怪しいパワーストーン専門店〜SHIKIGAMI〜
十月十三日 甲辰
紅葉がハラハラと舞い、秋らしさが色付いてきた頃、その日の講義を終えた晴朗と保憲が、共に忠行の研究室へと向かっていた。
「やっと涼しくなってきたな……」
長い長い夏が終わり、やっと日中でも過ごしやすくなっていた。
手に持っていたベージュの長袖ガーディガンを羽織りながら、保憲がしみじみと呟いた。
「頼むからこのまま冬になって欲しい」
「ここ数年の夏は……わざわざ占わずとも、問答無用で1.5ヶ月程度の物忌を強いるレベルだからな……」
黄色く色づいたイチョウの葉が舞い散り、その足元には銀杏の実が転がっていた。二人はその実を踏まないように避けながら、大学構内の外れにある旧館へと歩いていく。
旧館につくと、二人は階段を登り研究室がある3階へと向かう。
「この声……父上か?」
「と、誰か一緒にいるな」
3階に着き廊下を歩いていると、忠行と、女学生の声がわずかに聞こえてきた。それは近づくたび段々と大きくなっていく。
「だから……! ……で……!」
「落ちつ……ぴ……」
どうやら何かを巡って口論をしているようだ。
「……もういいです!」
「待って! りこぴ!」
「こら、待ちなさい!」
研究室の前まで来たところで、扉が勢いよく開かれた。中から長い黒髪の清楚な女性が、怒った表情で足早に出ていき、すぐそのあとを追うように、金髪のおしゃれな髪型と服装をした女性と、スーツを着た男性が出ていった。
「あの三人は、確か……」
「先生のゼミ生……と、現代文学の雨隙准教授……だったか」
今出て行った女学生は、先月忠行に「ただゆぴっぴ」という可愛らしいあだ名をつけていたゼミ生たちだった。
その後を追うように出て行った、グレーのスーツを着込んだ40代頃の男性。彼は忠行がこの大学に勤務し始めてからの同僚であり、プライベートでも交流がある、名を雨隙空臣という。
