闇夜に響く声
歩いているうちに陽は沈み、夜を迎えた。
海が近いのか、波音が近づき潮風も強くなってきている。
街灯もなく辺りは真っ暗になり、二人はスマホのライトで足元や前方を照らしながらも、ひたすら歩いていく。
「だいぶ暗くなってきて……、どことなく雰囲気が出てきたな」
「足元気をつけろよ。所々木の根っこがせり出てる」
「……お前こそ。踵が高い靴履いてるんだから、足首くじくなよ」
「任せろ。俺は体幹にもそれなりの自信があるからな」
「はいはい……」
周囲には家も無く、道路も通っていない。風に靡かれて揺れる木々の音と、遠くから聞こえてくる波音ばかりが、より一層不気味さを駆り立てていた。
そんな時だった。
___……様……
ふと晴朗の耳に、女性の声が聞こえた。
背後を振り返る、だが誰もいない。
「気のせい……か?」
晴朗は首を傾げながら、保憲に声をかけた。
「……? なぁ、今声が……」
しかし、視線を戻しても彼の姿はどこにもない。
前を歩いていたはずの保憲の姿が、忽然と消えていたのである。
歩みを止め、しきりに周囲を見渡す。だがやはり、彼の姿はどこにもない。
「……保憲?」
ざわざわと、風に揺られるたび擦れる木々の音が、今晴朗の置かれている状況の深刻さに拍車をかけている。
「……しまった……!」
事の重大さを理解した晴朗は、手に持っていたスマホで連絡を取ろうと試みた。
___晴明様……
すると再び、絹のようにか細い女性の声が、晴朗の耳に届く。
視線をスマホから離し、顔を上げて目の前をみると、
___お待ち申し上げておりました……
顔半分に大きなあざが刻まれた、時代にそぐわない。けれども美しい十二単をまとった女性が立っていた。
陽は沈み、辺りは闇に包まれている。
スマホの灯りがなければ数メートル先の視界すら確保が難しくなっている中、その女性の姿はなぜか鮮明に捉えることができている。それはその女性が、この世の者ではない、ということに他ならなかった。
「……!」
晴朗は踵を返すと全速力で走り出す。
足は決して遅くない上、動きやすい服装をしている晴朗と、何着も重ね着をしている女性では、すぐに距離が空く。はずであった。
___お待ちくださいませ。お待ちくださいませ
しかし女性の声は、まるで背中にピッタリと張り付いているかのように、すぐ後ろから聞こえてくる。
それでも晴朗は振り返ることなく走り続けた。
「確かこの先に……!」
晴朗は、晴明が身を隠したというお堂に辿り着いた。
伝説ではこの中に晴明が身を隠しやり過ごしたとされていたが、防犯上の都合か、中に入ることは出来なかった。
そこで晴朗は、お堂の近くにある小さな祠の裏に身を隠した。
息を潜めながらもずっと手に持っていたスマホを開くと、メッセージアプリを起動した。
すると逸れてしまった保憲から、数件のメッセージと不在着信が入っていた。
《どこ行った!?》
《大丈夫か!?》
姫に見つからないよう、スマホ画面の明度を落としながら素早く返信していく。
《姫が来た》
《今お堂の近くに隠れてる》
《このまま岬まで行く》
メッセージを送ると、すぐに既読がつく。
《一人で行ける?》
《行ける。むしろ一人じゃないと意味がない》
《だから岬で合流》
《分かった。気をつけて》
「……よし」
返信が来たのを確認してから晴朗はスマホをしまい、代わりに人の形を象った小さな紙を取り出した。
そして再び地面を蹴ると、勢いよく走り出した。




