捕えられた村長候補
「姫様。村長に相応しいエルフを捕えてきました」
翌朝。目を覚ますと、ベッド脇にオカリナが片膝をついていた。その隣には――縄でぐるぐる巻きにされたエルフの少女が、ぐったりと気を失っている。
「ひっ……!? な、なにこれ!? まさか誘拐!?」
「誘拐ではありません。姫様が求めていた村長候補にふさわしい、知恵と誇りを持つエルフを慎重に確保いたしました」
「確保っていうか……それを誘拐っていうのよ!? 寝起きでこれは心臓に悪い!」
「起きられるまで、ずっとお待ちしておりました」
「やっぱり……。ねぇ、オカリナ、明日から公務は朝九時でいい? あと寝室は立ち入り禁止。マジでホラーだから」
「かしこまりました、姫様」
(時間の概念があるのは初耳だけど……。寝坊できなくなるのは地味にキツいなあ)
寝癖を直しつつ、私は玉座の間へ移動した。
「で、その子、本当に誘拐してきたの?」
「はい。夜明け前に確保しました」
「ご両親が心配してるでしょ!? すぐ返さなきゃ!」
「ご安心ください。このエルフの村は、かつて姫様が腹いせで滅ぼした村です。ご両親はその際に亡くなっております」
「問題しかないじゃない! どう考えても恨まれてるでしょ!? “親の仇”って言葉、知ってる?」
「七百年前のことを細部まで覚えているとは思えませんが……」
「昨日のことのように覚えてるわよ!!」
「さすがエルフ、執念深い種族です。器が小さい」
「むしろ、今まで復讐してこなかっただけで器が大きいって言ってるの!」
こめかみを押す私。過去の私が残した面倒ごとが、また増えたらしい。
「ん、んんっ……」
エルフの少女がぎょろりと目を開け、真っ先にオカリナを指差した。
「どこよここ。あんたが卑劣な罠を仕掛けた誘拐犯ね?」
「ふっ。あんな罠にかかる貴様に問題があるのでは?」
「どんな罠を仕掛けたのよ?」
オカリナが得意げに説明する。
「木に『森で最も美しい者のみ、この鏡を手に取る資格がある』と張り紙をしておきました。手に取った瞬間、ビリビリと魔力が流れて――今の状態です」
「自意識高すぎるでしょ」
「だって美しいのは事実だし。昔はこの国で美女コンテスト一位だったのよ」
私はオカリナを睨みつつ、思わずツッコむ。
「昔滅ぼしたのって村じゃなくて王国みたいなんだけど」
「さほど変わりません」
「規模、違いすぎない?」
その言葉に、エルフは顔をしかめて私を指さした。
「あーっ! 思い出した! その赤い髪、紅い瞳! 犬のウンコ踏んだみたいな顔して私たちの国を滅ぼした、イカれた悪魔姫じゃん!」
確かに、伝説の悪魔姫はイカれていた。エルフの皆さん、ごめん。
「貴様、姫様に向かって何という口の利き方を! 姫様、申し訳ございません。直ちに抹殺を!」
オカリナが剣を振り上げようとした瞬間、私は静かに立ち上がり、絶望のオーラを放った。オカリナの動きがピタリと止まり、周囲にいた者たちも戦意を失う。
「よい。事実ではな。だが、詫びねばならぬ。かつて我が手によりそなたらの国は滅びた。深く詫びる。すまなかった」
「ひ、姫様……?」
私は視線をエルフの少女に向けた。
「そこで頼みじゃ。此度、我は新たな国を一から作っておる。城の周りは森が多く、そなたらの力が必要不可欠。そなたの力と知恵があれば、国は豊かになる。力を貸してくれぬか?」
少女は絶望のオーラに震えながらも、意地を張る。
「断ったらどうするのよ」
「貴様を含め、エルフを滅ぼす。そなたの返事一つで繁栄か絶滅かが決まるのじゃ」
「断れないじゃない! ちなみに何をさせるのよ。戦わせないでね」
「城下町の管理を頼みたい。そなたが有能であればあるほど、発展する」
「ふん。仕方ないわね。どう逆立ちしても、エルフ全員がかかっても、あなたに傷一つつけられないし。過去のことは水に流して協力してあげる。ただし、配下にはならない。協力者よ」
「ふっ。同じようなものだ。構わぬ」
「あと、食べることや住む場所に困っているエルフが多数いる。住まわせて、働かせてもいいわね?」
「構わぬ」
「では、その管理者を引き受ける。私はヴィオラ。姫様の名は?」
星野美苗――と言いかけて、私は言葉を飲んだ。過去の名は消えない。でも、これからは過去の過ちを背負って生きていこうと決めた。
「オカリナ、紹介して差し上げなさい」
「かしこまりました。姫様、この方こそ、魔族の頂点、ミナエ姫様でございます」
――え? まさかの同名だったの?
———
昼前、私は村人たちの前に立ち声をかけた。
「村の皆、集まってくれて苦労をかける」
代表のお爺さんが前に出て問う。
「その件でございますが、昨日のお願いの返事は?」
「そのことじゃが、村の周りは森が多い。相応しい人材を用意した」
私はヴィオラをチラリと見ると、
「ヴィオラよ。姫様から城下町の長に推薦された。文句ある?」
胸を張って自己紹介する彼女に、村人たちはどよめいた。
「おぉ、エルフだ。なんて美しい」
「さすが姫様。環境に配慮なさっている」
だがすぐに誰かがつぶやいた。
「今、城下町って言ったよね? ここって村じゃないの?」
ヴィオラは一筋の汗を垂らしながら私を見る。
「人口15名じゃからな」
「村以下じゃない。どこが城下町よ」
「今後、城下町になる予定じゃ」
その言葉に、村人たちの期待が勝手に膨らんだ。
「姫様、この小さな村を本格的に大きくするつもりだと!」
「ついに本腰を入れてくださった!」
オカリナがぴょこんと前に出て、勝手に熱を上げる。
「当たり前だ愚民ども。姫様の狙いは――世界征服。ここから真の姫を世界へ羽ばたかせるのだ!」
「世界征服? なんかカッコいい」
村人たちはその言葉をそのまま受け取り、士気が最高潮に達してしまったのであった。