「ふぅ……どうしたものか……」
開けっぱなしにされていた扉の奥から、忠行の困ったようなため息と声色が漏れる。
晴朗と保憲がゼミ室に入ると忠行は笑顔で「おかえり」と迎えてくれた。
「父上、今のは……?」
「その呼び方やめなさい。いや……少々、困ったことになってな」
「何があったのですか?」
忠行曰く、
先ほど怒りながら出て行ってしまった女学生は、以前から「パワーストーン」を集めるのに没頭しているのだという。
「パワーストーンですか……。でも別によくある話ではありませんか? 私たちもそれぞれ似たようなものを身につけていますし」
そう言う晴朗の左手首には、丸く象られた水晶のブレスレット、賀茂親子は黒瑪瑙のブレスレットを身につけている。
「あぁ、ただ趣味で集め楽しむ分なら、私も何も言わないさ。ただ……」
「……それを他人にも強要してくる……ですか」
「……」
保憲の推測は当たっていたらしく、忠行は苦々しい表情をしながら俯いた。
___これを身につけていれば……、絶対に幸せになれるんだって!
その女学生はパワーストーンの購入を自らの友人にも勧め始めた。
最初は友人らも「可愛い」と言って好意的であったのだが、だんだん彼女の勧め方に異変が現れ始めた。
___これはね、特別な力が込められたすごい石なんだよ!
___今度、この石を売っているお店を経営している会社で、会員限定のサロンがあるんだけど、行ってみない!? 特別なヒーリングが受けられるんだって!
___明日期日の小論文? ……そんなのより明日はサロンがあるから……そっちに行かなきゃ。
流石に様子がおかしいと感じたその女学生の友人が、彼女を忠行の元へ連れてきて、なんとか止めさせるように説得を依頼していたのだ。
「……なるほど、一気にきな臭くなりましたね」
「雨隙先生は?」
「彼は偶然居合わせていただけだよ。追いかけていってしまったが……、大丈夫だろうか……?」
「父上、店名、聞いていませんか? 調べてみましょう」
「確か……、『シキガミ』と言っていたかな」
「シキガミ? 式神のことか?」
保憲がタブレットを取り出し、検索フォームに「シキガミ パワーストーン」と打ち込んで検索すると、目的のお店は検索結果画面の一番上に表示された。
「……あった。これだ」
画面をタップして専用サイトを開くと、
〜幸せを、あなたに〜
パワーストーン専門店
『SHIKIGAMI』
という謳い文句と共に、様々な種類のパワーストーンの写真が表示された画面が表示されている。
「……若干の胡散臭さは否めないが……、今のところ怪しい箇所は無さげ……」
「ふむ……、商品ページも見られるかな」
「はい」
商品紹介ページに移動してみるも、女学生が言っていたような「特別な力が込められている」や会員限定といった文言は確認できない。
「……ブレスレットにピアス……よくある商品展開ですね」
「そうだね……ここも怪しそうなところは……」
「いや……ここ、みられるか」
「これは……、運営会社の情報だな」
晴朗が指した項目を開くと、店舗を運営している会社のホームページへと移動した。そこには会社概要など、一連が確認できるようになっているのだが、その中に、会社を経営している代表らしき1人の男性の顔写真が表示されるページもあり、その下に簡易的なプロフィールが記載されていた。
「代表名、奈夜郎……、年齢、30歳。職業……陰陽師……?」
「……うわぁ……」
そのあまりの胡散臭さに、3人の引き攣った顔と声が見事に重なった。
「随分と……個性的な名前だねぇ」
「どういう気持ちでこの名前を使おうと思ったんだ……?」
「というか、なんで追儺なんだ。「式神」全く関係ねぇじゃねぇか」
『追儺』とは、現代では毎年2月3日に行われている、「節分」のルーツとも呼ばれている儀礼である。
平安時代の頃には、旧暦の12月末に平安京の内裏で、毎年行われていた宮中行事だった。
当時内裏で働いていた多くの官人たちが集合し、鬼を祓う。その時、鬼を祓う役目として、弓矢などを持った「儺人」と呼ばれる者たちと、儺人たちの先頭に立ち、四つ目の仮面を被り、矛と盾を装備した「方相氏」と呼ばれる者が、「儺やらう、儺やらう」という儺声を発しながら、鬼を追っていくのである。
「まぁ……、陰陽師も祭文を読み上げる形で『追儺』には参加していたから、陰陽師に限って言えば、関係なくはないな……一応」
祭文とは、神社でいう祝詞のようなものである。
追儺儀礼では、方相氏が儺声を発する前に、陰陽師がお供え物を祭りながら祭文を読み上げていたとされている。
「……けど、式神と追儺に、因果関係はこれっぽっちもない。追儺は鬼を追い払う儀式。祭文の内容だって、要約すれば『供物をくれてやるからさっさと出て行け、さもなくば物理でぶっ飛ばすぞ』……といった、鬼もびっくりの脅迫文だ」
「式神を使うどころか、単純な暴力でどうにかしようとしていたからな……。今思うと中々物騒だな」
更に画面をスクロールしていくと、代表者の下には、
第一秘書、円奈美能留。年齢39歳
第二秘書、妙奈延世。年齢33歳
といった、こちらもとてもではないが、本名とは言い難い名前が続いていた。そしていかにも怪しい名前を見た3人は、更なる疑念を募らせていた。
「どいつもこいつもふざけた名前だ」
「……どうなさいますか?」
「……やはり、SNSの情報だけでは全体像が掴みづらい。実際に足を運んでみないことには……」
「私も同感です。この男が何を目的に動いているのか、本当に「陰陽師」なのか、気になりますね」
「ここから20分くらいのところに、店舗がある。……今から行ってみましょうか」
サイトの店舗情報の中に、隣町に1店舗構えられていることを確認した保憲は、タブレットを閉じて立ち上がった。
「はぁ……」
同時に、忠行の研究室に先ほどゼミ生を追いかけて行った雨隙が戻ってきた。
肩を落として項垂れている様子から、彼も説得は失敗に終わったらしい。
「空臣、どうだった?」
「かなり心酔してしまっているようで、全く耳を貸してくれなかった……。力になれなくてすまない」
「お前が謝る必要はないさ」
忠行は落ち込んでいる雨隙の肩を軽く叩きながら慰めている。その間晴朗と保憲は、荷物をまとめてすぐにでも出られるよう準備をしていた。
「これから、あの子が通っているというパワーストーンのお店に行くんだが、お前はどうする?」
「そうか、私はまだ仕事が残っているから……。気をつけて行ってこいよ」
「あぁ。ありがとう」
そうして三人は、忠行の車に乗り込んで、件のパワーストーン専門店へ向かうのであった。
賀茂忠行49歳/180cm/大学教授 民俗学専門
過去世は平安の高名な陰陽師で、晴明と保憲の師であり父親でもある。過去世で培った知識と経験を活かし、今世では大学教授として活動している。転生した二人のよき理解者であり、時に相談役として、時には父として、彼らを見守っている。なお今世でも4兄弟の父。自宅で飼っているウサギを溺愛している。名前は『ぴょん丸』
主要メンバーの中で一番、人間・動物構わずモテる。




