普通に美味しい、それが最高の魔法
「姫様。グルメマスターの子孫が見つかりましたので、お目通りの許可をお願いします」
昼過ぎ、オカリナが一人で姿を現した。
「もちろん。で、その子孫とやらは?」
「厨房におられます。なんでも先代グルメマスターの名誉を回復したいと」
そういえば、カレーが辛いと理由で街を滅ぼしたんだった。
……前の私、理不尽すぎるよね。まぁ、それで悪魔姫って呼ばれるようになったんだけど。
厨房から漂う香りに、思わず鼻をくすぐられた。カレー独特のスパイスの匂いが、まるで過去の因縁を呼び覚ますかのように私の感覚を刺激する。
「おまえか! おまえが初代グルメマスターの最高傑作『カレーのお殿様』を辛いとイチャモンつけたせいで、我が家系は没落したんだ! しかも街を殲滅したおまけつきで!」
コックの格好をした中年男性が玉座の前に現れ、怒鳴り散らす。
……街の破壊はオマケ扱いなのか。
「姫様、無礼極まりない発言。殺してもよろしいですか?」
「基本、オカリナが連れてくる人は、私に恨みがある人しかいないから仕方ないじゃない」
「おい姫様とやら、俺の話を聞け。そして食ってもらおう。この我が家に伝わるカレーを!」
食堂に案内され、皿に盛られたカレーを目の前に置かれる。
「感想を言え!」
「感想っていうか……具材は溶かしちゃったの?」
「具材だと?」
「芋とか人参とか……まぁ、色々あるんだけど」
「なんだそれは!」
「え? まさかカレールーを煮込んだだけ?」
「カレールーを一から作ったんだ!」
私は一口すする。
「あぁ……やっぱり」
「やっぱりって何だ!」
「カレールーだなー、って思っただけ」
オカリナに、材料の調達を頼むメモを渡す。
そして、忘れていた絶望のオーラをひとしきり解放した後、静かに笑う。
「さて、グルメマスターの子孫とやら、妾が本物のカレーを振る舞ってやろうではないか」
しばらくして、オカリナが野菜、肉、そして貴重な米を揃え、味の査定に村人数人も呼ばれた。
「申し訳ございません。金貨をかなり使ってしまいました」
「構わぬ」
私はエプロンを身につけ、調理台に立つ。
手際よく材料を切り、鍋に入れると、香ばしい匂いが厨房中に広がった。
「さて……これでよし。カレールーはお主が作ったものを使用する」
鍋を前に、グルメマスターの子孫に差し出す。
「食え。これが妾の作る本物のカレーライスだ」
青年は一瞬目を丸くしたが、恐る恐るスプーンを口に運ぶ。
「……う、うまい……?」
「うむ、普通においしい」
「そうじゃ。具材を足しただけの簡単なものじゃが、味は均整が取れておる。別物に感じるじゃろう?」
青年は肩を落とし、膝をついた。
「……完敗です……。代々伝わる我らのカレー道は、ルーしか見ていなかった」
「フフン。これが妾の力量じゃ。全てを見通す悪魔姫の力の一端かもしれぬな」
オカリナはハンカチを握りしめ、目に涙を浮かべていた。
「魔王様……オカリナ、今まさに至福の時を過ごしております! 姫様の手によって、全てが完璧に整えられている……!」
その言葉に、私も微かに笑みをこぼす。
「……感激しすぎではないか、オカリナ」
「しかし、姫様……オカリナ、もう泣きそうです! 天に召された魔王様、どうか見ていてください! この瞬間こそ、至高の調理の極み……!」
厨房の他の者たちも目を見開き、スプーンを止めた。
悪魔姫の力が、ここに示された瞬間だった。
「さて、料亭の主には『ヒメさまんじゅう』ではなく、この新しいメニューを提供するよう進言せよ。村人たちはヴィオラに材料補充と販売準備を頼むのじゃ。それと米の生産方法も調査せよ」
「かしこまりました、姫様!」
こうして、姫様の作る“普通においしいカレー”は村中で評判となり、街を滅ぼされたグルメマスターの子孫も、ようやくその名誉を回復したのだった。
そしてオカリナは厨房の隅でハンカチを握りしめ、涙と笑いで震えながらつぶやいた。
「姫様……このオカリナ、今、生きててよかった……至福……!」
悪魔姫と忠実な側近が織りなす、日常の一コマ。
小さなカレー一皿で、世界はちょっとだけ丸くなったのだった。