星降る港と、四天の花火
その日の夕方、ステージ上で市長が豊漁祭り開催の挨拶をすると湧き上がる民衆たち。
潮の香りを含んだ風が吹き抜け、港の波音が太鼓のリズムに溶けていく。
港には赤や金の提灯が吊るされ、風に揺れるたびに、波間にきらめく光が踊る。
子どもたちは屋台の周りを走り回り、焼き魚の匂いと甘い蜜菓子の香りが混じり合って、まるで街全体が一つの宴のようだった。
「姫様。あの屋台に行列ができております。見に行きましょう」
オカリナが興味津々で見に行くと、湯気とソースの匂いが立ちこめていた。
「姫様。何故にフラット王女が焼きそばという物を売っているのですか?」
「ウム。祭りといえば焼きそばじゃからな。試しに作って売らせてみておる。利益の半分をやると言ったらやる気満々じゃ」
「料理を……王女が、ですか?」
「うむ。意外と器用じゃぞ。ほれ、見てみい」
フラット王女は額に汗を浮かべながら、鉄板の上で麺を手際よく炒めていた。
香ばしいソースの匂いが辺りに広がり、客たちは次々と列を伸ばしていく。
「いらっしゃいませ! フラット特製、もっちもち焼きそばですよー!」
「声も張っておるのぅ。悪くない」
「……姫様。なぜかあの行列の半分以上が男性なのですが」
「気にするでない。努力の成果というやつじゃ」
「それ、たぶん“努力”の方向が違います」
「そしてオカリナよ。見るがよい。妾が作らせた浴衣屋じゃ」
私は指をさす。その先には――色とりどりの反物が並ぶ屋台があった。
「おお……!」
オカリナが思わず息を呑む。
布地には金糸で花や波が刺繍され、まるで夜空の星が降り注いだような華やかさだ。
店先には若い娘たちが行列を作り、鏡の前で嬉しそうに袖を広げている。
「どうじゃ。ミナエモン村で作らておる絹と染料を使っておる。軽くて涼しい上に、水にも強い。まさに夏祭りにうってつけじゃ」
「姫様……その発想、完全に商人です」
「商いは国の礎じゃからな」
「……でも、あの店員の方々。妙に露出が多いような……」
「売るための工夫じゃ。目立たねば商売はできぬ」
「だから男性客が集まってるんですね」
「ふむ、経済が回っておるのなら問題なかろう」
二人がやり取りしている間にも、太鼓の音が鳴り響き、夜空が少しずつ群青へと沈んでいく。
祭りは、いよいよ本番を迎えようとしていた。
種族や国の垣根を超えて飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎ。中央に巨大な焚き火を囲むように輪になって踊っている。
その様子を見ていた私に、西村が声をかけてきた。
「姫様。我々ハーモニカ国民みんな楽しんでおります。それにあの焼きそば。日本でしか味わえないと思ってました」
「それはなりより。是非楽しんでいってくれ。さて――そろそろ頃合いじゃな」
私は夜空を見上げ、満ち欠けの途中にある月を見据えた。
周囲では屋台の明かりが増え、太鼓のリズムも速くなっていく。
「オカリナ。四天王を呼べ」
「ハッ!」
やがて港の中央に、四人の影が並び立つ。
ごめん。名前忘れた。
そんな四人は私の前に跪き、声を揃えて言った。
「姫様の御命により、四天の力を結集いたします」
「日頃の学校での修練。妾に見せてみよ」
私は右手を高く掲げた。
その瞬間、四天王の魔力が港の空へと解き放たれる。
炎が夜空を裂き、水がその軌跡を包み、風が形を整え、雷が火花を散らして――
ドォン!
轟音とともに、空一面に巨大な光の花が咲いた。
赤、青、金、紫――それぞれが四天王の属性を象徴する色で、まるで天の神々が舞っているかのよう。
歓声が上がり、子どもたちは手を叩き、大人たちは涙ぐんだ。
「これぞ妾の国の祭りじゃ!」
私の声に合わせて、再び夜空が爆ぜる。
炎の花火が竜の形を成し、水の花がそれを包み、風と雷が織りなす光の輪が海面に映える。
港全体がまるで昼のように輝き、波間に映る光は、まるで神々の祝福そのものだった。
やがて最後の一発が夜空に咲き、静寂が訪れる。
風に揺れる提灯の音だけが、しばらく余韻のように響いていた。
「まさかこの世界でこんな素晴らしい花火を見る事ができるとは」
西村が感激していたので、
「妾にかかればこの程度、造作もないことよ」
と、私は胸を張った。
「でも……すごいですね。本当に人と魔族とが一緒に笑ってる」
「うむ。これこそ妾の目指す国の形じゃ。誰も争わず、皆が腹を満たし、笑い合う。豊漁も、平和も、すべては努力の果てにあるものじゃ」
「姫様……やっぱり、あなたは立派です」
「ふふ。そう褒められると悪い気はせぬな。――して、西村よ。そなたも楽しんでおるか?」
「ええ。最高です。ただ、ちょっと懐かしくて……」
彼は夜空を見上げた。
その瞳に、打ち上げ花火の残光が映り込む。
「日本の夏祭りを思い出しました。屋台も、浴衣も、そしてこの花火も。まるで、あの頃に帰ったみたいだ」
「そうか……。ならば妾の国は、少しは“帰る場所”になれたのかもしれぬな」
私は小さく笑い、潮風を吸い込む。
遠くでまだ、子どもたちの笑い声が響いていた。
――祭りは夜更けまで続いた。
人も魔も、神すらも、この夜ばかりは同じ空の下で、ひとつになっていた。
翌日。民衆は片付けを終えたのを確認し、
「さて、そろそろ帰るか。市長、世話になった」
「とんでもございません。姫様がいてこその祭りでした」
挨拶を交わすと、クラリが慌ててやってきた。
「姫様、ハーモニカ国民が陳情しに来てます!」
「なんじゃ、今度は何を言い出した?」
「はいっ、内容は――“ハーモニカ国民全員、この祭りに感動し、姫様の領地に移住したい”とのことです!」
「はあ!? 全員!? あんたらの国、空になるじゃないの!」




