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-契- 現代陰陽師奇譚  作者: KUMANO
一章 安倍晴明と港町の伝説

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闇夜に響く声

 歩いているうちに陽は沈み、夜を迎えた。

 海が近いのか、波音が近づき潮風も強くなってきている。

 街灯もなく辺りは真っ暗になり、二人はスマホのライトで足元や前方を照らしながらも、ひたすら歩いていく。


「だいぶ暗くなってきて……、どことなく雰囲気が出てきたな」

「足元気をつけろよ。所々木の根っこがせり出てる」

「……お前こそ。(かかと)が高い靴履いてるんだから、足首くじくなよ」

「任せろ。俺は体幹にもそれなりの自信があるからな」

「はいはい……」


 周囲には家も無く、道路も通っていない。風に靡かれて揺れる木々の音と、遠くから聞こえてくる波音ばかりが、より一層不気味さを駆り立てていた。


 そんな時だった。


 ___……様……


 ふと晴朗(はるあき)の耳に、女性の声が聞こえた。

 背後を振り返る、だが誰もいない。


「気のせい……か?」


 晴朗は首を傾げながら、保憲(やすのり)に声をかけた。


「……? なぁ、今声が……」


 しかし、視線を戻しても彼の姿はどこにもない。

 前を歩いていたはずの保憲の姿が、忽然と消えていたのである。


 歩みを止め、しきりに周囲を見渡す。だがやはり、彼の姿はどこにもない。


「……保憲?」


 ざわざわと、風に揺られるたび擦れる木々の音が、今晴朗の置かれている状況の深刻さに拍車をかけている。


「……しまった……!」


 事の重大さを理解した晴朗は、手に持っていたスマホで連絡を取ろうと試みた。


 ___晴明(はるあき)様……


 すると再び、絹のようにか細い女性の声が、晴朗の耳に届く。

 視線をスマホから離し、顔を上げて目の前をみると、


 ___お待ち申し上げておりました……


 顔半分に大きなあざが刻まれた、時代にそぐわない。けれども美しい十二単をまとった女性が立っていた。


 陽は沈み、辺りは闇に包まれている。


 スマホの灯りがなければ数メートル先の視界すら確保が難しくなっている中、その女性の姿はなぜか鮮明に捉えることができている。それはその女性が、この世の者ではない、ということに他ならなかった。


「……!」


 晴朗は(きびす)を返すと全速力で走り出す。

 足は決して遅くない上、動きやすい服装をしている晴朗と、何着も重ね着をしている女性では、すぐに距離が空く。はずであった。


 ___お待ちくださいませ。お待ちくださいませ


 しかし女性の声は、まるで背中にピッタリと張り付いているかのように、すぐ後ろから聞こえてくる。

 それでも晴朗は振り返ることなく走り続けた。


「確かこの先に……!」


 晴朗は、晴明が身を隠したというお堂に辿り着いた。

 伝説ではこの中に晴明が身を隠しやり過ごしたとされていたが、防犯上の都合か、中に入ることは出来なかった。


 そこで晴朗は、お堂の近くにある小さな祠の裏に身を隠した。

 息を潜めながらもずっと手に持っていたスマホを開くと、メッセージアプリを起動した。

 すると逸れてしまった保憲から、数件のメッセージと不在着信が入っていた。


《どこ行った!?》

《大丈夫か!?》


 姫に見つからないよう、スマホ画面の明度を落としながら素早く返信していく。


《姫が来た》

《今お堂の近くに隠れてる》

《このまま岬まで行く》


 メッセージを送ると、すぐに既読がつく。


《一人で行ける?》

《行ける。むしろ一人じゃないと意味がない》

《だから岬で合流》

《分かった。気をつけて》


「……よし」


 返信が来たのを確認してから晴朗はスマホをしまい、代わりに人の形を(かたど)った小さな紙を取り出した。

 そして再び地面を蹴ると、勢いよく走り出した。


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