悪魔姫、風呂のマナーを教える
影の森の入り口。
バスクラの言う通り、森の中はまだ午前中だというのに、高い木々が太陽の光を遮って森の中が真っ暗に見える。
「なるほど。魔法で光を照らしても良いが、長々と旅路のためにページ数を使うのも面倒じゃ。いっそのこと森ごと燃やすか」
「そうですね。全部燃やしてアルトというダークエルフを燻り出しましょう。まさに迷宮で鍛えたRTAが役に立つ時が来たのです」
「待って! 神聖な森を燃やすとか何考えてるのよ! って、あんた悪魔姫。……なら納得だわ」
銀髪の長い髪を揺らし、黒いローブをまとったダークエルフが姿を現した。
その琥珀色の瞳には、恨みよりも好奇心の色が強い気がした。
「お主がアルトか」
「そうよ! それよりも一体何をしに来た、悪魔姫め! 過去にダークエルフの集落を滅ぼした恨み、決して忘れてないからな!」
「シャンプーやボディソープを持ってるなら欲しいから、買い取りに来ただけじゃ」
「なにっ!? あれらは私たちが長年苦労して開発した、貴重な“界面魔導活性剤”だぞ!」
「嫌ならいいよ。帰るし。恨まれてそうだし」
「もう恨みは忘れた! 悪魔姫よ。私は全てを許そう」
……多分、最初からあんまり恨んでなかったやつだなこれ。
「たくさんあるから是非見て行ってくれ! 折角作ったのに誰も店に来てくれないんだ!」
ささっ、お客様どうぞこちらへ――という感じで案内される。
辿り着いた先には、木で作られた商店が建っていた。
中に入ると、シャンプー、リンス、ボディソープ、洗顔、保湿剤までずらりと並んでいる。
「まさにこれじゃ。よし、一つずつ買おう」
「ありがとうございます! 完成して百年、ようやくお買い上げいただけました! ……って、一つずつですか!?」
「ウム。持ち帰って効果を見て、分析して、我が領内で国産化するから一個ずつで良い」
「ええっ!? そんな面倒くさいことしなくても、買いにくればいいじゃないですか!」
「遠いし、影の森迷いそうだし、モンスターというか野生の熊とかいるし、わざわざこんなところまで来たくないしのう」
「えっ、もしかして……売ってる場所、悪いんですか?」
「今更気づいたか」
「お願いします! どうか、悪魔姫の領地で商売をさせて下さい!」
「じゃあ生産したらミナエモン城まで持って来ると良い。妾が領内で売りさばこう。売り上げの2割をもらうぞ。価格設定はお主に任せるから、原価なり調べるが良い」
「かしこまりました!」
こうして調達を確保したわけだが、帰り道。
「このままじゃ売れんから、アレを作るか。オカリナよ。村に戻り次第、四天王を呼べ」
半壊しているミナエモン城にて。
「そなたらに作ってもらいたいものがある。土の四天王よ。温泉鉱脈を探して土を掘るのじゃ」
「ははっ!」
「水の四天王は熱すぎる温泉を程よくするために、ちょうど良い水を流す仕組みを作るのじゃ。また水風呂を作れ」
「かしこまってよ!」
「火の四天王はサウナを作り、身体を洗うためにお湯が出るようにせよ」
「お任せ下さい!」
雷の四天王が「俺は?」といった顔をしている。特に何もないのだが、
「雷の四天王は、とりあえずのぞきをする奴に雷を落とすようにせよ」
「ご期待に添えて見せましょう!」
こいつの役割、怒ってばっかりだな。
こうしてミナエモン村で巨大な温泉施設の開発が始まった。
建設現場を見ながら、
「これでようやく風呂につかれる。のぅ、オカリナよ」
「はい。シャンプーやリンスの効果が楽しみです!」
「身体を拭くタオルなどの生産も布職人に頼むとして、アレが欲しいのう」
「アレとは?」
「コーヒー牛乳じゃ。お風呂上がりといえばこれに決まっておる。飲まねば風呂に入った気がせん」
こうして建設と開発、生産が始まり村民だけではなく、周辺の地域からの注目も次第に増えていった。
そして一ヶ月後。
立ちのぼる湯気、響く木槌の音、湯の香り――。
ついにミナエモン温泉が完成したが、初日から予想をはるかに超える混雑を見せていた。
「入場口で行列!? なんじゃこの人数は!」
湯煙の向こうには、みんな噂を聞きつけて押し寄せてきたらしい。
「押すな押すな! 桶を投げるな! そこ、湯の中で洗濯するでない!」
オカリナが悲鳴を上げながら駆け回る。
洗髪剤やボディソープは飛ぶように売れ、雷の四天王はマナー違反者に次々と雷を落としていた。
「ぐあああっ!」「うおおっ!」「もうしませんー!!」
――まさに地獄のサウナである。
「……やはり、風呂のマナーを教育せねばならぬな」
私は湯船に浸かりながら呟いた。
翌日から「入浴マナー講習会」が開催された。
内容は「体を洗ってから入る」「桶は投げない」「入浴時は落ち着け」など、
至って基本的なものだったが、村人たちは真剣そのものだった。
数日後。
「姫様、なんだか皆、肌の艶が良くなっております」
「気のせいではないか?」
「いえ、みな鏡を見て嬉しそうにしております。まるで若返ったようです」
私は湯面に映る自分の顔をじっと見た。
確かに――頬が、少し張りがある気がする。
「ふむ……美容効果まであるとは。これは売れるのう」
そして今日も、ミナエモン温泉の暖簾をくぐる行列は途絶えることがなかった。




