玉座に現れし、死霊使い
「父上!?」
「お父様!?」
王はそのまま崩れ落ち、玉座の階段を転げ落ちる。
慌てて駆け寄るフラットとシャープ。
床に広がる血は黒く淀み、どろりとした悪臭を放っていた。
「な、何じゃこの血は……ただの毒ではないぞ!」
私は思わず一歩後ずさる。
その瞬間、王の胸元がぴくりと動き、皮膚の下で何かが蠢いた。
「まさか――死霊の……!」
王の瞳が白濁し、口から低いうめきが漏れる。
玉座の間の空気が一変した。
「お父様! しっかりして下さい!」
「触るでないフラット! それ以上近づけば――!」
私の叫びが響いた瞬間、王の腕が不自然な角度で振り上がり、フラットの喉元を掴もうと伸びる。
「フラット――ッ!」
私は即座に魔力を放つ。
だが間一髪、王の体は闇に飲まれるように崩れ――
その場に残ったのは黒く焦げた玉座の痕だけだった。
静寂。
風の音すら消えた玉座の間で、私は低く呟いた。
「……オカリナ。ぬかるでないぞ」
その瞳には、怒りとも焦りともつかぬ光が宿る。
オカリナが巨大な鎌を抜き放ち、フラットを庇うように前に出た。
「姫様、これは――」
闇の底から、不気味な笑い声が響いた。
「くっ……また面倒な幕開けじゃ……」
私は吐き捨てるように言った。
闇はなおも膨張を続け、玉座の間を侵食していく。
空間そのものが歪み、床の装飾が黒く溶けていった。
そして、その闇の中心に――影が、ひとつ。
ローブを纏った男が、ゆっくりと姿を現した。
手には骨でできた杖。
その足元には、王の冠が転がっている。
「初めまして、姫君。死者の王に代わり、この国を預かりに参上しました」
「貴様……何者じゃ」
「名乗るほどの者ではありませんが――人は私を、死霊使い呼びます」
男が笑った瞬間、床に散った王の血が逆流し、闇の中で形を変え始めた。
「ま、まさか……!」
私は即座に詠唱を始めたが、その声をかき消すように、男の低い呪文が重なる。
「起きろ、我が最初の臣下――」
王の亡骸が再び動き出した。
白濁した瞳がこちらを見上げ、黒い涙を流す。
「……お父様?」
フラットの声が震えた。
私は歯を食いしばり、呟いた。
「……死者をも玩ぶとは。下種が」
死霊使いの笑みが深くなる。
「姫様。お下がりを。奴は死を司る者。姫様とは相性が最悪です」
「何故じゃ?」
「姫様が得意とするのは闇属性。そして死霊使いも闇属性。……同じ属性は、互いに傷つけられません」
オカリナの言葉に、私は舌打ちした。
「なるほどのぅ。闇で闇を断つことはできぬ、というわけじゃな」
死霊使いは愉快そうに口角を歪める。
「そう。あなたの力は、私の糧にしかならない。闇は闇に還るだけのこと」
その言葉と同時に、床の影が波打ち、無数の骨の手がのたうつように這い出てきた。
「じゃがその原理じゃと妾は奴を倒せんが、奴も妾を倒せんぞ?」
「そうですね」
「お主どうするつもりじゃ?」
私は死霊使いに聞くと、
「確かに私の魔法やスキルでは姫様を打ち破ることはできません。しかし、死者が持つ武器は普通の剣。これなら無属性なので問題ありませんな」
「なるほど。シャープ。お主の剣を貸せ。これなら攻撃が通用するらしい」
「真似をするなんて卑怯ですぞ! まさに戦い方が悪魔の所業ですぞ!」
「妾は悪魔の代表、悪魔姫じゃが」
「どうやら私は姫様のことをみくびっていたようだ。行け! ナチュラル王よ!」
「影縛ロック」
ナチュラル王の影が動きを封じる。
「お主が闇属性でもこやつ自身は死者じゃが人間。ならば妾の魔法やスキルは通じる」
「おかしい! 私が知る古の悪魔姫は脳筋なはず!」
「ふっ、残念じゃったな。復活した妾は真の悪魔姫と知れ」
私はシャープに目を向けると、王子の剣を渡された。試しに剣を振ってみる。あまり強度はなさそうだ。
「シャープよ。もっとマシな剣はないのか? 城の地下に伝説の剣とかあっても良いじゃろう?」
「光の杖なら、地下の宝物庫に封印されていますが、姫様には似合わないかと」
「失礼な奴じゃな」
「姫様。死霊使いよりもシャープ王子を八つ裂きにすべきと進言します」
「よせオカリナ。どっちにしろ封印を解きに行ってる余裕はない」
「シャープ王子よ。姫様の広い御心に感謝するがいい。というわけで死霊使いよ。私の冥奏鎌の錆にしてくれようぞ!」
オカリナは、戦闘体制をとると、
「響け――冥奏鎌。死の旋律を奏でよ!」
大鎌の刃が空気を震わせ、闇と闇がぶつかり合う。
空間が悲鳴を上げ、黒い霧が四方へと吹き荒れた。
私は目を細めて、死霊使いを見据える。
「ふふ……闇の姫と悪魔の大鎌。見ものですな。ですが、舞台は整いました――」
男の杖先が玉座の床を叩く。
亀裂が走り、そこから何かが這い上がろうとする気配。
「……まさか、まだ何か呼ぶ気か!」
「ええ。死者の国は賑やかな方が良いでしょう?」
闇の中から、骨の指先がひとつ、床を掴む。
「オカリナ! 構えよ!」
「ハッ――!」
大鎌が唸りを上げる。
そして、暗闇の底から複数の呻き声が響いた――
玉座の間を覆う闇がさらに濃くなる中、私は息を呑んで、呟いた。
「ここからが本番じゃな……」




