特別なヒーリング
「……では皆様、大変長らくお待たせいたしました。続いて奈夜郎による、ヒーリングを行いたいと思います」
円奈がそう言うと、妙奈が会場にいる参加者へ一人ずつ、親指の爪と同じくらいの小さな石を配り始めた。
「今皆様にお配りした石は、奈夜郎が厳選したパワーストーンの中のパワーストーンです」
「……これは……なるほど……」
晴朗は紫色に、保憲は赤く輝く石を渡された。
晴朗はその石を右手の親指と人差し指で軽くつまむと、じっと見つめたり、天井の照明に当てたりと、じっくりと観察している。
保憲は配られた石にはあまり興味がないのか、軽く流し見ただけで、円奈からの次の指示を静かに待っていた。
「これから奈夜郎が、石に更なる力を込めるオマジナイを致します。皆様はその石を両手で優しく包み、目を閉じてそのままお待ちください 」
二人と、先ほど彼らをインチキだと決めつけていた少年を含めた参加者全員が、円奈の指示の通りに石を両手で包んでから、ゆっくりと目を閉じた。
しばらく間をあけて、場所を移動したのか、ずっと正面から聞こえていた円奈の声が右側から聞こえてきた。
「では、始めさせていただきます……」
再び奈夜郎が呪文を唱え始めた。
聞こえてくる呪文は、「なやろう」ではなく、別の呪文だった。
更には正面にいるだろう奈夜郎の声だけでなく、円奈と妙奈の声が左右からも聞こえてくる。
まるでお寺でよく聞く読経のような呪文が、室内に響いた。
「……はい皆様、お疲れ様でございました。もう目を開けて大丈夫ですよ」
5分も経たないうちに呪文は終えて、やり切ったような円奈の声が聞こえた。
目を開くと、やはり円奈は場所を移動していたようで、妙奈に車椅子を引いてもらいながら、所定の位置へ戻っていた。
「いかがでしたか? 分かる方は、石が熱を持ち始めていくのが伝わったかと思います。それは石と、奈夜郎の力が共鳴している証なのです」
参加者の中には、その感覚が伝わってきたのか、そわそわとしている人がちらほらと確認できた。
「今回はあくまでお試しなので、いつもよりかは共鳴する力が弱いのですが……、会員限定で、定期的に行っているサロンではより深く、じっくりと、石と向き合い、奈夜郎の力を感じ取る特別なヒーリングを行っておりますので、ぜひとも入会をご検討くださいませ。なお今お配りした石はそのままお持ち帰りいただいて結構です!」
「……そういう手口か」
晴朗の中で、なぜ忠行のゼミ生の様子がおかしくなったのか。その原因を突き止めたのか、石を片手でぎゅっと握りしめながら円奈を睨んだ。
「……では、少々時間をおしてしまいましたが、本日は以上となります。会員の入会方法や石についてなど、別途で話を聞きたいという方がいらっしゃいましたら、どうぞ遠慮なくお聞きください! また、弊社では定期的に新商品のお知らせやコラムの配信を有料ではございますが行っております! こちらも宜しければ是非とも!」
セミナーが終わると、参加者たちはこぞって円奈や妙奈の周りに集まってサロン会員についての詳細を聞いたり、奈夜郎を前に興奮した様子で話しかけたりしている。
そんな中、先ほどの少年は、まだ納得していなさそうに、悔しそうな表情のまま足早に会場を出ていってしまった。
賑やかな会場内。椅子に座ったままの晴朗と保憲は、一度互いの顔を見合わせると、保憲が突然両手で頭を抱えて再び項垂れた。そんな彼の背中を、晴朗が軽く摩る。
「……大丈夫か?」
「……アタマイタイ」
保憲の喋り方が少々演技がかったものではあったが、そんな二人が目についたのか、奈夜郎が二人に気付き歩み寄ってきたのだ。
「どうかしましたか?」
「すみません。連れが具合を悪くしてしまったようで……、どこかで休ませたいのですが……」
演技力は晴朗の方が達者らしく、彼は不安そうな表情をしながら奈夜郎に語りかけた。
「それは大変だ! どうぞこちらへ、楽になれる場所をご案内します」
晴朗の演技が功を奏したのか、それとも、奈夜郎がそういった困った人を放って置けない性格なのか、彼は急いで円奈と妙奈を呼びにいった。
そんな焦っている奈夜郎を見ながら、二人は作戦が上手くいった喜びを、無言のまま互いの拳を合わせることで伝え合ったのであった。




