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氷の墓標  作者: 水梨なみ
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第4章 南の森(2)

全てのヒルが落ち終わってしまっても、辺りにはその痕跡すら残らなかった。周りの植物が全て掃除してしまったためだ。

しばらくして、ラーグは剣を一振りして、防御壁を解いた。辺りは何事もなかったかのように静まり返り、腹を満たした植物は何の害もない植物に戻っていた。

「やっぱ、とんでもない森だったな」

空中で体制を立てなおしたルシアが呟いた。その声を受けるかのように、久々の食事に満足した植物の葉が乾いた笑い声を立てる。

ぞっと背を竦ませたルシアに、「行くぞ」とラーグは声をかけた。



道はさらに森の奥に吸いこまれるように続く。その道が不意に消えてしまう感覚に囚われ、ルシアは嫌な感じが背筋を這いあがるのを感じた。道を覆う草までも意識を持ち、観察されているようなそんな気配が、ルシアの胸を締めつけ、さらに重苦しい沈黙が警戒心を強めた。

前を行くラーグも警戒しているようだ。油断なく気配を探っている背中をみてルシアは思う。

しかし、警戒を強めれば強めるほど、この森は普通の森だった。

そう、何も起こらないのだ。何も……。

風さえも身を顰め、草木一本、揺らぎもしない。すべて、食肉植物から成っているはずのこの森が、久々の生餌に身動きすらしないのだ。

ルシアの心は緊張を強いられて、徐々に恐怖という魔に蝕まれていく。足取りは重くなり、視線は道にのみ注がれる。道が無くなるかもしれないという思いと戦いながら。

ルシアは叫びたい心を必死に抑えていた。叫んで、そのまま突っ走ってしまいたい衝動を無理にねじ込む。

ちらりと前をいくラーグの横顔に視線を投げた。ラーグの表情は相変わらず、ルシアには読みとれない。しかし、彼の横顔をみて、恐怖と緊張が緩和され、ルシアはほっと息を吐く。ラーグの瞳には怯えも恐怖もなかったから。

「ルシア」

声にルシアはふと我に返った。ラーグがルシアを見つめていた。そして視線で道の先を示される。

ルシアはラーグの視線の先を見た。

道がなかった。

否、道はあった。確かに半分は草に覆われていたが、道は遠くへ更に続いているようだった。しかし、道の上の空間には、茶色の乾いた蔓が幾重にも渡され、道を閉ざしている。くぐろうが、上を渡ろうが、どのみちどれかには確実にひっかっかる。天然のバリケードだ。

「どうする?」

心配げな顔で、ルシアはラーグを見上げた。ラーグも思案気に茶色の蔓を見つめている。

「ルシア。防御壁を張れるか?」

「当たり前だろう。俺は、一流の魔法使いなんだぜ。そのくらい簡単」

さらりと問われた声に、ルシアは投げやりに答えた。怖かったのだ。どう見たって罠だ。ここから先には行くなという警告にしかルシアには思えない。それでも、ラーグに対して、張った精一杯の虚勢はルシアを元気づけた。

「よし、それやってくれ」

あっさりラーグは言って、目の前の蔓を睨みつける。

「どうするの?」

「こうするのさ」

ラーグは剣に手をかけると、いきなりそれを引き抜くや、目の前の蔓を薙ぎ払った。

「嘘だろう!」

いきなりなラーグの行動に、ルシアは慌てて呪文を唱える。二人の周りに見えない壁が球となって出現した。蔓はざあっと音をたてると左右に別れ、そのまま地面に落ちた。二人は次に起こるだろう木々の襲撃に身を低くする。ほんの少しの時が、永遠にも感じられた。

身構え、息を詰める。

しんと音がしそうなくらいの静寂に二人は息すら止めた。

しかし、何も起こらない。大量のヒルも木々の襲撃も。何も。

蔓はまるで普通の植物のようにただ、地面に落ちていた。そうしていれば枯れたただの蔓だ。

「何も起こらないな」

ルシアは息を吐き、壁を解いた。何かとても意外だった。いったい自分は何に怯えていたのだろう。ただの植物だ……そう、ただの。

「ルシア。気を抜くな」

剣を振り上げ、ラーグは次の蔓を切った。ルシアは再度、防御壁を張る。しかし、結果は同じだった。何も、起こらない。

二人は緊張と安堵を繰り返した。疲労は極度に高まって行く。ラーグが蔓を薙ぎ払い、二人はさらに森の奥へ奥へと入って行った。


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