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-契- 現代陰陽師奇譚  作者: KUMANO
断章 運命の出会い《平安時代編》 

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ハンセイシテマース

 天慶5年(942年) 


 21歳になったこの年、俺はようやく大舎人(おおとねり)になることができた。

 6年という準備期間が功を奏したのか、選抜試験には余裕で合格した。


 やっと、やっと一歩前進できた。

 

 大舎人(おおとねり)は政権の中枢(ちゅうすう)でもあり、帝の居住区でもある内裏(だいり)で仕事ができる。(とは言っても昇殿(しょうでん)はできないので、正確には内裏(だいり)の外だが。)

 

 当時の内裏は、現代のような頑丈で屈強なセキュリティは無く、不審者や野生動物の不法侵入が往々にして発生していた。その度にやんごとないお方々は右往左往し『不幸の前兆』を疑い、最終的に陰陽師の占いに頼る。ここまでが当時のデフォルト。


 そんな不法侵入を未然に防ぐことができれば、自ずと周囲から注目を集める。注目されれば名前と顔を覚えてもらえる。顔と名前さえ覚えてもらえれば、もしかしたら気前の良い貴族の目に留まるかもしれない。優遇だってしてもらえるかもしれない。

 

 そうすれば、次に目指すべき事務官僚である、大舎人属(おおとねりのさかん)への昇進だって視野に入るかもしれない。


 ……なんて、そんな都合よく事が運ぶ訳無いのに、俺は大舎人(おおとねり)になれたことがよほど嬉しかったのか。その時は大いに浮かれていた。


 そして、すぐに厳しい現実を目の当たりにし、俺はまたその場で足踏みをすることになる。


 

 大舎人は昼勤(ちゅうきん)の他、交代で宿直(とのい)……、つまり夜勤をして24時間体制で内裏を警護する。

 

 俺の想像していた通り、犬や鹿、鳥といった動物の不法侵入はしょっちゅう発生した。

 動物ごときの侵入がなんだと思うかもしれないが、もうご存知の通り、当時は『通常とは違う突発的な出来事』は、全て不幸の前兆とみなされる。


 後に俺が陰陽師になって、一番多かった占いの内容が「動物」に関連した事柄のように思える。


 ちなみに、その中で俺が特に「知らねぇよ」と、正直思った依頼内容が、


『寝床に鼠が侵入し、私物を(かじ)られてしまった。これは一体どんな不幸の前兆か?』


 だ。当時の陰陽師はそんな些細な内容でも、やんごとないお方のためなら、例え陽が昇る前であろうと叩き起こされ、出向かわなくてはならない。


 話が逸れてしまったが、つまりは動物が侵入しただけでも、やんごとないお方々は必要以上に大騒ぎをする。だから俺は俺の視界に入る限り、侵入を試みようとした者は例え動物であろうと即座に捕まえて、やんごとないお方が言う不幸の前兆を未然に防いでいた。


 だが、やんごとないお方々は、一介の下級官人が動物を捕まえたところで、見向きもしなかった。


 そりゃそうだ。彼らにとって重要なのは、己のステータスのみ。


 例え通常と異なる事柄に遭遇しても、官人陰陽師を雇い、占わせ、占った結果に沿った行動をとる。自分たちには一連を実行する財力と、時間が豊富にある。貴族としてのステータス、つまり余裕を周囲に見せつけたいだけ。


 それに付き合わされる陰陽師(俺たち)は、彼らが演じる舞台上の道具でしか無いわけだ。

 陰陽師より地位が低い大舎人(おおとねり)なんて、舞台に上がることさえも許されない。


 俺はそんな虚しくて厳しい現実を、身を持って味わされた。



 ◇◇◇◇◇◇

 

 

「おかえり、晴明(はるあき)


 大舎人に昇進してしばらく経ったある日、俺は勤務を終えて、徒歩(かち)で賀茂邸に帰ってきた。

 貴族は本来、牛車(ぎっしゃ)で行き来をするものだが、賀茂邸に牛車は一台しかない上、勤務時間が異なる忠行様や保憲、保遠と一緒に出仕するのは難しい。

 ……加えて、この時の俺は、捻くれを大いに拗らせていたのもあって、賀茂一家と行動を共にするのを極力控えていた。


「ただいま帰りました……ん?」

 

 帰宅すると、俺の前に小さな童子が一人、行く道を阻むように立ちはだかった。


「……光栄(みつよし)か。何の用だ」


 保憲によく似た顔立ちをしている、この時3歳の光栄(みつよし)は、どうにも俺の存在が気に入らなかったらしく、こうしてことある毎に俺の前に立ちはだかっては精一杯睨みつけてくる。


