【短編】運命の人に出会った? ただ都合のいい依存先を見つけただけでしょ
「頼むエレーナ、助けてくれ! 体が……体が燃えるように熱いんだ!」
王宮の大広間。床をのたうち回り、血の涙を流しながら私のドレスの裾にすがりついてくるのは、この国の第一王子レオノールだ。
隣では「真の聖女」ともてはやされていた男爵令嬢アリアが、白目を剥いて泡を吹いている。
ほんの十分前まで、彼らは私を嘲笑していた。
だから私は、すがりつく彼の手を蹴り飛ばし、冷ややかに微笑んであげた。
「嫌ですよ。だって私、たった今『追放』されたばかりですもの」
◈
数分前、彼らは大きな勘違いをしていた。私が毎日レオノール殿下に与えていた甘いお茶を、単なる「媚薬」か「機嫌取りの紅茶」だと思ったらしい。
違う。あれは「魔力抑制剤」だ。
レオノールの生まれ持った体質は『過剰魔力』。ただ存在しているだけで、周囲から体内に膨大な魔力を強制注入してしまうという、歩く災害のような体質だ。当然、人間の貧弱な魂では保てない。
特に幼少期から距離が近い婚約者の私は、放っておけば数日で魔力過多による膨張で、彼が自滅すると分かっていた。だから私は毎日、彼の体内の魔力を取り出し、中和する特製の抑制剤を飲ませ、裏で血の滲むような魔力制御を続けていたのだ。
それを知らず、彼はアリアの甘言に乗った。
『エレーナ様は貴方様の力を奪い、さらに怪しい薬を飲ませて支配しようとしています! 真の聖女である私なら、こんな悪女に頼らなくても貴方様を癒せますわ!』
愚かな二人は結託し、大勢の貴族の前で私に婚約破棄を突きつけた。
『お前のような陰険で不気味な女は追放だ! 今日からアリアが私の妃であり、この国の聖女だ!』
私は一切の反論をしなかった。ただ「承知いたしました」と深く頭を下げ、その場にあった抑制剤のストックをすべてその場で床にぶちまけ破棄した。
私の魔力吸収と薬を数日失い、風船のように膨らんでいたレオノール殿下の魂に、抑制剤の効果が切れる瞬間が訪れた。
焦ったアリアが彼を助けようと「治癒魔法」を流し込んだのが決定打だ。溢れそうな桶に、更に水を注ぎ込んだようなもの。一瞬で彼の魔力はショートし、自爆していく。
◈
「ひぃ、あ、が……っ! アリア! お前の魔法でなんとかしろ!」
「む、無理ですわ! 魔法を使おうとすると、私まで胸が破裂しそうに……っ!」
パンパンに膨れ上がったところに、空っぽの器を繋げたらどうなるのかなど明白だった。きっとアリアに逆流したのだろう。
のたうち回る二人を、周囲の貴族たちは恐怖の形相で巻き込まれまいと遠巻きに見つめている。
「エレーナ……! 頼む、お前が仕掛けた毒なんだろ!? 解毒剤をくれ! 婚約破棄は撤回する! お前を一番にしてやるから!」
死にそうな顔で命乞いをする元婚約者。
自分の浅はかさと無知のせいで自滅したというのに、最後まで私が毒を盛ったと、まだ疑っているらしい。本当に救いようのない愚か者だ。
「殿下。私は毒など一度も盛っていませんわ。ただ……貴方を生かすために使っていた私自身の力を、引き上げさせてもらっただけです」
私は優雅に裾を翻し、彼らに背を向けた。
「これからは、その素晴らしい『真の聖女様』とやらに、精々たっぷり癒やしてもらってくださいね。まだ生きていられるのならの話ですけど」
大扉を開けると、そこには近隣国の「魔導帝国」からの使者が、絢爛豪華な馬車を用意して待っていた。
私の正体と才能の価値を唯一理解し、抑えるのではなく「国の力」として正当な対価で評価してくれた皇帝陛下からの迎えだ。
「遅くなりました、エレーナ様。……後ろが随分騒がしいようですが?」
「いいえ、ただのゴミ掃除が終わったところです。行きましょう、私の新しい新居へ」
背後で響き渡る、絶望に満ちた叫び声。
私は一度たりとも振り返ることなく、あたたかな革張りのシートに腰を下ろした。




