復興を願う女王と、ぶん投げられた王女
「さて、皆の衆。妾が新領主のミナエじゃ。前国主のコナミから国を簒奪した悪魔姫。そうとらえても良いぞ」
翌日。ティンカーベル城の玉座に座る私の視線が民衆を捉える。ざわつく群衆を前に、私はふんぞり返ったまま威圧する。
「さて、妾よりもお主らの方が詳しいと思うが、食べるために男は他国の罪もない村を襲い、女は好きでもない男に身体を売る。正直に答えよ。そんな人生、楽しいか?」
絶望のオーラを少しずつ強める。民衆は目を伏せ、ざわつきが沈黙に変わった。胸の奥で何かが震える音が聞こえる。
「お見事です姫様。台本通りです」
隣に立つオカリナが小声で余計なことを言った。
「俺だって好きでやってるんじゃねぇ!」
その一言が引き金となり、民衆は互いに顔を見合わせ、頷き始める。小さな希望の火が静かに広がった瞬間だ。
「ならば妾がおまえらのまともな生活ができるよう、少しだけ力を貸してやろう」
「まともな生活って、作物が育たない貧弱な土地で何を作れって言うんだ!」
「土地が痩せてても工夫次第で食べ物は作れる。頭の堅さを捨てよ」
私は群衆を連れて城外の空き地へ向かう。草一本生えていない荒れ地だ。空気は乾き、風が砂を巻き上げていた。民衆は顔をしかめるが、目の奥に興味の光が宿っている。
「ここで良いか。コナミよ。この地を魅了せよ」
「は? 土に?」
「そうじゃ。生き物にしか魅了できぬと思っておるか? 空も海も、大地も生きておる。騙されたと思ってやってみよ」
コナミは疑いの眼差しを向け、手を差し伸べる。荒れ地の土に触れ、彼女の意志が震えに変わった瞬間、乾いた土が震え始める。地面から緑の芽が吹き出し、見る間に草が茂った。
「な、なんてこと……!」
民衆は口を開け、歓声を上げる。子供たちは跳ね回り、大人たちも手を取り合って笑い、膝をついて涙を流す老人までいた。
「これが……魅了の力だっていうの……!」
コナミは震える手で土を触り、目には涙が光る。
「これでやっと、国が救われる……」
私は頷き、民衆の目を一つずつ見渡した。希望の火が荒れ地に芽生えた草のように広がっていくのを感じる。
「これからじゃ。コナミと、お主らで、この国を取り戻すのじゃ」
民衆の表情が変わる。諦めに沈んでいた目が光を取り戻し、笑顔が少しずつ戻る。
「さて、ミナエモン領は山の幸や肉、ピアニカは魚、ハーモニカからは米が収穫できる。ティンカーベルには野菜を作ろう」
私はコナミに野菜の種を渡す。
「これで栄養バランスは満点じゃ。土を魅了しても栄養が足りない場所は肥料や水が必要じゃから注意せよ」
「わかりました、姫様! そしてありがとうございます!」
民衆は頭を下げる。
「感謝はこいつにせい」
私が指を鳴らすと、空気が重くなり、乾いた大地が小さくうねる。
土の四天王が姿を現すと、民衆は思わず息を飲んだ。
「こやつは土いじりのプロでな。実はあらかじめ死んでいたこの領土を生き返らせてもらっておった」
「何を言われます。俺はあくまでただきっかけを与えたに過ぎません。ここまで復活したのはあのサキュバスの力ですし、成長をさせるのはこの者たちです」
「だそうじゃ。だからもう二度死なぬようお主らが大事にするのじゃ」
「かしこまりました。姫様!」
活気に沸くティンカーベルの民衆を見ながら、帰ることにした。
「さて、オカリナよ。帰るついでにナチュラル王国に寄って行くか」
「フラット王女を迎えにですか?」
「それは本人が希望をすればじゃが、それよりも妾がティンカーベルの領地を得たことによってナチュラル王国が各領地の中継地点になったのじゃ。交易するにはナチュラル王国の協力は必要不可欠じゃ」
「私としては属国にした方が早い気もしますが」
「よせ。フラット王女を介して友好国には間違いない。強制は禁物じゃ」
「友好国にしてはティンカーベル国に行く途中で空から友好国の王女をぶん投げましたが」
「友好国じゃ」
「ハッ! 友好国です」
そんな会話をしながらナチュラル王国についた。
「悪魔姫! また来たのか!」
相変わらず門番に邪険にされる私。
「また壁ドンされたいか?」
「どうぞお通り下さい!」
「お主、門番のくせに手のひらくるっくるじゃな」
ナチュラル王国城下町。
「前来た時と変わらず。じゃな」
「ハイ。良くも悪くも普通。です」
「ま、城下町の様子はいいとして、国王に会いに行くか」
「アポ無しでいけますかね?」
「妾はアポとられたことが一度もないのじゃが。お主も含め、みんな妾の寝室ですら乱暴に開けて大声で話しかけてくるぞ。というか最初だけじゃったな。妾がゆっくり寝れたのは」
「姫様に寝室は本来不要なのです」
「姫を平気で二十四時間働かせるでない」
城に行くと、フラット王女が出迎えてくれた。
「フラットよ。出迎えご苦労」
「姫様。そろそろ来ると思って待ってたわ。お父様やお兄様がお待ちよ」
「ふむ。話が早くて助かる。それにしてもよく無事じゃったな」
「空中から城にぶん投げられたやつ? ほら見てよ。たんこぶちゃんとできてるじゃない」
「たんこぶで済んだんじゃな。まぁ良い。会いに行こう」
私たちはフラットに案内されて王の間に通される。玉座に座る王の表情は硬く、瞳には警戒の光がある。隣のシャープ王子も拳を軽く握っていた。
「久しいな。ナチュラル国王よ」
「ミナエ姫よ。久しぶりだな。ピアニカ帝国、ハーモニカ国を併合したと聞いておる」
「ほぅ、妾の悪名もそこまで届いておるか。噂というものは、脚が生えて勝手に歩くからのう」
私は玉座の前で腕を組み、にやりと笑った。
「だが安心せい。併合した国々は今や地獄から天国へと変わった。泣く子も笑い、鬼も職にありついとる。妾のやり方は少々乱暴じゃが、結果だけ見れば神の所業よ」
「……自ら神とは、大した自信だな」
王は苦笑を浮かべながらも、警戒を解かぬまま私を見つめている。
「自信ではない。事実じゃ。妾は悪魔の血を引きながらも、この手で民を救っておる。で、相談なんじゃが、このナチュラル王国を交易都市にしてもらえんか?」
王とシャープはしばし視線を交わした。
重苦しい沈黙のあと、国王は深く息を吸い――ゆっくりと立ち上がる。
「……ミナエ姫。その言葉、信じよう。そなたのやり方は乱暴だが、民を思う心に偽りはないと見た。ならば――」
王の表情が、わずかに緩む。
穏やかな光がその瞳に宿り、口を開いたその瞬間。
「――ぐっ……!」
王の身体がびくりと跳ね、口端から黒い血が噴き出したのであった。