「そこに立たれると通行の邪魔になるだろうが、さっさと退け」


 俺がしっしと手で払いながら、光栄(みつよし)の横を通り過ぎて行こうとしたら、

 

「い゛っ! って……」


 思い切り(すね)を蹴られた。

 このクソガキは、後に『弁慶の泣き所』と呼ばれるようになるほど、強打すると激痛が走る場所をピンポイントで蹴り上げてくる。


「……小僧……!」

 

 あまりの痛みに蹲る俺のすぐ隣で、悪い奴を懲らしめてやったとばかりに、自慢げな表情でふんぞり返っている表情があまりにも憎らしくて、逃げようとした光栄(クソガキ)の首根っこを掴んで持ち上げた。


「……離してください」

「ちゃんと『ごめんなさい』が出来たらなぁ」

「……ハンセイシテマース」

「……躾がなってねぇな。おい、お前のお父上はどこだ」

「妹のところです」

「……」


 一体日頃からどんな教育を受けていたらこんな悪ガキに育つのか。親の顔が見てみたいところ。だがその親は、最近生まれた第二子である娘の様子を見に行っていて不在だった。


 祖父である忠行様が「光栄(みつよし)、ごめんなさいは?」と咎めるも、光栄(みつよし)はどうにかして俺の手から逃れようとジタバタしている。

 

 そんな姿が滑稽で、宙ぶらりんの状態で抵抗ができない哀れな小僧にちょっとした仕返しをと、腹やら腋やらをツンツンと突いていたら、反撃の蹴りが飛んでくるも、まだ成長段階の短い足では届くはずもなかった。


 そんな18歳年下の生意気小僧と大人気ない喧嘩を繰り広げていると、父親の保憲が牛車に乗ってかえってきた。

 

「父上!」


 保憲の姿が見えると、ずっと不機嫌そうに頬を膨らませていた光栄の顔がパッと明るくなった。

 

「ただいま光栄、……と、晴明か。何やってんだ?」

「……お前のご子息に暴力を振るわれたんでな。こうして代わりに躾けてやってるところだ」

「それは……悪かった」


 ようやく光栄を離してやると、光栄は一目散に保憲の元へ駆けて行った。


「光栄、ダメだって言ってるだろ」

「父上! 妹は元気でしたか?」

「ああ。とても元気だったよ」

「私も会いに行きたいです!」

「そうだな、また今度な」


 ……叱るならもっとしっかり叱れ。

 お前が下手に甘やかすから、光栄が調子に乗るんだ。


 俺だったらもっとちゃんと……。


 そこまで考えて、俺はまた、腹の中から沸々と負の感情が湧き出てくるのを自覚した。


 昨年、保憲は暦生(れきしょう)の身分でありながら、暦博士だった大春日弘範(おおかすがのひろのり)と共に、帝から造暦宣旨(ぞうれきせんじ)(たまわ)った。そして見事その責務を全うすることに成功していた。


 この功績が評価されて、早くても来年には学生(がくしょう)から得業生(とくごうしょう)に上がれるだろうと、保憲は忠行様と共に大いに喜んでいた。


 仕事も順調にこなし、子宝にも恵まれて、共に喜びを分かち合える家族がいる。

 何も無い俺とは違って。


 羨ましい。

 羨ましい。

 妬ましい。


 俺は腹の底で混ざり合い、湧き上がってくる毒を、なんとか唇を噛み締めることで堪えた。

 そして朗らかに笑い合っている3人をこれ以上視界に入れないよう、静かにその場を立ち去った。

 


以下どうでもいい平安時代のめんどくさいあれやこれ

道長くんの子分でお馴染み(?)藤原行成(ふじわらのゆきなり)の日記「権記(ごんき)」にて。

長保2年(1000年)8月19日

卯の刻(午前5時〜7時ごろ)、内裏の宿所(しゅくしょ)(内裏内に与えられていた行成専用の控室)にて、ネズミが行成の私物を齧っている所を行成本人が目撃しました。


行成は即座に晴明を呼びつけて占いをさせ、結果は「口舌(くぜち)(口喧嘩)」もしくは「病事(何らかの病気に罹患すること)」といった凶事の予兆でした。

現代の感覚だったら「ネズミに私物を齧られた。萎えるわ〜、ネズミ取り買いに行こ」で終わる些細な問題ですが、当時はあくまで怪異であり、不幸の前兆でした。

ちなみにこの時晴明は80歳。ネズミに私物を齧られたくらいで朝5時に叩き起こされるなんて、たまったもんじゃないっスね。


また、実資も自宅に保管していた経典がネズミに齧られた際は、晴明の息子である吉平を呼びつけて占いをさせています。そして占い結果は晴明同様、「口舌(くぜち)」もしくは「病事」でした。さすが親子。


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