悪魔姫、広大な領地に驚く
学校が始まってから一ヶ月。
私は事務室で算数レベル4の勉強をしていた。
「三角形の公式って、三角形=底辺×高さ÷2…だっけか」
「さすがです姫様」
「意外と覚えてるもんだなぁ。じゃあ、レベル10も見せてくれない?」
「申し訳ございません、姫様にはまだ早いかと。現在の最高レベルですし」
それでも私は挑戦してみた。
「うわ…二次関数とかベクトルか。さすがに覚えてないわ。でもレベル9なら分かる。二次方程式とか三平方の定理は…何故か覚えてる」
「すごいですね、姫様」
オカリナが唖然としながら褒める。小学校までがレベル6、中学校でレベル9、高校がレベル10。30年前に覚えたことを私が突然思い出せるわけがない。
「さて、勉学はこれくらいにして…訪客の時間ね。ナチュラル王国の使者、何の用かしら?」
教科書を閉じ、椅子から立ち上がって黒マントをバサッと羽織った。
「さすが姫様、ラスボスに相応しい振る舞いです!」
「いや、あんたに振る舞ったって仕方ないでしょ」
玉座に移動すると、既に偉そうなおじさんたちと護衛兵が片膝をついて待っていた。
ただ、先頭の男は若く、二十歳くらいか。
「遅れてすまぬな。妾が城主ミナエじゃ」
「私はナチュラル王国第一王子、シャープと申します」
やはり王子か。ますます訪問理由がわからない。
「要件はなんじゃ? 先日の国訪問に文句を言いに?」
「いえ。実はナチュラル王国の王女、つまり私の妹が原因不明の病にかかっておりまして。恥ずかしながら我が国に治癒できる者がいませんでした。調べたところミナエ姫様の国には、全てを見抜く神の目を持つ医師と、どんな病も治す薬師がいるとか。救っていただきたく参りました」
なるほど。他国に頼る場合、私の許可が必要なのは筋が通っている。
…って、国?
この王子、村のこと国って言わなかった?
「妾の領地は城と村だけのはずじゃが」
「何をおっしゃいます。地図をもて」
シャープ王子が近づき、大きな地図を床に広げた。
「ここがナチュラル王国。そして南に隣接するのがミナエ姫様の領地です」
地図を見た瞬間、思わず声が出た。
「ひろっ…!」
城と村が小さな点にしか見えない。周囲には果てしない大森林、点在する湖、東には海。人口はわずか300人でも、この自然に囲まれた土地の広さは、もはや小さな村の規模ではなかった。
北にはナチュラル王国、西にはピアニカ帝国、南には連なる山脈。北と西を警戒すれば、他国からの侵攻も簡単ではなさそうだ。
「妾はこんな広大な土地を求めたことはないのじゃが」
「ミナエ姫様の存在を知った時、ピアニカ帝国と会議を開き、未開の地の全てを譲った方が我々の安全につながるだろうと、勝手ながら決めさせていただきました」
私は地図を見て、湖まで街道を作って新たな村を作るか、あるいは今の村を拡大して湖まで広げることもできると考えた。
「姫様。領地の話はこれくらいにして、どうか妹を救ってはいただけませんか!」
断ったら後味が悪く、この国全体の恨みを買いそうだ。ここは恩をうって改善に繋げる方が良さそうだ。
「良かろう。ただし一刻でも早い方が良いじゃろう。オカリナよ、ナチュラル王国に飛び王女を連れて参れ。病人だから丁重にな。クラリは村の医師フルートと薬師バスクラに玉座へ至急来るよう伝えよ」
「ハハッ!」
オカリナは姿を消し、クラリは扉を開けて走って行った。
「さて、往復で半日はかかる。しばし待たれよ。茶でも飲むか? 村のハーブティーはなかなか美味じゃぞ」
「は、はぁ…」
目の前には、自国を何度も滅ぼした伝説の悪魔姫。
死を覚悟して城に来たナチュラル王国の皆は、まさかの女神対応に呆然とするしかなかった。
「これは美味い!」
王子を始め、護衛にも食事を与えた。いかんせん馬車で三日かけてはるばる来たのだ。私の領地の途中に宿や食堂はないし、ろくなものを食べていないはず。と、よんだからだ。
「急遽じゃったから城の倉庫にあるもので調理させたがすまぬな」
「いえ。お心遣いだけでも感謝に絶えません」
「そうか。なら良いが」
私の一言一言が毎回緊張感をはしらせる。なんか言葉を慎重に選んでいる。そんな感じだ。
「食後のデザートを用意させよう。日頃の無駄な修練のあいまに妾が考案したチョコレートパフェ。白玉入りじゃ」
私は指をパチンと鳴らすと、グルメマスターや調理助手たちが人数分テーブルに置く。
「溶ける前に食せ。あと感想をよこせ。率直な意見でかまわぬ。評判が良かったら村に喫茶店を作る予定じゃからな」
王子たちは震える手でスプーンを持ち死を覚悟してパフェを口に運ぶ。
「なんという甘さ。疲れが弾け飛ぶようだ!」
「こんなの食べたことがない!」
活気に沸く皆様。どうやら喫茶店の目玉商品になりそうだ。
「こんな冷たい食べ物どうやって?」
「妾の配下に水が得意な四天王がおってな。水を冷やして氷にするのは容易いのじゃ。その魔力を他の食材にも応用したのじゃ」
「考えたこともございませんでした」
「妾の国では“魔法を使った日常の便利”は当たり前なのじゃ。氷ひとつでここまで変わるとは思わぬだろう?」
「失礼を承知でお聞きしますが、ミナエ姫様は本当に我が王国を何度も滅ぼした悪魔姫なのですか?」
「そうじゃな。それも妾。じゃが今貴公と話している相手も妾じゃ。過去の見聞や書物を信じるか、今見たものを信じるかは貴公じゃな」
そう話していると、オカリナが姿を現した。
「姫様。ナチュラル王国の王女を連れてきました。国王が信じてくれなかったので面倒くさいからこいつも連れてきました」
両手で大切に抱えられている王女に対し、縄でぐるぐるまきにされている国王。
「父上ー!」
「王子よ。こやつを黙らせろ」
オカリナはそのまま国王を王子の前に投げ捨てる。
「姫様。フルート様とバスクラ様をお連れしました」
クラリたちも駆けつけた。
「よし。フルートよ。この者の病状を見てやってくれ。悪いところを教えるのじゃ」
こうして役者が揃い、王女の治療が始まるのであった。




