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-契- 現代陰陽師奇譚  作者: KUMANO
一章 安倍晴明と港町の伝説
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夢の足跡を辿って

車を走らせて3時間半。途中渋滞に捕まりながらも、お昼頃に目的地へと到着した。

 潮風が靡く港町。街中の至る所に海鮮を売りにした土産屋や食事処が建ち並んでいる。

 二人は、まず駅前近くの食堂で昼食をとっていた。

 食後のデザートのわらび餅を食べながら、保憲(やすのり)が持ってきたタブレットで地図アプリを開く。

 先日調べた伝説とゆかりのある土地の詳細を調べていると、目的地となるお寺の場所を晴朗が指差した。


「まずは……ここのお寺だな。敷地内に、(くだん)の姫の慰霊碑が建てられているらしい。そこに行こう」

「それにしても……、結構な距離逃げ回ってんな……。今日はどこまで回る?」


 地図アプリで場所を確認してみると、伝説において、晴明が姫から逃げた道のりはかなり広範囲に及んでおり、車を使用しても半日で全て回れるか怪しいところだった。


「ひとまず、伝説に沿って行けるところまで行ってみよう」


 食堂を出て車で10分。のどかな道路を走っていくと、その先にお寺はあった。

 駐車スペースに車を停めて境内に足を踏み入れると、入り口近くに慰霊碑が建てられていた。


「あった。慰霊碑!」

「転ぶなよ」


 見つけるなり駆け寄る晴朗と、歩きながら後を追う保憲。

 慰霊碑の奥にはお墓も並んでいるが、日中であることと、お寺の管理がしっかりと行き届いているからか、そういった雰囲気は全く感じられず、むしろとても居心地の良い場所だった。


 かつて晴明は、この地にあったという長座屋敷に滞在していたとのことだ。


 二人は慰霊碑の前に立ち手を合わせた後、しばらく周辺を散策していく。

 のどかな田舎町の中に建てられているからか、特に目立った箇所は見受けられない。偶然寺の住職が顔を見せてくれたので、挨拶がてら晴明の伝説について話を聞いてみた。


 確かに昔、この付近には大きなお屋敷があったようだが、そこに安倍晴明が本当に滞在していたのか、については正直「わからない」とのことだった。


「……どうだ? 何かわかったか?」

「……何もわからん」

「だろうな。……そろそろ行くぞ」

「……わかった」


 結局有益なヒントが得られなかった二人は、お寺を後にして次の目的地へと向かった。


 再び車で移動して、次にやってきたのは立派な仏像や五重塔がある寺院。

 先ほどのお寺とは違い、主要駅から近い場所にあるからか人も多く、賑やかで活気に溢れていた。

 二人は観光気分で、近くのお店で売っていた出来立ての今川焼きを食べながら周辺を散策していく。


今川焼きを購入する際、店員に同じような質問をしてみたものの、回答は先の住職とほとんど変わらなかった。


 二人はあつあつの今川焼きを頬張りながら、寺院を周辺をひたすらに歩いた。


「……ここは今川焼きか。でも俺はお……」

「不毛な論争が起こるからそれ以上の言及はやめろ」


 しばらく歩いていると、街角に『清明稲荷』と書かれた小さな祠を見つけた。

 二人は祠の目の前まで来ると、軽く手を合わせたのち、まじまじと祠を見つめた。


「……時々お前の名前って表記ブレしてるよな」

「似てるっちゃ似てるからな。でもこれだと……」

「……これだと?」

「……いや、なんでもない。次に行こう」


 晴朗は何かを言いかけたが、途中で口をつぐみ、先に行ってしまった。何を言いかけたのか、見当もつかない保憲は首を傾げながらも後を追った。


 古文書や説話集において『安倍晴明』という名前には、しばしば表記揺れが見られる。

 最も多いのがこの祠にも描かれているように『清』明だが、他にも安『陪』であったり安『部』と、実に様々である。


 寺院から車で約30分。再びのどかな道を走り、たどり着いたのが小さなお堂。

 陽が傾き始めた夕暮れが、お堂を橙色に染めている。付近の森では、烏が忙しなく鳴いている。


「……伝説の中で、姫は途中晴明を見失い、居場所が見つかるようこのお寺にこもって三日三晩祈ったという話だ。……だから最低でも四日に渡って逃げ続けたことになるな」

「……66歳で?」

「……66歳で」


 二人の間にしばらくの沈黙が流れた。

 保憲は思うところがあるのか、眉間を片手で抑えて、険しい顔のまま考え込んでいる。一方晴朗は腕を組んで「何か文句でもあるのか」と言いたげに、じとっとした視線で、考え込んでいる保憲を見つめている。

 頭上ではそんな二人を嘲笑うかのように、烏たちが鳴いている。


「……やっぱ無理……じゃないか?」


 ここまでたどった道のりを思い出し、保憲の中で沸々と募っていた考えが、ついに吐露された。


話を聞いてみても本当かどうかは「わからない」であったり、分かりやすく足跡が残されていたものといえば『清明稲荷』のみ、しかもその清明も、表記揺れを起こしてしまっている。


 あまりにも晴明の存在感が薄いのだ。


「……まだ分かんないだろ」


 それも当の本人は諦めていない様子だった。


「無理だって!  どんだけ自分の体力過信してんだ!」

「こちとら死ぬギリギリまで道長と道長の娘彰子(しょうし)のために身体張ったんだ! 俺の底なしの体力を舐めるなよ!」

「だから威張るな! というか姫が三日三晩祈ってる間にさっさと逃げろよ! その間何やってたんだ!」

「それを確認するためにきたんだろうが! お前こそ一々野暮なツッコミ入れんな!」


 お互いひとしきり声を荒げた後、同時に一度深呼吸をして気持ちを落ち着かせた。


「……どうする? そろそろ日が暮れる。一旦ホテルに帰るか?」

「いや、あとは姫が身投げしたという岬に行くだけだ。探索は今日で終わらせて、明日はゆっくり観光して海鮮食べたい」

「……だな。じゃあ行くか」


 二人はそのまま歩いて、最後に晴明が身を隠したと言われている場所を目指した。


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