陰陽師なのに?
「奥さんのご友人は部屋を借りる時、管理会社からこのことを聞かなかったのですか?」
「そうだ、事故物件の場合は、管理会社から必ず事前に告知をする義務があったはずだ」
「話を聞いたのはその友人ではなく……、友人の彼氏だそうだ」
「彼氏? 同棲だったのか」
「結婚を前提にした付き合いで、今回同棲しようという流れになったらしいんだが……彼氏側が、『家賃が安いから』といった理由で、事故物件であることは話さずに提案。その友人は知らずのまま内覧して、雰囲気だけは良かったからと、そのまま契約してしまったそうだ」
「彼氏カスだな」
「全くもって同意見だ」
事の顛末を聞き終えると、晴朗は彼氏側の自分勝手な行動をバッサリと切り捨て、実資もそれに深く同意した。
「……それで、その友人は彼氏に問い詰めたそうなんだが、彼氏がそういった霊的現象を全く信じない性格らしくてな、『気のせいだ』の一点張りだそうで……」
「信頼している相手に信じてもらえないのは辛いよなぁ」
「挙句、なぜか彼氏の母親が出しゃばってきて、『お前は頭がおかしい』と逆に非難された……、と」
「彼氏クソだな」
「全くもって同意見だ」
更に彼氏側の問題点を指摘すると、晴朗が再び切り捨て、実資もまた深く同意した。
晴朗の隣では、保憲が「なんでそこで母親が出てくるんだ……?」と困惑していた。
「それでその友人が妻に相談して、妻から俺にきた」
「なるほど……」
「晴朗、お前はどう考える」
「さっさと別れて引越した方がいい」
「俺と同意見で助かる」
意見を募られ、晴朗は考える必要も無いとばかりに即座にハッキリと言い切ると、保憲が「結論早いな……」と苦笑いを漏らした。
「本当に幽霊がいるのかどうかはともかく、少なくとも他人を騙した上、意見すらろくに聞き入れない奴の人間性なんてたかが知れてるだろ。必要以上に干渉してくる身内がいるなら尚更だ」
「お前の意見はごもっともだが……」
ズバズバと正論を貫く晴朗とは対照的に、保憲は少し考えた後、
「奥さんのご友人は、今後どうしたいと考えているのですか?」
と、まずはその友人の希望を伺った。
「場所は悪くないから、お祓いでもなんでもして、どうにか住めるような状態にしたい。……だそうだ」
「そうきたか……ん?」
晴朗は少しばかり面倒くさそうに表情を曇らせたが、すぐにある違和感に気づいた。
「まさかお前、俺たちに相談してきたのって……」
そして、実資がわざわざ自分たちに相談を持ってきた真意を本人に聞くと、
「お前は話が早くて本当に助かる」
実資はそう言って得意げに笑った。
「無理だっつの!」
「なぜ。部室棟の時にはドヤ顔説教しながらもやっていただろう」
「あれは一時的なものだって言っただろう! 俺たちはあくまで『いる』か『いないか』の判断をすることだけ! お祓いなんてものはやらんし出来ん!」
「陰陽師なのに?」
「陰陽師はただの占い師! 死者と関わることだって本来はNG!」
晴朗は「お前知ってて聞いてるだろう!」とプンプン怒りながら、わざとらしく聞いてくる実資に対して声を荒げた。
「神社か寺か、在野の自称霊媒師にでも相談すればいいだろうが」
「すでに一度やったが失敗されたそうだ」
「失敗?」
怒りを鎮めようと、貰った抹茶チョコの包みを開けながらお祓いを代行してくれる場所や人を提案すると、実資はため息まじりに話した。
「彼氏には秘密で、SNSではそこそこ有名な『自称陰陽師』を名乗っていた男に依頼をしたらしい」
「出た出た『自称陰陽師』」
晴朗は「もう聞き飽きた」とばかりに、げんなりとした表情のまま抹茶チョコを口に入れた。
