失せろ
天暦6年(952年) 1月
年が明けて早々、俺は陰陽寮の周りをコソコソと嗅ぎ回っていた。
大人しく保憲と忠行様に頭を下げればいいものを、この時はまだ、素直になれずしょうもない見栄が邪魔をしていて……、二人以外の陰陽師にコッソリ弟子入りしようと考えていた。
「とはいえ……、賀茂家以外の人間なんて知らないしなぁ……」
かなり前に保遠が、天文博士の存在と名前を教えてくれていたのに、この時の俺はスッカリ忘れていた。
どうしようか悩んだ末、俺は追儺式の時、保憲の隣にいた男……。
漏刻博士、秦具瞻に目をつけた。
まるで仙人のように、ご立派に伸びた白い髭。無駄に厳格そうなお顔立ち。いかにも熟練者といった風格を放っているこの男なら、きっと質の高い教えを受けられるだろうと考えた。
だが……、俺の予想は大きく外れてしまった。
「……ふん、そうして、我が家が代々培ってきた知識を代わりに得てこいと、忠行保憲親子に唆されたか」
「は……?」
俺は秦の家に行って門戸を叩き、ストレートに「弟子にしてください」と頭を下げた。すると秦は「其方は確か……」と小声で呟いたかと思えば、次に出てきたセリフがこれだった。
確かにアポなしの訪問は現代でも嫌われるが……。
それにしても言っている意味がわからなかった。俺の顔を認識していたこともそうだが、まるで保憲と忠行様は、とんでもない節操無しの卑怯者である。みたいな言い草だった。
俺は戸惑いながらも、
「そのようなことは決して……」
と、なんとか話を聞いてもらおうとしたのだが……。
「目障りだ。失せろ」
門前払いを喰らってしまった。
ろくに話をする暇すら与えてもらえず、固く閉じられた門の前で、俺はしばらく呆然としてしまった。
◇◇◇◇◇◇
「仲悪かったのかよ……」
当てもなくトボトボと歩いた末、俺は一条戻橋の近くに腰を下ろして途方に暮れた。
あの時保憲と会話をしていたのは、仲が良かったからではなく、あくまでただの仕事として、社交辞令としてだったんだ。
まんまと騙されてしまった。……いや、騙されたのではなく、ちょっと考えれば分かることなのに。察する能力、そして俺の視野が著しく落ちている証拠でもあった。
「周囲の意見に耳を傾けず……、強引に自我を通そうとした報いだな……」
すでに陽は暮れて、辺りは闇に包まれようとしている。
夜の平安京は、鬼という名の野盗どもが徘徊する危険な時間帯だ。取っ組み合いには負けない自信を持っている俺でも、視界が確保できない中で複数を相手となると流石に危険が伴う。
「……振り出しか……」
俺は橋の下に流れている川の水で顔を洗って、一度頭を冷やしてから大内裏に戻った。
「さて……どうするか……」
俺は再び陰陽寮の近くまでやって来た。
今日は保憲も忠行様も、夜は引っ越しをする貴族のために儀式を行うから陰陽寮にも家にもいない。
「漏刻博士は駄目、陰陽博士は忠行様だし、暦博士は保憲、あとは……、天文博士……?」
この時に初めて俺は、天文博士の存在を思い出した。
「名前なんだったか……? 前に保遠が教えてくれたような……?」
だが当時は適当に聞き流していたため、名前までは思い出せなかった。
「う〜〜〜ん……」
俺は腕を組みながら空を見上げた。
雲一つない夜空には、いつものように星々が瞬いている。
「……ん?」
だがこの時は、空から何かが降って来ていた。
それは段々と俺に近づいてきて……。
「うぉ!?」
俺が立っていた場所に落ちてきた。
すんでのところで避けたが、あともう少し反応が遅かったら脳天に直撃する所だった。
「あっぶねぇ……。なんだこれ……?」
最初は星でも落ちて来たのかと思ったが、硬い地面に落ちてバラバラになったそれをよく見てみると、どうにも星には見えなかった。
「これは……」
「あれ、誰かいる〜?」
部品の一部一部に既視感を覚えた時、頭上から今度は人の声が降ってきた。
「お〜い、誰かいる〜? いるなら悪いんだけど、落ちて来たやつ持ってきてくれる〜?」
「は……?」
落としたのなら責任持って自分で取りに来いよ。
……と、一瞬思ったが、声は陰陽寮の中、天文台から聞こえてきている。
これはもしかしたら、神様が与えてくれた、またとないチャンスかもしれない。
俺は急いで部品を拾い集めると、陰陽寮内の天文台を駆け上がった。




