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悪魔大元帥、遅れて参上

――風を切る音が、心地いい。


さっきまで地を歩いていたのに、今は雲の上。背中の翼を動かすたびに、身体がふわりと浮く。


「……すごい。ほんとに飛べてる」


手を伸ばせば、沈みかけた太陽の光が指の間からこぼれ落ちる。夢みたいな光景――のはずだった。


しかし、遠くの村の方角に異変があった。


黒い煙がもくもくと立ち上り、赤く妖しく揺れる光。


「……火?」


いや、違う。燃えている範囲が広すぎる。まるで――襲撃を受けているようだ。


胸の奥がざわつく。私は翼をはためかせ、急降下する。


近づくほど、熱気と焦げた匂いが強まった。村の外れでは、家が数軒、黒く燃え上がっている。


悲鳴が聞こえた。小さな子どもを抱えた母親が、倒れた柵の向こうで必死に逃げている。


「……っ」


考えるより先に、体が動いた。私は翼を広げ、炎に飛び込む。


風圧で煙が揺らぐ。翼が黒煙の壁を裂くように突き抜け――視界に怯えた母子が映った。


「大丈夫! こっち!」


咄嗟に手を伸ばし、二人の腕をつかむ。その瞬間、背中から奇妙な感覚が走った。


――ボウッ!!


闇の炎が周囲に立ち上がる。熱くはない。むしろ、心臓の奥が心地よく震える。


「え……この黒い炎、私が出してるの?」


髪の先が闇に染まり、黒く光を帯びる。燃え尽きることはなく、周囲の明かりを吸い込み、不気味な輝きを放つ。


「……もしかして、私、闇の炎を操れる?」


掌を開くと、小さな黒い炎の玉がふわりと灯った。だが、どう扱えばいいのかはまだわからない。無闇に攻撃すれば村が壊滅してしまう。


私は一歩前に出る。


「ゴキブリ扱いされて転生して……次は村の襲撃者退治。ほんと、人生って忙しいわね」


呟きながら右手を振り上げると、闇の炎が翼の影を大きく伸ばした。村を囲む黒い鎧の兵士たちが一斉にこちらを見上げる。


「貴様、何者だ!」


甲高い叫び声が夜空に響く。焦りと恐怖が混じった声に、私は少し微笑む。


「……あんたたちこそ誰よ?」


漆黒の翼と紅い髪、紅い瞳――まだ完全には制御できない闇の炎に包まれた私を見上げ、兵士たちは一瞬たじろぐ。すぐには攻撃に出ず、警戒しながら隊列を整えている。


その中の一人――隊長らしき男が前に踏み出した。驚きと警戒が入り混じった目で、私を見つめる。


「我は暗黒騎士団先鋒隊の隊長、ヤマザだ――」


「あ、あんこくきしだん? 厨二病じゃん。言ってて恥ずかしくないの?」


「黙れ! 貴様こそ何者だ! 魔族の残党か!?」


「魔族?」


確かにこんな闇の炎と翼を持っていたら人間じゃない。そう一人で考えていると、ヤマザは勝手に続けた。


「赤い髪、紅い瞳、漆黒の翼……まさか、古来から伝承されてきた伝説の悪魔姫(デビルプリンセス)なのか?」


「なによそれ」


私は肩をすくめ、軽く呟いた。まさか伝説の存在と間違われるとは、思わなかった。


翼を羽ばたかせ、闇の炎を広げる。夜空に影を落とす黒翼は、威圧感だけは伝承通り。


「……この闇の炎、まさに言い伝え通りだ」


隊長の声が震えた。兵士たちは後ずさるが、戦意は失っていない。闇の炎、黒翼、そして紅い瞳――確かに只者ではない存在だと認識したのだ。


「さあ、どうするかしらね…」


闇の炎の扱い方がいまいちわからない以上、無闇に攻撃すれば村に被害が出る。衣服と食料を分けてもらいたかったのに恨みをかってしまっては本末転倒なような気がした。


――そんな時、私の横に一人の少女が降り立った。


ゴスロリドレスに、くるくる巻かれたツインテール。背中には、明らかに物騒な大鎌を背負っている。見ただけでわかる、この人はヤバいと。


「ご復活おめでとうございます、姫様。この日をどれだけ待ち侘びたか。闇の炎の力を感じすぐ馳せ参じました」


何故か私を“姫様”扱いしてくる。目は真剣そのもので笑っていない。背中の大鎌が、まるで私を守るための存在感を放っている。


「……は? ちょ、ちょっと待って。誰よ、あなた」


「お忘れですか? 悪魔大元帥、オカリナです」


「……悪魔大元帥?」


いやいやいや、話が大きすぎる。しかもここで突然「悪魔大元帥」と名乗られても困る。だが、目の前の彼女、冗談ではない。


「さぁ姫様。サクッと人間どもを皆殺しにして祝杯をあげましょう!」


「オカリナだっけ? 兵士はどうでもいいけど、村と村人は守らないと駄目なのはわかる?」


「何故です? 同じゴミクズでしょう」


「いやいや。ここで恩を売って衣服と食事を分けてもらわないといけないんだから」


「姫様にはそのプリンセスドレスがありますし、食事はそこの人間でよろしいではないですか」


「二十四時間こんなドレス着てたくないし、私、人間なんか食べたくない!」


「姫様は相変わらずワガママで。亡き父君や母君も泣いておられますよ?」


「ワガママなのこれ?」


やり取りの最中、放置されていたヤマザの堪忍袋の緒が切れたのか、彼が号令をかけると兵士たちは一斉に襲いかかってきた。


「姫様。話はあとで!」


オカリナが大鎌を一振り――見えない風圧だけで何人も薙ぎ倒す。鎧など紙屑同然だ。


「おわっ!」


私は余所見をしていたために剣をかわすのが精一杯だった。


「姫様、魔法が無理なら剣で!」


「そんなもん、持ってないよ!」


漆黒の絶剣(ナイトエクリプス)があるじゃないですか」


「なによその、ナイトエクリプスって!?」


私は叫んだ。すると右手に、闇の剣が物理化された。


――漆黒の絶剣(ナイトエクリプス)と呼ばれる剣。刀身は光を吸い込み、黒鉄のように鈍く反射する。柄を握ると、手の中に冷たい重みが沈み込む。


「おおっ。ゲームの世界みたい!」


それを軽く一振りしてみた。遠くにあった大木が、音もなく真っ二つに割れて倒れた。私と兵士たちの目が点になる。


私は一筋の汗を垂らしながらも、偉そうに


「ふっ。どう? まだ相手する?」


正直、私もこの剣の制御ができているわけではない。だが、威圧には十分だ。


「くっ、覚えてろよー!」


ヤマザをはじめ兵士たちは一目散に退き始めたが、オカリナは一閃で敵を切り裂き、追撃を許さなかった。


「姫様にあだなす者、生きて帰すわけなかろう」


――オカリナの鎌が夜空を切り裂き、幾人もの敵が同時に消えたのであった。


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