新釈・赤ずきん放浪記
かつて、これほどまでにアグレッシブな「暇つぶし」があっただろうか。
少女――通称・赤ずきんは、その日、猛烈に退屈していた。家の庭で蟻の行列を数えるのにも飽き、空飛ぶ鳥の羽ばたきをシャドーボクシングで模倣するのにも飽きた。彼女は、森の奥深くに住む祖母の顔でも拝みに行こうと思い立ち、真っ赤な頭巾を翻して家を出た。バスケットの中身は、お菓子でもワインでもない。自らの拳を保護するためのバンテージと、気付け用のプロテインシェイクである。
森の入り口。木漏れ日が不気味な模様を描く中、茂みから一匹の巨狼が姿を現した。
「おい、そこの赤ずきん。どこへ行くんだ?」
オオカミは、物語のテンプレ通りに声をかけた。彼の声は低く、空気を震わせる。
「こっちの道を行くと、綺麗なお花畑があるよ。寄り道していかないか?」
それは、獲物を遠回りさせて時間を稼ぎ、その間に先回りして老婆を食らうための姑息な罠……のはずだった。しかし、赤ずきんは返事の代わりに、無言で腰を落とし、顎を引き、鋭い視線とともに**ファイティングポーズ**をとった。
オオカミの目に宿ったのは、恐怖ではなく、狂喜だった。
「ほう……なるほど。言葉よりも語るべきものがあるというわけか」
オオカミは二本足で立ち上がると、赤ずきんのフォームを完璧にトレースし、大きな拳を顔の前に構えた。
「行くぞッ!」
先制のジャブを放ったのは赤ずきんだった。空気を切り裂く鋭い一撃。オオカミはそれを首を傾けてかわし、カウンターの右フックを叩き込む。赤ずきんはウィービングで潜り込み、そこからは怒涛の**マシンガンブロー合戦**へと突入した。
ドカドカという肉体同士がぶつかり合う鈍い音が森に響き渡る。一発入れば、二発返す。肺の中の空気が熱を帯び、汗が飛沫となって舞う。数分間、あるいは数時間にも感じられた魂の交流の末、二人は同時に最後のアッパーを放ち、空振りに終わると同時に、地面にへたり込んだ。
「わははははははは!」
「がははははははは!」
腹を抱えて笑い出したのは、赤ずきんが先か、オオカミが先か。
拳を交えた者にしか分からない奇妙な友情が、そこに芽生えた。
「お前、いいパンチを持ってるな。暇つぶしには最高だ」
「あんたこそ、そのリーチの長さは反則よ。気に入ったわ、一緒に来なさいよ」
こうして、オオカミは赤ずきんの「ガードマン兼スパーリングパートナー」として、一行に加わることになったのである。
しばらく森を歩くと、視界が真っ赤に染まった。
そこには、不気味なほど鮮やかな**彼岸花**の群生が広がっていた。
赤ずきんは無造作にその場にしゃがみ込むと、一本一本、丁寧に花を摘み始めた。オオカミはその様子を、大きな首をかしげて見守る。
「おい、お花好きかい? お前のような武闘派には似合わない趣味だな」
赤ずきんは手を止めず、流れるような手つきで茎を編み込み、不気味なほど美しい花冠を作りながら答えた。
「私は嫌いよ。この花は毒があるし、縁起も悪いもの。……でも、おばあさんが好きなの。あの人はこういう『毒のある美しさ』に目がないのよ」
「……なるほどな。そいつは情に厚いというか、なんというか」
オオカミも、自分にできることはないかと考えた。彼は自慢の鋭い爪を器用に使い、赤ずきんの真似をして花冠を作り始めた。毛むくじゃらの大きな手で小さな花を編む光景はシュール極まりなかったが、その表情は真剣そのものだった。
やがて、二つの真っ赤な花冠が完成した。
ようやく到着したおばあさんの家。しかし、その扉には見慣れない大きな張り紙があった。そこには古めかしい文字で、こう記されていた。
> **『なぞなぞ:朝は4本足、昼は2本足、夕方は3本足、なーんだ』**
>
「ベタななぞなぞね。答えは『人間』よ」
赤ずきんが吐き捨てるように言う。隣でオオカミが解説を付け加えた。
「ああ、知ってるぞ。赤ちゃんのときは四つん這いで這って歩く。成長したら二足歩行。老人になると杖をつくから三本足。……つまり人間。正解だろ?」
二人が自信満々に扉をノックしようとしたその時、家の中から地響きのような、老婆のものとは思えない野太い声が響いた。
「**ぶっぶー。ハズレだよ、お前たち**」
ギギギ……と、重々しい音を立てて扉が開く。
そこから姿を現したのは、老婆ではなかった。
