潜入 パワーストーン専門店
車を走らせてしばらく、最寄りの駐車場に車を停めて、三人は件の店へと向かった。
店の前に着くと、白を基調とした清楚感が窺える外装をしていた。まだ開店して間もないのか、壁の塗装剥がれなどは確認できない。
ショーウィンドウには、大きなアメジストドームが展示されている。遠目から見ても、ここはパワーストーンを扱っている店なのだと分かる。
両開きの扉には、『営業中』という看板が下げられ、下を見ると外側に盛り塩が左右に置かれている。
店内に入ると、白檀の香りが漂っている。
ブレスレットやピアス、キーホルダーやネックレスなど、様々なパワーストーンが種類別であったり、ご利益ごとに分けて陳列されている。
また、三人の他にも数名の客が商品を眺めていた。
パーカーのフードを被り、黒縁メガネとマスクをした、30代くらいの長身男性。
真紅のコートに目立つ紫髪、首や指に高そうなアクセサリーを身に纏った、50代くらいの小柄な女性。
恐らく大学の帰りであろう、A4の半透明のキャリングケースを持った20代前半ごろの女性二人組。
一見すると何の変哲もない、どこにでもありそうなパワーストーン専門店に見える。しかし壁を見てみると、四方にはそれぞれ白虎・玄武・青龍・朱雀が描かれた額縁が飾られており、店内を流れている音声は、男性の声で「なやろう」と、絶えず繰り返されている。
「……うるっせぇな……」
「……耳もゲシュタルト崩壊起こすんだな」
「……耳に付いてしまいそうだ……」
店内を流れる謎の音声に不快感を示していると、一人の男性店員が三人の元へと近寄ってきた。
「いらっしゃいませ! 何かお探しで?」
「新しいブレスレットを探していまして」
気さくに話しかけてきた店員に対し、晴朗が慣れたように一歩前へ出て、対人用の爽やかな笑みを顔に貼り付けながら対応を始めた。
「ほほー、ご希望などは?」
「今付けているのと似たようなデザインを」
「お、素敵なのつけてますね~」
「以前、別の店舗で買わせていただきました」
「ありがとうございます! でしたら____……」
晴朗が今身につけているブレスレットだが、別店舗で購入したというのは口から出たでまかせである。先ほど研究室でサイトを閲覧していた時、同じような水晶を使ったブレスレットが商品一覧に載っていたため、「でまかせを口にしてもバレないだろう」と、判断してのことだった。
晴朗が店員と和気藹々と会話している間に、賀茂親子が店内に怪しい箇所がないか、商品を吟味するフリをしながら調査していく。
「天井、危ないですよ」
「え? おっと……」
ふと、保憲が男性に話しかけられた。驚いた保憲が、ガラスケース内のパワーストーンから視線を離すと、天井から下げられていたトルコでは有名なお守り『ナザールボンジュウ』が目の前に現れた。
「あっぶね……、すみません。ありがとうございます」
後もう数歩前に歩いていれば、ナザールボンジュウにぶつかって商品を落としてしまっていたかもしれない。
保憲は声をかけてくれた男性に礼を言った。
「いえいえ、背が高いと大変っすよね」
「わかります。特に電車とか」
「はは、確かに、天井からぶら下がってる広告で顔切ったり……」
平均より高い185cmもある保憲は、目線が変わらないその男性とで、長身あるあるで少し盛り上がった。
親子は一通り店内を観察し終えると、互いに目線で晴朗に合図を送り、先に店を出て行った。
二人が出て行ったのを横目で確認した晴朗も、適当に店員との雑談を切り上げて出ていこうとしたのだが、
「ご丁寧にありがとうございます、お財布と相談したいので、一度持ち帰って検討しますね」
「この場で予約してから、後にキャンセルすることもできますよ!」
「本当ですか。そう言われると、どうしようかなぁ……」
なんとしてもここで実績をつけたい店員のセールストークに、中々抜け出せないでいた。
「あの、すみません……」
すると長身の男性が、控えめな口調で店員に話しかけた。
「はいはい!」
「恋人への贈り物で、こちらをいただきたいのですが」
「あぁ!ありがとうございます〜!」
店員の興味が早々に男性へと移った所で、晴朗は再び捕まる前に、足早に店を後にした。
駐車場へ移動すると、親子が外で晴朗を待っていた。
「遅くなりました」
「平気か?」
「熱心な接客だった」
三人が揃った所で車内へと移動。その時に、晴朗は忠行から「店員の引きつけありがとう」という礼と共に、近くの自販機で買ったであろうお茶が手渡された。
また親子の手には缶コーヒーが持たれている。
「で、どうだった?」
助手席に腰を下ろし、忠行から貰ったお茶を飲みながら晴朗が聞くと、
「特にこれといったものはなし」
「品物は全て白だった。あの子の言う特別な力とか、そういったものは感じられなかったね」
運転席に座る保憲と、後部座席に座った忠行が答える。
忠行も保憲や晴朗と同じように、人ならざる存在を視認し、感じ取ることが出来る。
「店内も……まぁ、若干の胡散臭さはあれど、悪い雰囲気は感じられなかった。だから店や品物自体に問題はないんだろうな。そっちは?」
「あぁ、中々いい情報を得られたぞ」
「お、流石」
晴朗は得意げに笑いながら、親子にB4サイズのチラシを手渡した。
そこには『今だけ! 陰陽師による特別なヒーリングがお試しで受けられる、特別セミナー開催!』といった文言が大きく印字されていた。
「来週の土曜日、都内で代表のセミナーが行われるらしい」
「……なるほど、本丸はそっちだな」
「事前申し込みで、先着順らしいから早めに……」
チラシの下には『お申し込みはこちらから!』という一文と、QRコードが載っている。晴朗が早速自分のスマホでQRコードを読み取り、申し込み画面にアクセスしたが、その時忠行が「来週の土曜……21日かぁ……」と、途方に暮れたような声をあげた。
「どうしましたか?」
晴朗が心配そうに振り返ると、忠行は申し訳なさそうに眉尻を下げて答えた。
「済まない……。その日、学会があるんだ……」
車内に、残念ではあるがやむを得ない。そんな空気が流れた。
晴朗と保憲は一度互いの顔を見合わせると、
「二人で行って参りますので、ご心配なく」
「私たちが父上の代わりに解決してきます」
自信満々に答えた。
その頼もしさに、父親であり、過去にも彼らの師として大切に育てた二人の成長を誇らしく思いながら優しく微笑んだ。
「本当に済まない……。あと念の為言っておくけど、必要以上のことはしないこと。そして危ないことも絶対、しないように」
しかしながら、過去も現在も、何度か二人が、大なり小なりと問題を起こしていることを知っている忠行は、優しい笑みから一点、真面目な表情のまま二人に釘を刺した。
「任せてください」
再び自信たっぷりの二人の声が重なる。
「(大丈夫だろうか……)」
忠行の心に拭い切れない不安が残したまま、車は動き出したのであった。




