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姉が葬式キャンセルした件について

作者: 穂積 歩夜
掲載日:2026/02/19

 姉が、祖母の葬式をキャンセルした。


 元々、冠婚葬祭に無頓着な姉ではある。三年前のいとこの結婚式にも来なかった。

 遠方に住んでいるし、仕事柄、海外出張も多いらしい。声をかけた母も、伝える前から正直、諦めた様子だった。

 しかし、俺はもやもやしていた。しばらく会っていなかったけれど、姉と祖母の関係は、決して悪くはなかったからだ。むしろ、かなり良かったと思う。

 亡くなった母方の祖母は、仕立て屋をしていた。小さい頃から服が好きだった姉を可愛がって、祖母は、姉にいくつもワンピースやスカートを仕立ててやっていた。今も実家に、着せ替え人形みたいな姉の写真がたくさん残っている。

 姉がファッションデザイナーという職業を選んだのにも、祖母の影響は大きいだろう。

 姉は専門学校を卒業すると、もっと深くファッションを学びたいと、フランスにまで渡った。帰国して働き始め、今は自分のブランドまで立ち上げているらしい。

 詳しく知らないのは、俺自身、姉と何年も会っていないからだった。何せ、年が十歳も離れている。専門学校入学と同時に家を出てしまった姉だから、一緒に暮らしていた記憶もおぼろげだ。

 まだ大学生をしている俺と比べたら、姉は別世界の住人みたいに思える。

 ――それでも、一応は家族だ。

 食事の席で、親族たちが姉の悪口を言うのを聞いて、俺は腹が立った。親族たちにではない。姉にである。


「来ないなんて、恩知らずじゃないか?」

「服もいっぱい作ってもらっていたでしょう。お人形さんみたいに大切にされていたわよねぇ」

「今、ファッションデザイナーしてるんだって? ばあちゃんの教育のおかげじゃないか。礼に来ないなんて、罰当たりな奴だなぁ」


 悪いが、俺も同意見だ。

 遠方に住んでいるのも、忙しいのも理解している。でも、俺だって今は、祖母の家からは離れた所に住んでいるのに、わざわざ新幹線に乗ってきたのだ。

 俺よりも祖母と過ごした時間が濃いのだから、来るのが当たり前じゃないか。本当に恩知らずだと思う。

 葬式が終わった後で、俺はメッセージアプリで姉に連絡を入れた。

『親戚の人たち、姉貴のことを悪く言っていたぞ。ばあちゃんには世話になったんだろ? 後で線香くらいあげに行けよな』

 メッセージを読んだ形跡はあった。しかし、返事はこなかった。俺は余計に苛立った。



 それから一週間後、俺は姉の住む街にやってきた。

 何度連絡しても返事はないし、電話をかけても出ない。それでも諦めきれなかった俺は、いよいよ直接出向くことにしたのである。

 姉を、無理に祖母の家に行かせようとは思わない。でも、どうしてあんなに可愛がってくれていた祖母の葬式に来なかったのか、理由が知りたかった。

 記憶の中の姉は、決して冷淡な人ではなかった。むしろ、いつも笑顔だった。ここまで頑なに連絡を無視し続けるのには、きっと理由があるはずだ。

 前に実家に届いた年賀状から、住所を特定した。

 逃げられたくなかったから、何も言わずに来た。

 もちろん、留守の可能性もある。だから、近くに一週間宿を取った。ちょうど、大学の夏休み期間。テーマパークも近いし、この時期は一日遊べるようなイベントもあちこちで目白押しだった。ちょっとした旅行気分だ。お財布は痛いけど。

 そこまでしてでも、俺は姉の現状を知りたかった。

 年賀状の住所を頼りに辿り着いたのは、マンションだった。すれ違った住民たちから、ファミリー向けのマンションなのだと想像できる。結婚したとは聞いていなかった。一人でこんな所に住んでいるのだろうか。それとも、ルームシェアでもしているのだろうか。

 目的の部屋の前に着き、どきどきしながらチャイムを鳴らす。大して待つこともなく、ドアは呆気なく開いた。

「どちら様でしょう?」

 出てきたのは、赤ちゃんを抱いた女性。姉ではなかったし、顔を見て、日本人でもないことが分かった。綺麗な日本語を話したけれども、明らかに西洋系の顔つきだ。

 俺は焦って、手元の年賀状の住所を確かめた。部屋番号は間違っていない。引っ越したのか?

 俺がまごついていると、女性の後ろから、もう一人出てきた。女性の旦那さんだと思った。しかし、その顔に見覚えがある。記憶の中より髪が短くて、化粧をしている様子もないけれど、目元が俺と似ているその人は。

「え……姉貴?」

「え、あんたなの? なんで?」

 記憶の中の姿とは全く違っていたけれど、紛れもなく、俺の姉なのであった。



 弟だと分かると、赤ちゃんを抱いた女性も安心したらしく、部屋の中に招いてくれた。しかし、この人は誰なのか、どうして赤ちゃんがいるのか、と疑問が尽きない。

 姉も、俺にお茶を淹れるまではてきぱきと動いたが、いざ向かい合って座ると、困ったように肩を竦めた。

「えっと……何の用事?」

 とぼけたように、姉は訊ねる。

「ばあちゃんの葬式に来なかった理由を訊きに来たんだけど……。その前に、分からないことが多すぎる」

「ずっと会っていなかったものね。そうね……。まずは、彼女のことから話しましょうか。私の大切なパートナーなの」

 姉は同性愛者だったのだと、初めて打ち明けられた。専門学校に通っていた時から自覚していて、母には早くから伝えていたらしい。母が受け入れるのは早かったという。

 しかし、母は姉にこうも言っていた。

 ――このことを、他の親族には言わないように。年寄りが多いのだから、分かってもらえないかもしれない。家族の関係性を、壊したくはないでしょう?

