玉手箱と人喰い箱
「来月には、新ミナエモン城が完成しそうです」
オカリナの報告に、胸の奥がふっと高鳴った。
長かった新都市計画も、ついに形になる。
すでに新都市では プリンセス・サーバンツ《姫様のしもべ》 が立ち上がり、エストレアが人材募集から配置まで的確に行っていた。
怪我人は治癒院に運ばれ、聖女チセリ が癒しの奇跡を施す。
罪を犯した者は 女神リィナの“裁きの杖” によって厳正に裁かれる。
四天王たちの力により、インフラ整備は驚くほどスムーズに進んだ。
道路が開き、市場が生まれ、物流の仕組みも完成した。
城の前では、冒険者ギルドや商業施設が並び、
その先には川を挟んで整然と家々が立ち並んでいる。
まるで――碁盤の目のような美しい都市だ。
そして城の裏手には、朝日を浴びてきらめく大きな湖が広がっており、その湖の底にはリヴァイアサンが眠っている。
「え? リヴァイアサン?」
「はい。水の四天王マリンバの調査で湖の最深部で巨大な魔力反応を確認しました。間違いないそうです」
オカリナが淡々と言う。
「……なんでそんな危険物が城の裏におるんじゃ?」
「半年前、漁業都市ピアニカで豊漁祭をやったじゃないですか。その時、ある少年が金魚すくいをやって景品の金魚を家に持ち帰ったら親に反対されたそうです」
オカリナは淡々と話しだす。
「仕方なく少年は金魚を湖に放流し、毎日餌を与えていたところ金魚が成長してリヴァイアサンになったそうです」
「なるわけないじゃろ! むしろその金魚、リヴァイアサンに食べられた説まであるぞ!」
「なんてひどいことを言うんですか。悪魔の風上にもおけませんね」
「悪魔の基準がいまいちわからん」
そんなわけで、二人は城の裏にある湖に行くことになった。
「あれが話に出て来た少年。少年じゃと? どう見てもオッサンじゃないか」
湖のほとりで釣りをしている、腹の出た中年男性を指差してオカリナが言った。
「本人いわく『少年の心を忘れていない』そうでして」
「心が少年でも体がオッサンなら、ただのオッサンじゃろ……」
オッサン――もとい“少年”は、こちらに気づくと頭を下げた。
「少年よ。なんでもこの湖で深海王を育ててるようじゃな」
深海王を育てるなんて聞いたこともないが、オカリナの話を信じるとそうなのだから仕方がない。
「そうなんだよ。もう少し大きくなったら一緒に冒険に出ようと思ってるんだ」
「冒険に出られたら間違いなく新都市が壊滅の危機にあいそうじゃ。てか深海王って陸地歩けるのか?」
「歩く必要ないよ。これを使うんだ」
少年は袋から小さな金魚鉢のような物を取り出した。
「もしかして、この金魚鉢に入るくらい小さくする技術か魔法があるのか?」
「え? まさか。等身大に決まってるじゃん」
「入るわけないじゃろうが!」
私はつい大きな声を出してしまうと、
「我の眠りを妨げるのは誰だ?」
そんな低い声が湖から聞こえてくると同時に、深海王が湖から姿を現しては、
「ヒィッ、悪魔姫!」
私の姿を見て、ガクガク震えてるのがすぐにわかった。
「あ、思い出しました」
その姿を見てオカリナが手を叩くと、
「姫様が子供の頃、浜辺で亀をいじめていたら釣竿を持った少年が亀を助けに来たけど、追っ払って竜宮城に無理矢理行ったことがあるじゃないですか」
「なにそのひどい浦島太郎体験」
「で、竜宮城にいた姫から玉手箱を渡されたお礼に彼女に人喰い箱を渡したじゃないですか」
「その時の妾は玉手箱を開けたのかのう?」
「はい。地上についたら開けろと言われましたが、その場で開けました」
「ふむ。物をもらったら帰り道に箱を開けたくなる気持ちはわかるのぅ」
「そしたら何ということでしょう。玉手箱から煙が上がり、竜宮城の姫がご覧の通りリヴァイアサンに大変身」
「まさにビフォーアフターじゃな」
「じゃあスッキリしたところで帰りましょう」
「そうじゃな」
私たちは背を向けると、
「待って。悪魔姫の能力で我を竜宮城の姫に戻せないかしら? もう何百年もこの姿、完全に婚期を逃したけど、あの頃に戻りたいのよ」
「話を聞いている限り、玉手箱の力でそなたをそのような竜に姿を変えたではないか。妾が助ける義理はないぞ?」
「そこをなんとか! あの頃は宝箱のギミック開発に夢中だったのよ」
「知らん」
「元に戻してくれなかったら、金魚を人喰い箱に食べさせるわ!」
「むむっ、なんて奴。もう妾たちも読者もオヤジが放流した金魚のことなんか忘れてたのに!」
「テレビアニメ版だと視聴者ですね!」
「ここでそのオヤジが大切にしてた金魚を見殺しにしたら、人気キャラ投票ランキングに傷が入るわよ!」
「なんて奴じゃ。一握りの可能性に目をつけるとは!」
「姫様。惑わされてはいけませぬ! この作品は書籍化はもちろん。テレビアニメ化はありえません!」
「そうじゃった。つい妄想をしてしまった。妾に幻覚を見せるとは、リヴァイアサン。恐ろしい奴よ」
「我の恐ろしさがわかったか。じゃあ元の姿に戻して」
「そんな能力は妾にはない。さすがに竜宮城の姫をリヴァイアサンに進化や退化などできぬわ。まぁ進化や退化なのかもわからぬが」
正直に答えると、オカリナが思い出したかのように、
「そういえば聖女チセリがかつてレッドドラゴンを治癒と進化の魔法を間違って唱えて伝説の魔竜に変えてましたね」
「どうやったら間違えるのじゃ?」
「さぁ? でも、あれから200年もたってるし、もしかしたらチセリならリヴァイアサンを元に戻す方法を知っているかもしれません」
その話を聞いたリヴァイアサンは、顔を明るくして頼んできた。
「本当!? じゃあその人に聞いてみて! なんでも協力するから! なんならお礼に代々我が系にまつわる宝をあげてもいい!」
「宝じゃと? まぁ正直これから住む城の裏にリヴァイアサンなんかおられても物騒なだけじゃし、聞くだけ聞いてやるわ」
こうして、リヴァイアサンの姿を戻すために、私とオカリナは治癒院にいるチセリを尋ねることにしたのであった。




