今、どちらに?
「イグナシオ殿、久しいな。」
「はい、お久しぶりです。ディオン様。」
イグナシオ殿と呼ばれた騎士は、青年達を、丁寧に、客間の隣にある応接間に案内した。
ちなみに、たまたま廊下で居合わせた侍女は、赤髪の青年が屋敷の主人が自ら玄関に出迎えるような人物ということに、衝撃を受けた。
後日、彼らは、いったい、何者なのかしら?と密かに、使用人達の間で噂になる程に。
「エルナール辺境伯領には、初めて来たんだが、とても美しい白亜の街並みに感動したよ。」
「それはそれは、誠に、ありがとうございます。領地に住む者達が、日々街を綺麗にしてくれているおかげでございますよ。」
「それは良い民に恵まれたな、イグナシオ殿。」
「はい、それは、もう感謝しかございません。」
家の窓辺から白亜の街並みを見るイグナシオの瞳は、柔らかい優しさに満ちたものであった。
領民に感謝しかないという彼の言葉は、お世辞でもなくて、本心なのだろう。領民達は、大変良い領主に恵まれたのかもしれないな。
「ただ、このエルナール辺境伯位を受け継いで、30年目になります故、来年から、私の嫡男のエクトールが跡を継ぐことになりました。」
「なんと!? そうなのか?」
そういえば、イグナシオ殿は、先代の辺境伯が若くして亡くなった為、15歳で辺境伯に………
まだ、45歳と若い人だが、30年も、辺境伯閣下として、務めたお方だ。
一時期、先代の辺境伯の異母弟が邪魔してきたこともあったらしいが………
「ああ、エクトールが、ついに、辺境伯か。」
「ええ。先月は孫息子も誕生しましたから、安心して、受け継ぐことが出来ます。エクトールが辺境伯閣下としての仕事に慣れるまでは補佐をしますがね。息子ならば、大丈夫でしょう。」
「ああ、そうだな、辺境伯位を継ぐというのは、しばらく、引き継ぎに忙しくなるだろうな。」
「ええ。落ち着いたら、妻と共に、別荘に移住をする予定でございます。あちらの別荘地には、先に、母が住んでいますから。」
赤髪の青年ディオンと、エルナール辺境伯家の嫡男のエクトールは、学生時代からの親友だ。
そのエクトールは、井の中の蛙、世間知らずにならないようにというイグナシオ殿の方針で、辺境伯領立学園ではなくて、王都の王立学園に編入生として、やって来たのだ。
そう、今回、ディオンは、学生時代からの親友であるエクトールに、5年振りに会うために、わざわざ、王都からやって来た。
が、当の本人は忙しく、仕事のため、不在で。
それならば、まずは、エルナール辺境伯閣下に挨拶をと思って、この屋敷を訪れたのだ。
「そういえば………」
「どうなされましたかな?」
「そのエクトールは、今、どちらに?」
「辺境伯領立孤児院に視察に行っておりますよ。そろそろ、帰って来る頃でしょう。それまで、客間で、ゆっくりとお待ちください。長旅は、慣れていないと息子から聞いておりますから。」
「ああ、ありがとう。旅の疲れが残っていてね。
少し休憩することにするよ。」