 姉はその言葉を守った。でも、自分の生き方は貫くことにした。

 専門学校を卒業した後、姉が海外に出たのは、ファッションの勉強をしたかったからだけではない。その時には既に、オンラインでやり取りをしていたフランス人の彼女の存在があったのだ。

 彼女とは、フランスにいた時から今日まで、ずっと一緒に住んでいるのだという。つまり、彼女は俺よりも長い時間、姉と一緒にいることになる。それこそ、もう家族と言ってもいい仲だ。

 フランスでの学びを終えた後は、彼女の希望もあって、二人で日本で暮らすことにした。

「精子提供を受けて、彼女が半年前に子供を産んだの」

 これまでの経緯を聞いて、俺の頭は完全にショートしていた。知らないうちに、こんなドラマが繰り広げられていたとは。

 俺の顔を見て、姉が肩を竦める。

「お母さんに口止めされていなかったとしても、こんなこと、お葬式の場で言えると思う?」

 確かに、これだけのことを、限られた時間の中で説明し、受け入れてもらうのは難しそうだ。

 でも、まだ納得しきれない。俺は食い下がる。

「たかだか数日じゃん。別に全部話さなくたって、その場だけうまく乗り切ることだってできたんじゃないの?」

 姉は、むっとしたような顔をした。

「私、これまでずっとそんなことばかりしてきたのよ。たくさんの隠し事と嘘で、人生を塗り固めてきたわ。私のことを誰も知らない街に来て、こうして生活が整って、ようやく今、私は私を生きられるようになったの。そんな私に、また仮面をかぶれって、言える?」

 これには反論できなかった。姉はつらかったと思う。

「おばあちゃんには申し訳ないと思ってる。でも、お葬式に行くばかりが弔いじゃないわ。ほら、見て、これ」

 姉はそう言って、作業机から何枚か紙を持ってきた。子供服のデザインラフだった。

「あ、なんか見覚えある」

「そう。実家に写真があるでしょう。おばあちゃんが昔作ってくれた服からインスピレーションを受けたのよ。この子が大きくなったら、着せてあげたいなと思って」

 姉はそう言って、彼女の腕の中で眠っている赤ちゃんを見やった。

「おばあちゃんの存在があったからこそ、今の私がある。おばあちゃんの影響を受けたデザインの服を、次の世代の子が着て、それがまた、何かにつながっていくかもしれない。だから――お葬式には行かなかったけど、こうやって、私はおばあちゃんの存在を感じているの」

 思えば、俺自身は、祖母とそれほど思い出がない。祖母の名前も、年齢も、葬式の場で初めて知ったくらいなのだ。

 祖母の死に向き合う態度は、姉の方がよっぽど誠実だった。葬式に行くとか、行かないとか、そんなのは些細な問題なのかもしれない。

「これからも黙ってんの?」

「そのつもり。言ったところで、良いことないでしょ」

 残念だが、俺もそうだと思った。既に、親族との距離が離れてしまった姉だった。それこそ母が想像した通り、変な憶測をされて、姉がつらい目に遭うだけだろう。

「今は仕事のこともあって、日本にいるけれど、いずれはフランスに移住するつもり。向こうだったら、ちゃんと結婚できるからね」

 日本にいる限り、姉と彼女の関係性は、法律では守られない。姉の判断は合理的だし、止められるものではないと思った。

「せっかく来てくれたところ悪いけど、お線香をあげには行けないわ」

 そんなこと、もうどうでも良かった。姉の真意が分かれば、それで満足だ。

 ここまでの姉の話を受け入れた上で、俺もこれからを考えようと思う。

「明日も来ていい?」

「は? なんで?」

「留守だったら通おうと思って、近くに一週間分の宿を取った」

「あんた、馬鹿なの?」

 姉がケラケラと笑う。昔と変わらない笑い方だった。

「いいじゃん。叔父さんが可愛い姪っ子に会いに来たってさ。子供は好きだし」

 俺がそう言った瞬間、姉が黙り込んだ。

 ――何か変なことを言ってしまっただろうか。

 唇が震えたので、何か言いたいのだと思って、言葉を待っていた。でも、何も言わない。

 長いこと首を傾げていたら、不意に姉の頬に涙が伝ったので、驚いた。

「え、これ、泣くところ?」

「だって、姪っ子って……。私たち結婚もできてないし、この子、私とは血がつながってないのに……姪っ子って」

 俺は、はっとさせられた。本当に、何気なく放った一言だった。

 こんな当たり前が、姉にはずっとなかったのだ。

 それだったら、たとえ俺一人でも、その当たり前の一部になりたいと思う。

「明日も、明後日も、来るからな」

 俺は新しい家族に笑いかけた。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

レズビアン当事者の視点から書きました。

私たちにとって、「当たり前」は遠いもの。

読み終えた方の視野を、ちょっとだけ広げることができたら、この作品が生まれてきた意味がありました。

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