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氷の墓標  作者: 水梨なみ
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第5章 仕組まれた闘い(3)

ラーグは剣を握りなおした。腰を低く構える。

痛いほど空気が張り詰めていた。

「いくぞ」

言うなり、ラーグは地を蹴った。

背後から渦を巻いて空を飛ぶ炎をかいくぐり、目の前に立ちふさがる猿どもは剣をふるって容赦なく叩き切る。

ラーグへ襲いかかろうとする猿どもの大半は炎の精霊王の劫火の餌食となった。

しかし、焼かれて灰になった身体ですら、ラーグへ向けて渦を描き、飛翔する。

蜘蛛までそう距離があるわけでもない。

灰を吸いこまないように、ラーグは剣の風圧でそれをふきとばしながら駆け抜ける。

ほどなくして、ラーグは蜘蛛の細い足へと辿りついた。

「これさえ倒せば、全て終わる」

肩で息をしながら、ラーグは目の前の化け物蜘蛛を睨みつけた。

体力の限界が近い。早々に、こいつを倒してしまわなければ、敗北は目に見えていた。

剣を高々と掲げる。

そして、そのまま力任せに振り下ろした。

「ちっ。避けられたか」

蜘蛛の足は見かけより素早く、ラーグの剣先をすっとかわす。

そのまま、ラーグの剣をうるさそうに払った。ラーグは剣で受け止める。

きぃん

甲高い音がして、ラーグの踏ん張った足が地面をざりりと滑った。

周りから追い付いてきた猿どもも迫ってくる。

そろそろ蜘蛛の方もラーグをいたぶるのをやめたらしい。

猿どもはラーグを取り巻き、ある一定の距離で止まると低い唸り声を上げる。

蜘蛛との間にも猿に入り込まれた。

完全に猿どもに囲まれる形になった様子を一瞥し、ラーグは口を引き結ぶ。

これを突破しなければ……。

ラーグの脇を嫌な汗が流れた。

ギィー

蜘蛛の鋭い鳴き声を合図に、猿どもが一斉にラーグに襲いかかる。

灰から口や鼻を守り、最後の力を振り絞って、ラーグは剣を振るう。ラーグの剣先が舞うたびに、猿どもの身体が屠られていく。

ラーグと距離のある猿どもは精霊王の炎にのみこまれ、跡形もなく消滅した。

しかし、数の減らない敵である。いくら戦っても戦っても無駄であることが、増えていく身体の傷から思い知らされる。

身体の各所が痛みに軋み、汗は絶えず流れて行く。

その汗が一筋、目に入り、ラーグは片目を閉じたはずみでよろけた。

その瞬間を猿は見逃さない。

一気にラーグに襲いかかると身体のあちこちを噛み、引っ掻き、血を吸った。

その勢いでラーグは地面に引き倒される。

「くっ」

肩を地面に強打し、勇者の剣が手からはじけ飛び、少し離れた地面にずさっと突き刺さった。

「ラーグ!!」

『ラーグ……』

ルシアと精霊王がラーグの名を叫んだ。

ふっ

「火の精霊王っ!」

ルシアの叫びが空を震わせた。火の精霊王は姿がぶれ、そのままかき消えるように姿が溶ける。

「……剣が飛んで、召喚の呪が解けたのか」

名残の陽炎が揺らめく空間を見つめて、ルシアが呟いた。

「くそう」

ラーグが唸り、奥歯を軋るほど噛みしめる。

猿どもは一斉に牙をむき、ラーグを食らおうと牙を鳴らす。まるで嗤っているように見えた。

勝利を確信し、血肉を食らえる喜びに満ちた嗤い……

猿どもから離れるために、ラーグはごろごろと地面を転がり、身体を起こす。しかし、大した距離は稼げない。

「ラーグ」

上から心配そうにルシアが呟く。

ルシアにはどうすることもできなかった。

ただ、声をかけることしか。

「どうしよう……」

猿どもとラーグの距離が近すぎる。

何か下手に手出しをしようものなら、ラーグにも危害が及んでしまう。

キィーキィー

嗤いながら、猿どもがラーグに向かって一斉に飛びかかった。

身体のあるものもないものも……。

あっという間にラーグの姿が次から次へとラーグへと殺到した猿どもに覆いかぶさられ見えなくなる。

「ラーグっ!」

「ギーギー」

骨質なものが、こすれる音が辺りに響き渡った。耳を覆いたくなるほどの大音響。

それでも、猿どもはラーグの上に殺到する。

「ギーギー」

耳を塞ぎたくなるような嫌な音が再度、響き渡る。

そして――

いきなりの静寂。

ラーグの上に襲いかかった猿ども全てがピタリと動きを止めた。

ピクリとも動かない。

まるで時が止まったか、全てが息絶えたように。


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