉じた。

「お前にも罰が必要だ。弟がそんなに大切なら、常に一緒にいさせてやろう。嬉しいだろう。かわいい私のルシア……」

彼の人の血の色の唇が笑みを刻み、ルシアの手の中のリオンの足首の感触が砂のように手から零れた。リオンだった人型は空に向かって上昇し、光の線になるとまっすぐに下降する。

光はルシアを貫いた。

「リオン!!」

ルシアの口から絶叫とともに弟の名が迸った。



そうだったのか。薄れていく意識の中で、ラーグは理解していた。蜘蛛の第三の目。

あれは――

瑠璃のかけら。

イリアの想い、

ルシアの記憶……。

魔法使いの仕組んだ罠……。

イリア、違うんだ。全てはお前の思い違い。

あの時、城に上がった騎士は俺だけではない。王女が見初められ、婚約したのはもう一人の騎士、俺の親友。

あの日、確かに私もパーティーにいた。親友の婚約を祝うために。

そして、イリア。あの夜は満月ではなかった。

十四日月。たった一日。あと一日。どうして……。

頬を涙が伝った。全ては思い違いだったのだ。

弱い心を魔に付け込まれてしまったイリア。

そのために、魔法使いに攫われた。

ラーグの意識は闇へ飛んだ。


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