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-契- 現代陰陽師奇譚  作者: KUMANO
断章 運命の出会い《平安時代編》 

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151/169

俺は安倍家の人間だ!

 承平6年(936年) 3月


 

 15歳を迎えたこの年、俺も無事に元服を迎えることができた。

 忠行様も、保憲も、大いに喜んでくれた。

 

 このまま晴れやかな空気のまま過ごせば良かったものを……。この時、俺はくだらない意地を張って、保憲と(いさか)いを引き起こしてしまった。


大舎人寮(おおとねりりょう)に行きたい?」

「はい」


 この二人は、俺が陰陽寮にくると、信じて疑わなかったのだろう。

 

 俺の決心に対して、二人は呆気に取られた様子で俺を見ていた。

 

「な、なんでだ!? ここまで一緒にやってきたじゃないか! なんだって大舎人寮(おおとねりりょう)に……」


 そりゃそうだ。これまで勉強してきたことの多くは、天文や暦に関することばかり。忠行様だって、もしかしたら保憲の時のように、ある程度の根回しをしてくださっていたのかもしれない。俺の決断は、それを反故(ほご)にしているようなものだ。

 

「父上と……同じ道に進みたいからだ」

益材(ますき)と……?」

「はい。父上は大舎人(おおとねり)に所属し、大膳大夫(だいぜんのだいぶ)まで進みました。であれば私も……、子として、父と同じ道を進むのは当然でしょう」

「まぁ、確かに、お前の言うとおりではあるが……」

 

 けれども理由を話すと、忠行様は一応理解を示してくれたのか、口をつぐんだ。

 

「俺は反対だ! なんのためにここまで一緒に勉強してきたと思っているんだ! 陰陽寮に入れば父上の顔が効くし、俺だっている!」


 保憲の言ってることは何も間違ってはいない。

 

 当時は家柄が最重要視される。


 身寄りがいない俺にとって、ただでさえ定員数が陰陽寮の倍以上ある大舎人寮に行ったところで、父上と同じような道を辿るには、父上と同じくらい……、いや、それ以上の努力が必要になる。


「俺は安倍家の人間だ! 賀茂家の人間じゃない!」


 けれどもこの時の俺は、そんなことを考える余裕も、利口さも持ち合わせていなかった。

 

「賀茂家の人間になれと言ってるんじゃない! 後ろ盾がないと出世は難しいから父上を頼れと言ってるんだ!」


 この時素直に従っていれば……、もしかしたら、もっとより良い未来があったかもしれないと、今でも考えることがある。


「俺だって安倍益材(あべのますき)の子だ! 何もないわけじゃ……!」


 当時、俺の心を支配していた感情は、若さゆえに出てくる根拠のない自信と、砂でできた塔のように高く、脆いプライド。

 

「こんな時に意地を張ってどうする! 益材(ますき)様はもうこの世にはいない!」

 

 母は物心ついた頃にはすでにおらず、たった一晩で父親と住む家を失い、天涯孤独の身になった俺の心を、脆いプライドと共に握り潰されたような。そんな衝撃が走った。

 

「保憲!」


 忠行に咎められ、アイツは「しまった」と言ったような、気まずそうな表情になった。


「あっ……、晴……明……」


 父上は死んだ。それは痛いほどよく分かっている。分かっているはずなのに、どこか認めたくなかった自分もいて。

 

 対して、大した苦労もせず、俺が喉から手が出るほど渇望(かつぼう)しても得られないものを、当たり前のように享受(きょうじゅ)できているアイツから、よりにもよって核心を突かれたのが許せなくて、耐えられなくて、


「……家も、親も……、兄弟も……、何もかも持っているお前に……! 全てを失った俺の気持ちが分かるか!」

 

 俺は逃げるように、走って賀茂邸を出て行った。


 


 ◇◇◇◇◇◇


 

 

「……」


 勢いで出てきた俺が辿り着いたのは、土御門大路の一角。


 火事で家が焼け落ちた後、誰一人として手を加えていないのか、土地は野草だらけになっていた。わずかに残っている焦げた木材には苔がむし、10年ほど前までは、ここに立派とは言えずとも家が建っていたなんて、もう誰も思わないだろう。


 いかに時間の流れというのが残酷なのか。というのをまざまざと見せつけられた。


 俺は伸び切った雑草をかき分けて中に入った。

 朧げになっている記憶を頼りに、俺は父上がいたであろう場所を探した。


「……父上……」


 父上の寝床だった場所であり、父上が最後の力を振り絞って、俺を外へ逃がしてくれた場所。そこは現在でも雑草は生えておらず、硬くて乾いた地面が剥き出しになっていた。


 父上の(むくろ)は、あのあと忠行様が鳥辺野(とりべの)まで運んで(とむら)ってくれたらしい。

 

 当時は皇族や一部の上級貴族は火葬して、立派な墓標が建てられるが、それ以下の中級、下級貴族の多くは土葬。庶民に至っては風葬が当たり前だった。更には死によって発生すると信じられていた『(けが)れ』の概念から、定期的な墓参りといった習慣もなく、一度弔ったらそれで終わりだ。


 だから俺は、父上の骸がどこに弔われたのかは分からない。


「……」


 あの夜のことを思い出して、勝手に目から涙が溢れてくる。

 

 あまりにも情けなくて、誰かが見ているわけでもないのに、隠れるようにその場にうずくまって、声を押し殺して泣いた。


「晴明……帰ろう……」


 しばらくその場でメソメソとしていたら、忠行様が探しにきてくれて、あやすように背中を摩ってくれた。


『強く生きなさい』

 

 父上は最期にそう言った。

 なのに俺はいつまで経っても……情けなくて、弱かった。

 

「晴明、さっきは……その……」


 忠行様と賀茂邸に帰ってきたら、保憲が気まずそうな顔をして待っていた。

 俺は何かを言おうとしている保憲の隣を、顔を見ずに通り過ぎた。

 弱くて、情けない自分を見られるのが嫌で。


「……もう、いい」


 以降、俺と保憲は実に15年近くにわたって、どこか一線を引いたような、微妙な距離感を保った関係が続いた。


鳥辺野(とりべの)=平安京からみて東にある、当時の三大風葬地の一つ。他「西の化野(あだしの)」と「北の蓮台野(れんだいの)」があった。


平安時代の死生観についてはep.132をご参照あれ!

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