明日バレンタインだし!
二月十三日 丁未
「……____よし、じゃあ今日はここまでにしておくか」
「ありがとうございます!」
京都旅行を無事に終えて、神奈川に帰ってきた3人は、普段の日常へと戻っていた。
保憲は大学の講義を終えた後、家庭教師のバイトで、ある男子中学生の家を訪れていた。
「どういたしまして、学年末テスト頑張ろうな」
「うん!」
この男子中学生は、来年度に高校受験を控えている。だからかいつも以上に保憲の話を熱心に聞き入り、直近の定期テストにも良い成績を残せるよう前向きに励んでいた。
「今日もありがとうございますぅ〜!」
「いえいえ」
今日の分の勉強を終えて、さぁ帰ろうと玄関で靴に履き替えていると、まるでこれから出かけるのか。とでも言いたげに身なりを整えた母親が見送りにやって来た。
「どうです? うちの息子クンは?」
「えぇ、とっても熱心に取り組んでくれ……」
「ウチの息子クンちょっとおバカちゃんで落ち着きのないところがあるでしょう? だからちゃんと聞いているか心配で〜」
「……そちらは全く問題ありませんよ。真面目で……」
「私がいっつも『ちゃんと勉強しなさい!』って言わないとやらないんですもの。だから貴方が来てくれてるの、本当に助かっちゃう」
この母親、保憲のセリフを全て聞き終える前に、自分のセリフを被せるようにして、ほぼ一方的に早口で捲し立ててくる。それは今回だけでなくいつもそうで、保憲は表情こそは笑顔を浮かべて愛想よくしているものの、どこかモヤモヤとした気持ちを抱えていた。
「そ、そうですか……。でも、私が毎回課している宿題もちゃんとやって……」
「ほら、ちゃんとお礼言ったの。アンタぜんっぜんお礼言わないんだから、こういう時くらい言いなさい」
男子中学生は母親に促されても、無表情のまましれっとしており、まるで聞き入れる気がない。
先ほどの無邪気な笑顔はどこにもなかった。
「大丈夫ですよ。しっかりしてい……」
「もぉ〜この子は本当に言うこと聞かないんだから〜。すいませんねぇ〜」
「……」
保憲は覚えていた。男子中学生が、自室ではしっかりとお礼が言えていたことを。
母親の発言にどうにも違和感を拭いきれず、居心地の悪ささえも覚えた保憲は、
「……では、私はこれで……」
その家を後にしようと玄関のドアノブに手をかけた。
「あぁちょっと待って!」
「?」
しかしドアを開けたところで母親に引き止められた。
「はいこれ、いつも息子クンを見てくれているお礼!」
そう言って母親が取り出したのは、綺麗にラッピングされた、洋菓子店では有名なブランドのチョコレートだった。
「そんな……こんなに良いの、受け取れません。お気持ちだけで……」
「いいからいいから! 明日バレンタインだし!」
「そういう問題じゃなくて……」
「これからもウチの息子クンをお願いね!」
「……」
保憲はなんとか引き下がってもらおうとしたが、母親によって半ば強引に手渡され、返す暇もないまま母親はリビングへと引っ込んで行った。
結局保憲はチョコレートが入った紙袋を持ち帰り、帰宅してから中身を取り出した。
「……あっま」
一つづつ、丁寧に包装されているチョコを開けて口の中に入れると、なんとも上品で滑らかな甘さが広がった。




