怒りの治癒院と、怒った悪魔姫
新都市の中心部に建築された、聖女チセリが営む治癒院。
私とオカリナはリヴァイアサンと化した竜宮城の姫を元に戻す術があるかどうかを知るために訪れることになった。
「あそこですね」
地図を片手にオカリナは指をさすが、
「なんで聖女が運営する治癒院がこんなにどんよりしているのじゃ?」
「新築のはずなのに、廃墟寸前になってますね」
「そもそも治癒院の名前が『怒りの治癒院』って何に怒ってるんじゃ?」
不思議に思いながらも治癒院のドアを開けようとすると、
「何故建て付けが悪い! あっ! ドアノブが取れた!」
「姫様。もう扉を破壊しましょう!」
「何故こんな欠陥住宅を建てたんじゃ」
そんなやりとりをしていると、
「仕方ないじゃないですか。お金がないんだから」
ドアを蹴飛ばして、幼女が出て来た。
確か名前はラクエルだったか。この子も杖に変身できる人間。いや、人間の姿に変身できる杖。どっちでもいいや。
「新都市に建築する際、潤沢な支援金を渡したはずだが」
「え? お金がないって聞いたから私、森から木を伐採して自力で建てたんですけど!」
「だからこんなにひどい建造物なのか。チセリはどこじゃ?」
「ちょっと待って下さい。チセリー。会いたくない悪魔たちが来たよ!」
ラクエルは大声で中に入って行った。
「会いたくない悪魔って」
「会いたい悪魔がいる方が問題です。褒め言葉と受け止めましょう」
出てくるのを待たずに私たちも中に入った。
「なによ。私は超忙しいんだから手短にしてよね」
診察室っぼい部屋に入ると、
「これですね」
「あぁ、これじゃな」
私たちはチセリが座っている金ピカの椅子を見て、支援金の行末を悟った。
「チセリよ。治癒院を建てるための支援金、確か金貨1000枚を何故、そんな椅子につかった?」
オカリナは聞くと、
「住めればいいのよ。それよりも私は勤務中ずっと座っているわけ。椅子にお金を使うの当然じゃない」
「え? そんな趣味の悪い椅子に大金使ったわけ? 私には支援金銅貨一枚だったって言ったくせに!」
「いや、椅子の存在に気づけよ」
オカリナはコホン、と咳払いをすると、
「ところでチセリよ。実は城の裏に住む深海王を竜宮城の姫に戻したいのだ。進化の魔法を使える貴様なら、退化の魔法は持ち合わせてないのか?」
チセリは天井を仰いでからハッキリと答えた。
「ないわ。そもそも進化は聖なる魔法。退化は暗黒の魔法だからね。あー、でもラクエルは魂が漆黒の杖だからできるかもね」
「できるけど魔力を使いすぎて一週間は寝たきりになってしまいます。見合うだけの報酬があればやりますが」
「リヴァイアサンが代々竜宮城に伝わる宝物をくれると言っていたから、それを報酬と受け取っても妾は構わんぞ」
「竜宮城に伝わる宝物ですか。まず隙間風が入るこの治癒院を建て直したいんですが」
「その椅子を売れば、立派な治癒院を建て替えられるんじゃがな」
言い争いをしても無駄そうなので、ラクエルを連れて城の裏の湖に案内しようとしたのだが、
「待ってよ。これからくる患者なんだけど、聖なる魔法でも治らない病に侵されているのよね。せっかく来たんだから、ついでに意見くれないかしら?」
「報酬は?」
「この治癒院にお金なんかないわ」
ラクエルは受付に戻り、しばらく待つと、治癒院の入り口から控えめなノックが聞こえた。
入ってきたのは――
いかにも秋葉原にいそうな青年だった。
年齢は二十歳前後。
黒縁メガネに、洗濯されすぎて色の抜けたパーカー。
胸元には、アニメに出て来そうな腹黒娘の缶バッジが三つほど並んでいる。
肩には魔導書……ではなく、どう見ても自作の“薄い本”がぎっしり入った布バッグ。
「ど、どうも……」
と小さくお辞儀するが、目は合わせない。
髪はボサボサで、寝癖が主張している。
ただ、清潔には気をつけているらしく、服の皺だけがやけに几帳面だ。
足取りはふらふら。
治癒院に入った瞬間、なぜか緊張のあまりバッグの中の本を少しぶちまけた。
「……っ!!」
慌てて拾い集める姿は、完全に“弱いモンスターに間違えてエンカウントした語り部”そのものだった。
チセリがため息をついた。
「姫様、オカリナ。この人よ。なんでも夜眠れず、食欲もなく、働いている時も上の空になってしまうらしいわ」
「お主、名は何という?」
私は聞くと、
「......紅い月の邪皇帝」
「はぁ?」
「俺の名は、紅い月の邪皇帝だ!」
「また面倒なのが出てきたのぅ……」
「死ぬ前は、断罪者ってハンドルネームで掲示板に居座ってた日々を送っていたんだけど、テレビで見たカスミちゃんに運命を感じて、インターネットで情報を網羅して、毎日彼女を見守ることにしたんだ」
「断罪者でなく犯罪者じゃな」
私が冷静にツッコミを入れると、青年――いや“紅い月の邪皇帝”は胸を張った。
「違う! 俺はただ、カスミちゃんが笑顔で過ごせるように“観察”していただけだ!」
「それを世ではストーカーというんじゃがな」
青年は持っていた薄い本を抱きしめるように胸に当て、目を潤ませる。
「カスミちゃんと出会ってから……俺の人生は変わったんだ。眠れない、食べられない、働いてても彼女のことばかり……っ!」
「まぁ、聞いている限り、お主はヤバい奴だとわかった。で、死んでこの世界に転生して来たと思うんじゃが」
「そう! 突然俺の前にカスミちゃんの彼氏という奴が現れて、俺は泣きながら逃げて、家の前でこの聖書を守ろうとして受け身に失敗して、気づいたらこの世界にいたんだ。生まれ変わった俺は紅い月の邪皇帝と名を変え、世界を征服することにしたんだ!」
「無理じゃ。あきらめよ」
「転生したらチート能力をもらえるだろ? でも俺はその能力に気づけてないだけだ。つまり俺はまだ本気を出していないだけ」
「あっそ。興味ない」
「そんな!」
あまりにも腹が立って、つい絶望のオーラを全開放してしまった。
「帰れ。バカにつける薬や魔法はない」
「ひぃっ!」
泡をふいて気絶してしまった。
「姫様。どうします?」
「そうじゃのう。強制労働施設があれば良かったのじゃが」
私は頭を悩ませていると、ラクエルが部屋に入って来て、私と紅い月のなんちゃらを交互に見ては、
「|プリンセス・サーバンツ《姫様のしもべ》のエストレアって人が姫様に用があるって連れて来たんですけど、まだこの人いたんですか」
「姫様。お久しぶりですって、断罪者とお知り合いだったのですか」
「今会ったばかりじゃ。そなたこそ知り合いじゃったか」
「えぇ。死ぬ前の世界で」
「あぁ、そうか。お主死ぬ前の名前、鈴木香澄じゃったな」




