表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/18

普通に美味しい、それが最高の魔法

「姫様。グルメマスターの子孫が見つかりましたので、お目通りの許可をお願いします」


昼過ぎ、オカリナが一人で姿を現した。


「もちろん。で、その子孫とやらは?」


「厨房におられます。なんでも先代グルメマスターの名誉を回復したいと」


そういえば、カレーが辛いと理由で街を滅ぼしたんだった。


……前の私、理不尽すぎるよね。まぁ、それで悪魔姫って呼ばれるようになったんだけど。


厨房から漂う香りに、思わず鼻をくすぐられた。カレー独特のスパイスの匂いが、まるで過去の因縁を呼び覚ますかのように私の感覚を刺激する。


「おまえか! おまえが初代グルメマスターの最高傑作『カレーのお殿様』を辛いとイチャモンつけたせいで、我が家系は没落したんだ! しかも街を殲滅したおまけつきで!」


コックの格好をした中年男性が玉座の前に現れ、怒鳴り散らす。


……街の破壊はオマケ扱いなのか。


「姫様、無礼極まりない発言。殺してもよろしいですか?」


「基本、オカリナが連れてくる人は、私に恨みがある人しかいないから仕方ないじゃない」


「おい姫様とやら、俺の話を聞け。そして食ってもらおう。この我が家に伝わるカレーを!」


食堂に案内され、皿に盛られたカレーを目の前に置かれる。


「感想を言え!」


「感想っていうか……具材は溶かしちゃったの?」


「具材だと?」


「芋とか人参とか……まぁ、色々あるんだけど」 


「なんだそれは!」


「え? まさかカレールーを煮込んだだけ?」


「カレールーを一から作ったんだ!」


私は一口すする。


「あぁ……やっぱり」


「やっぱりって何だ!」


「カレールーだなー、って思っただけ」


オカリナに、材料の調達を頼むメモを渡す。


そして、忘れていた絶望のオーラをひとしきり解放した後、静かに笑う。


「さて、グルメマスターの子孫とやら、妾が本物のカレーを振る舞ってやろうではないか」


しばらくして、オカリナが野菜、肉、そして貴重な米を揃え、味の査定に村人数人も呼ばれた。


「申し訳ございません。金貨をかなり使ってしまいました」


「構わぬ」


私はエプロンを身につけ、調理台に立つ。


手際よく材料を切り、鍋に入れると、香ばしい匂いが厨房中に広がった。


「さて……これでよし。カレールーはお主が作ったものを使用する」


鍋を前に、グルメマスターの子孫に差し出す。


「食え。これが妾の作る本物のカレーライスだ」


青年は一瞬目を丸くしたが、恐る恐るスプーンを口に運ぶ。


「……う、うまい……?」


「うむ、普通においしい」


「そうじゃ。具材を足しただけの簡単なものじゃが、味は均整が取れておる。別物に感じるじゃろう?」


青年は肩を落とし、膝をついた。


「……完敗です……。代々伝わる我らのカレー道は、ルーしか見ていなかった」


「フフン。これが妾の力量じゃ。全てを見通す悪魔姫の力の一端かもしれぬな」


オカリナはハンカチを握りしめ、目に涙を浮かべていた。


「魔王様……オカリナ、今まさに至福の時を過ごしております! 姫様の手によって、全てが完璧に整えられている……!」


その言葉に、私も微かに笑みをこぼす。 


「……感激しすぎではないか、オカリナ」


「しかし、姫様……オカリナ、もう泣きそうです! 天に召された魔王様、どうか見ていてください! この瞬間こそ、至高の調理の極み……!」


厨房の他の者たちも目を見開き、スプーンを止めた。


悪魔姫の力が、ここに示された瞬間だった。


「さて、料亭の主には『ヒメさまんじゅう』ではなく、この新しいメニューを提供するよう進言せよ。村人たちはヴィオラに材料補充と販売準備を頼むのじゃ。それと米の生産方法も調査せよ」


「かしこまりました、姫様!」


こうして、姫様の作る“普通においしいカレー”は村中で評判となり、街を滅ぼされたグルメマスターの子孫も、ようやくその名誉を回復したのだった。


そしてオカリナは厨房の隅でハンカチを握りしめ、涙と笑いで震えながらつぶやいた。


「姫様……このオカリナ、今、生きててよかった……至福……!」


悪魔姫と忠実な側近が織りなす、日常の一コマ。


小さなカレー一皿で、世界はちょっとだけ丸くなったのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