神、落ちてきて就職する
「姫様。薬師を雇ったのは良いのですが、奴はあくまで薬師であって病気や怪我を発見することはできるのですか?」
昼下がり。紅茶を飲んでいた私の横で、相変わらず直立不動のオカリナが口を開く。
そう言われたら、難しい病気とかって最新の医療機器がないと発見難しいって聞くし、この世界って電気すらないからなぁ。と、前世の知識を思い出す。
「患者が腹が痛いと言ったらバスクラは腹痛を治す薬を提供する。でも実は違った。そんなことがあり得るような気がします」
「診ることに長けた人材が必要ね。でもそんな人いるかしら?」
「そういえば昔、“神の目”を持つ神がいたと聞いたことがあります」
「でも、神様なんて落ちてこない限り会えないじゃん」
「そうですね。ただ一応|プリンセス・サーバンツ《姫様のしもべ》のマスターであるホルンにそのような能力の持ち主が来たら城に来るように伝えておきます」
そんな話をし、「姫様が華麗に玉座に座る振る舞い」の練習をさせらていた時、
「姫様。失礼します。ホルンさんが急いでプリンセス・サーバンツに来て欲しいと言ってました」
伝言屋が玉座に入って来た。
「姫様に来いとは失礼な奴。処刑にすべきです」
オカリナは怖い顔をしていたが、本音は練習を邪魔されたからに違いない。
「でもきっとまずいことが起きてるんだよ」
緊急な案件だと思い、村に行くことにした。決して立ち振る舞いの練習が嫌になっていたではないとは言わずに。
さてと。久しぶりの村だ。村人に気を使って威厳はちょっと見せるくらいにしよう。
プリンセス・サーバンツはかなり大きな建物だ。一階のホールだけでも百人は入る。ちなみに二階は図書館。
「あ、姫様。御足労をおかけして申し訳ございませんでした。今、奥の応接室でホルンさんが対応中です」
受付嬢の一人が私を見るなり頭を下げて来た。
「何が起きてるのじゃ?」
「なんでも村の子供が木の実を取ろうと大木を揺さぶったら上から神が落ちて来たそうで、村に連れて来たところ気に入ったらしく住みたいと言い始めまして」
「住むには基本妾のしもべにならないといかぬからな。それで揉めているということじゃな。まぁ神なら妾のしもべなんかになりたくなかろう
「違います。生活費のために働きたい神に対して、できる仕事がないことでもめているみたいです」
そう言われて私は働き口の掲示板を見る。
村の警備、手紙配達、野菜の皮剥き、果物の仕分け、宿の従業員などなど。
言われてみたら神がやる仕事ではない。神の無駄遣いである。
とりあえず応接室に案内してもらった。
「姫様。お忙しい中、申し訳ございません」
私に気付き、頭を下げるホルン。そして向かいに座っていた金髪かつ青い瞳をした、いかにも神ですっていった女性が私に挨拶をした。
「あなたがこの村を守護をしているというミナエ姫。見たところ随分と変わった経歴の持ち主ね。はじめまして。神眼の神フルートよ」
「ウム。挨拶ご苦労様。ちなみに隣にいるのがオカリナじゃ」
「あ、絶望のオーラとか立ち振る舞いはしなくていいわ。私の前に見栄は無駄なのよ」
「貴様、神とはいえ姫様を侮辱するとは」
鎌に手をかけるオカリナに観念した私は、
「いいわオカリナ。私も紅い瞳を持つからわかるわ。で、フルート。あなた働きたいみたいだけど神として何ができるの?」
「空を飛んだり、雲の上で昼寝をしたり、あと神だから祀られることができるわね」
偉そうにふんぞりがえるフルート。
私はため息をついて、
「村のために何ができるのか聞いてるんだけど」
「何もできないわね」
「働かざる者食うべからず。欲しがりません勝つまではって書いてある村の掟の立札、村に入る時読まなかった?」
「どこかの戦時中みたいな掟ね」
「そんなわけで無職はこの村で住めないわよ」
「そこをなんとかお願いするわ。周りから役立たずの神ってこれ以上陰口叩かれたくないの。ただでさえ杖をなくしちゃって神眼しかスキル使えないんだから」
「神眼って何?」
「その名の通り、神の目よ。見ただけでその人の全てが見えるわ。例えば体内の小さな病気とか私に見えないものはないわ。ま、治せないから見るだけなんだけど」
だから私が転生してきたことや、絶望のオーラをわざと使っていることがすぐにわかったのか。
「じゃあそのスキルで働き口があるんだけど、それでいい?」
「え? 働き口あるの? 働く働く!」
こうして設立された病院には、診察として神フルートが。処方を薬師バスクラが請け負うことになった。
一週間後の昼下がり。私は紅茶を飲み終わった後、
「受付や助手も雇ったし、これはこれで病院は完成ね」
「さすが姫様。神をしもべにするとは」
「でもやっぱり欲がでるよね。温泉とか娯楽がほしいわ」
「姫様。修練をお忘れずに」
「わかってるってば。それにしても杖をなくすってドジな神様もいるもんだってあの時思っちゃったわ」
「そのことについてですが姫様。以前謎の杖を盗んで天変地異を引き起こして遊んでいませんでしたか? すぐに壊して捨てていたような」
「お、思い違いよ。私が窃盗なんてするわけないわ!」
「そうですよね。さぁ姫様。休憩が終わりました。早速「越後屋。お主も悪よのぉ」の演技の練習を再開しましょう」
こうして今日も、私の領地はわりと平和に過ごすのであった。