「その陰陽師がそれっぽいお祓いをやって、『これでもう大丈夫だ』と言ってくれたのだが……」
「全く良くならないと」
「むしろ悪化しているらしい」
「何やったんだよ……」
『自称陰陽師』による非常におざなりな対応に、保憲は眉を顰め、晴朗はただ呆れていた。
「とにかく、見るだけでも見てやってほしい」
「だから、何度も言わせ……」
「待て、晴朗」
実資の依頼に、晴朗は断固として断ろうとした。だが保憲がそれを制した。
「なんだよ。まさか受ける気じゃ……」
「これ、見てみろ」
保憲が指さしたのは、机の上に置かれていた実資のスマホの画面だった。
「ん? ……!」
画面には先ほど見た事故物件検索サイトが表示されたままになっている。そしてその友人が住んでいる家の所在地が、『渋谷』と、表示されていた。
「……」
「どうした、受けてくれるのか?」
途端に真面目な表情のまま、画面を見つめている晴朗に、実資が再度問いかけると、
「……超有名茶菓子ブランドの抹茶スイーツ詰め合わせと桃のタルトワンホール」
「いいだろう」
晴朗はそれぞれに報酬を支払わせることを提案した。実資が即答で承諾すると
「よし、見るだけな」
それぞれの予定をすり合わせ、週末の休日に、早速3人で渋谷へ行くことを決め、実資は部屋を出て行った。
「最近、やけに『自称陰陽師』を多く見かけるな……」
再び二人だけになった研究室。ふと、保憲が不満をポツリと漏らした。
「……別に、名乗る分には好きにすればいいんじゃないか? と、俺は思うけどな」
対して晴朗は、「あくまで自己責任でな」と付け加えながら、再び抹茶チョコを口に放り入れた。
「けれど……、陰陽師の姿が、歪曲された解釈のまま広まるのは……。あまり、いい気はしない」
「だったらお前が動画配信でもなんでもやって、『陰陽師』の本当の姿はこうだったと、主張すればいい」
陰陽師本来の職掌は占いや天文の観測、暦の作成である。少なくとも江戸時代まではそういう認識だった。だが明治政府の政策によって陰陽寮が廃止されて以降、陰陽師の姿を正しく伝える人々がいなくなってしまった。
いつの間にか陰陽師の姿が、自分の知るものとは全く異なった姿のまま流布されている状態を、保憲は嘆いていた。すると晴朗は、嘆いている暇があるのなら行動に移せと提案した。
「お前ならそこそこ数字取れると思うぞ。お前はそこいらのモデルとも見劣りしないし、何より、教えるのが誰よりも上手いからな」
そんな晴朗の提案に対して、そこまでする度胸は持ち合わせていないのか。保憲は口を閉ざして俯いた。
「『自称陰陽師』なんて、元を辿れば平安の頃からいたんだ。それに俺たちのような、朝廷に与していた陰陽師だって、その時代に合わせて在り方を少しづつ変えていった。結果今の時代に必要な『陰陽師』の姿が、ゴーストバスターのような立ち位置だった。……それだけだろ」
「……」
「あまり深く考えるな。俺たちはもうただの一般人、ほっとけほっとけ。それよりも今は……」
晴朗は反論もせず、難しい表情のまま俯き続けている保憲を尻目に、自らのスマホで検索し直した事故物件検索サイトの、件の部屋とその間取り図。そして『渋谷』という二文字をじっと、恨めしそうに見つめた。
以下、どうでもいい登場人物の個人情報
晴朗の好きなもの
抹茶/お茶/粒あん/運動/登山/花
苦手なもの
騒がしい場所/球技全般/火
保憲の好きなもの
カフェラテ/桃/図書館/神社仏閣/家族/こしあん
苦手なもの
長距離走/粒あん/人口密度が高い場所/水の中(泳げない訳ではない)




