『陰陽師』とは何者か
十月二十一日 壬子
都内某所にて。
二人は真新しいビルの前にいた。
「みた感じは普通のオフィスビル」
「見た目はな。……会場は、7Fだな」
入り口に『スポアタワー東京』と書かれたそのビル。保憲がぐいっと顔を上に持ち上げると、ガラスが鏡のようにキラキラと太陽を反射している。その眩しさに、保憲は思わず目を細めた。
晴朗はスマホを見つめながら、会場がある階数を確認すると、ビルの中へと入っていく。
エレベーターに乗り込み目的の7Fに着くと、受付を担当している女性が笑顔で出迎えてくれた。
「受付完了メールのご提示をお願いしております」
言われた通りにメールの画面を見せると、「……はい、ありがとうございます。空いているお席に座ってお待ちください」といわれ、会場へと足を踏み入れた。
扉の下へ視線をやると、お店と同じように盛り塩が左右対に、室内に置かれている。
白檀のお香の香りが漂う中、二人は後ろから二番目の空いている席に腰掛けた。
会場には、二人の他すでに7.8人の客がいた。その中には先日店内にいた40代ごろの派手な紫髪の女性や、保憲と会話をした30代ごろの長身男性もいた。他にも50代ごろの痩せ細った中年男性。10代後半くらいの少年もいたりと、幅広い年齢層が参加しているようだ。
「……父上のゼミ生は……いないか……」
「お試しだからじゃないか? このセミナー中に、会員の募集なりをやってくれれば……」
「入会費と年会費エグいぼられたらどうする……?」
「……審議で」
開始5分前になると、車椅子に座ったちょび髭が印象的な男性と、車椅子を引いた、大柄で無愛想な表情をした男性が現れた。車椅子に座った男性は、チェック柄の膝掛けをかけている。
「みなさま。本日はお忙しい中、お越しいただき誠にありがとうございます。私は円奈美能留と申します。後ろにいるちょっと怖そうな顔をしているのは妙奈といいます。どうぞ、よろしくお願い申し上げます」
円奈と妙奈が同時に礼をすると、拍手がまばらに起こった。
「さて皆様。あともうしばらくで、代表がこちらへまいります。その前にと言ってはなんですが……軽く、私の方から前説を、と思います」
円奈は慣れたように語り始める。妙奈は円奈の後ろで表情一つ動かさず、両手を後ろに組んで直立したまま微動だにしない。
「皆様は……『陰陽師』という職業を、ご存知でしょうか」
いきなり本題に入り、晴朗と保憲の眉がぴくりと動く。
「恐らく一度はどこかで聞いたことがあるかと存じます。ですが……、彼らは一体何者なのか、その全てを答えられる者は、ごく僅かでしょう」
他の参加者たちも、静かに円奈の話に聞き入っている。
「平安時代……。怨霊と鬼が跋扈していた平安京で行きた貴族たちは、皆こぞって鬼を祓う力を持つ陰陽師の力を頼り、重用してきました。……皆様が陰陽師といえば、まず誰を思い浮かべるか……。そう、かの有名な安倍晴明と、彼の永遠のライバルとも言われている蘆屋道満です」
蘆屋道満
『宇治拾遺物語』や『安倍晴明物語』を筆頭に、様々な説話集において安倍晴明のライバル的存在としてその名が通っている道満は、播磨国、現在の兵庫県出身とされている陰陽師だ。
しかしながら、史実上において二人が実際に顔を合わせた。という記録は残っていない。
もちろん賀茂保憲も、蘆屋道満と顔を合わせたことは、平安期の生前では一度も無い。
そんな保憲は、隣に座っている張本人に向かって「ライバル……だったのか?」と耳を打つと、晴朗はさも興味がなさそうに「さあな」とはぐらかした。
「この二人は、確かに陰陽師として同じ時代を生き、活躍しておりました。ですがこの二人には決定的な違いがあるのです。それは何か、わかりますでしょうか?」
円奈の問いに答える者は誰もいない。
一息置いてから、再び円奈が語りだす。
「それは……陰陽師は陰陽師でも、晴明は官人陰陽師、道満は法師陰陽師である。ということです」
「……ある程度の知識は持っているらしいな」
保憲が小声で感心したように呟いた。
晴朗と保憲にとっては当たり前の知識であるが、他の参加者にとっては、その違いが一体何であるのか、皆目見当もつかないといった微妙な空気が流れている。
そんな他の参加者のためか、妙奈があらかじめ用意されていたノートパソコンと、手元にあるリモコンを操作して、プロジェクターを起動した。
円奈は懐から指示棒を取り出し、プロジェクターに映し出された画面を指しながら説明を続けた。
「この違いを簡単にご説明いたしますと……、安倍晴明は主に、当時の皇族や上級貴族といった、位の高い人をメインターゲットにしていたのに対し……。蘆屋道満は、位の低い中級、下級貴族から庶民に至るまで……。幅広い層を分け隔てなく平等に接していた。民間のお坊さんでもあったのです」
画面には安倍晴明と蘆屋道満という字が映し出され、その下に二人の所属や主な顧客層といった比較表が続いている。
「現代でこそ道満は、正義の味方晴明と対をなす存在、悪役の花形として有名です。しかし本来の彼の姿は、真逆のものだったのですね」
「……晴明が、正義の味方……?」
「そこに疑問を持つな」
当時の安倍晴明を知っている保憲からすれば、一体何をどう解釈したらそのような立ち位置についてしまうのか。そのギャップに戸惑っていた。
「実際、平安末期に成立したとされている歴史書、日本紀略と本朝世紀等には、晴明は帝や上級貴族のみの依頼を受け、莫大な報酬を得ていたという記録が残っています。比べて蘆屋道満は、史実上の記録はごく僅かではありますが……、弱き人を助けたと、その名が残っているようです」
画面には、日本紀略と本朝世紀らしき資料が並べて表示されている。そこには達筆な漢字が並んでおり、現代文に慣れた現代の人にとっては何が書かれているのか全く理解できない。
かろうじて『晴明』という二文字が読み取れる程度で、参加者のほとんどは、首を傾げるような仕草をしているのが見受けられた。
しかし円奈は気づいていないのか、そのまま話を続けていく。
「……もうお分かりですね。そう、より人のために尽くしたのは官人陰陽師ではなく、法師陰陽師なのです!!」
「随分とまぁ……、よく調べたもんだ」
「……」
保憲の口から、ため息混じりのつぶやきが漏れた。対して晴朗は何も言わず、けれども眉間に皺を寄せながら、じっと円奈を見つめている。
「そして!! この後登壇します奈夜郎こそ!! 法師陰陽師の血筋を継ぐ後継者! さぁどうぞ!!」
そんな晴朗の視線など全く気にも留めない円奈は、意気揚々と今回の主役ともいえる、その人物の名前を呼んだのであった。