獅子の頭、山羊の胴体、蛇の尾を持つ、体高5メートルはあろうかという巨大な**合成魔獣キマイラ**である。そのキマイラが、二本足で器用に立ち上がり、眼鏡をかけたおばあさんのような口調で喋り出した。
「正解は『合成魔獣キマイラ』さ。私は朝に気分転換で四足歩行し、昼は家事をするために二足で立ち、夕方には……まあ、いろいろあって三本になるんだよ」
赤ずきんは驚く……かと思いきや、動じなかった。
「おばあさん、それ、新調した着ぐるみ? それともついに魔法の実験に成功したの?」
「細かいことはいいじゃないか。暇つぶしにはこれくらい派手な姿がいいんだよ」
キマイラ(おばあさん)は巨大すぎて、赤ずきんとオオカミは、その巨体の「脚の隙間」を潜り抜けるようにして家の中へ入った。赤ずきんは、持ってきた彼岸花の花冠を、キマイラのライオンの頭にそっと乗せた。
「はい、お土産。おばあさん、似合ってるわよ」
キマイラは照れくさそうに、蛇の尻尾をパタパタと振った。
夕暮れ時。
森はオレンジ色から深い紫へと溶け込んでいく。
巨大なキマイラは、なぞなぞの「三本足」を再現するため、太い蛇の尻尾を地面に突き立て、強引に三脚のようなポーズをとっていた。その姿を眺めながら、赤ずきんは大きく伸びをした。
「あーあ、いい暇つぶしになった。おばあさん、私もう帰るわね」
赤ずきんが帰り道を歩き始めた、その瞬間だった。
**――パァン!**
乾いた銃声が森に響いた。
どこからともなく飛来した一発の弾丸が、赤ずきんの背中を貫く……こともなく、ただ彼女の足元を掠めた衝撃で、赤ずきんは驚愕のあまり、急激な睡魔に襲われ、その場にバタリと倒れ伏してしまった。
「赤ずきんッ!?」
オオカミが駆け寄る。キマイラが咆哮する。
しかし、赤ずきんはぴくりとも動かない。彼女は深い、深い眠りについてしまったのだ。
「誰だ! 誰が撃った!」
オオカミが周囲を警戒するが、犯人の姿はない。あるのは、静まり返った森と、眠り続ける少女だけだった。
それから、彼らの必死の救出作戦が始まった。
オオカミは森一番の医者を背負って連れてきたが、医者は赤ずきんの寝顔を見て「ただの寝不足じゃないか?」と首を傾げるばかり。キマイラ(おばあさん)は古文書をひっくり返し、万病に効くという怪しげな薬を調合したが、赤ずきんの口は真一文字に結ばれ、飲み込む気配がない。
「こうなったら伝説の通り、王子様のキスが必要なのか……?」
オオカミがどこからか迷い込んできた王子を拉致してきたが、眠っている赤ずきんが、無意識のうちに王子の顔面に鋭いカウンタージャブを叩き込んだため、王子は泣きながら逃げ帰ってしまった。
数日、数週間が過ぎた。
オオカミも、キマイラ(おばあさん)も、あらゆる手段を尽くし、最後には看病の疲れで、赤ずきんの枕元で泥のように眠りこけてしまった。
森に、香ばしい、食欲をそそる匂いが漂い始めた。
「……ん、あー、よく寝た」
ふわりと、赤ずきんが起き上がった。
彼女は自分の周りで疲れ果てて寝ているオオカミとキマイラを不思議そうに見つめると、キッチンの釜を借りて、勝手に調理を始めていた。
「おい……起きたのか……?」
目を覚ましたオオカミが、信じられないものを見るような目で彼女を見る。キマイラも蛇の尾を揺らしながら呆然としている。数ヶ月間の努力は何だったのか。彼女はただ、**自分のタイミングで起きただけ**だった。
「あ、おはよう。お腹空いたでしょ? 暇だったから、そこらへんにあったスパイスと肉でカレー煮込んどいたわよ。みんなで食べましょう」
赤ずきんは、何事もなかったかのようにカレーを皿に盛り付ける。
オオカミとキマイラ、そしておばあさんの意識が混濁したような、なんとも形容しがたい「カオスな表情」になったのは言うまでもない。
しかし、差し出されたカレーの匂いには抗えなかった。
狼男と合成魔獣(着ぐるみ)と老婆、そして真っ赤な頭巾を被った拳闘士の少女。
奇妙な四人は、夕暮れの森で、焚き火を囲みながらカレーを頬張った。
「……うまいな」
「でしょ? 暇つぶしで作ったにしては上出来だわ」
笑い声が森に響く。
弾丸の正体も、眠りの理由も、今となってはどうでもいいことだった。
お腹が満たされ、仲間がいる。それだけで、この「暇つぶし」は最高の結末を迎えたのだ。
めでたし めでたし




