お金を借りる条件でドSなお嬢様の召使に!?彼の優しさでツンデレ爆発!
僕の名前は村上武。この街で生まれ、この街で育った。
親が営む小さな商店を手伝いながら、地元の人たちと顔を合わせては笑い合う――そんな穏やかな日々を過ごしていた。少し前までは、だが。
時代の波は、僕たちのような小さな店にとって残酷すぎるほど大きかった。大型スーパーの進出やネット通販の普及で、店に来る客足は年々減っていく。
去年の夏、ついに父が体を壊した。無理がたたったのだろう。それからは僕が店を継ぐことになったが、状況は悪くなる一方だった。
──正直、手の打ちようがなかった。
そんなとき、僕はある選択をする。借金をしたのだ。
誰に? それは聞かないでほしい。街で悪名高い不動産屋「鬼堂商事」。金に困った人を食い物にすると噂の会社だったが、僕にはほかに頼れる場所なんてなかった。
彼らのオフィスを訪ねたのは雨の日。古びたスーツを着たままずぶ濡れになりながら、頭を下げるしかなかった。
そして僕は店を守るために借金をし、その代償として彼らの“ある条件”を飲まざるを得なかった。鬼堂商事の社長・鬼堂剛が出した、その突拍子もない条件とは……
「うちの娘の世話係をやれ。」
最初は冗談かと思った。けれど鬼堂剛の表情は真剣そのものだった。返済の見込みがないなら、娘の世話でもしてもらおうか――そんな言葉を平然と口にするくらいには。
こうして僕の生活は一変した。商店を切り盛りしながら、鬼堂家の“お嬢様”の世話をする日々の始まりだった。
ある朝のこと。出勤代わりに鬼堂家に向かい、広い駐車場で待っていると、後ろから鋭い声が飛んできた。
「おい、何ボーっとしてんのよ! 荷物くらいさっさと持ちなさいよ!」
朝の空気を切り裂くその声に振り返ると、そこには鬼堂剛の娘――鬼堂久美が腕を組んで立っている。いつも通り不機嫌そうな顔。
彼女は隙のない服装に完璧なメイクを施していて、まさにどこへ出しても恥ずかしくない“お嬢様”だ。だが、街中の人なら誰もが知る、最悪の性格でもある。
久美の世話係を始めてからというもの、僕の生活は激変した。朝は車の運転手を兼ねて送り迎えし、昼は高級スーパーの買い物に付き添い、夜には「今日の気分はイタリアン」などと無茶ぶりされ、食材を買いに奔走する。
召使いと言われても仕方ない。商店を守るためとはいえ、こんなにも辛い仕事になるとは思わなかった。
「これ、全部持ってよね」
高級ブランドの紙袋をいくつも山のように積み上げ、久美はスマホと新作のバッグだけを手に、僕をあごで使う気満々だ。
「自分で持てばいいのに……」と小声で漏らしてみるものの、
「何? 文句でもあるの?」
冷たい視線に射抜かれ、結局僕は両腕いっぱいの袋を抱えてため息をつくばかり。
そんな日々が続くうち、彼女が街の人たちに嫌われている理由が、はっきりとわかってきた。店員や周囲の人々に対しても、まったく容赦がないのだ。
「これ、全然センスないじゃない。他にまともな人いないの?」
店員の顔が青ざめていくのを横目に、僕は久美を止めたいと思いながらも、その勇気が出なかった。黙って荷物を抱え、やり過ごすしかない。
周囲の視線も容赦なく降り注ぐ。
「また誰かに怒鳴ってるらしいよ」
「さすが鬼堂の娘だな」
そんな声を聞くたびに胸が痛んだ。
確かにわがままで自己中心的だけれど、それだけじゃない何かを抱えているようにも見えるからだ。
夜、クタクタになって部屋に戻ると、ベッドに倒れ込み天井を見上げる。
「これが家業を守るための代償か……。父さんや母さんのためだと思えば、耐えられるはずだよな」
そう自分を励ましてはみるものの、この状況がいつまで続くのか、見当もつかなかった。
そんなある日のこと。いつものように久美に付き添って街を歩いていたとき、想像もしなかった事件が起こる。
高級ブティックで買い物を終えた久美が、商店街の肉屋に立ち寄った。ショーケースの肉を見つめ、彼女は小さなため息をつく。
「ねえ、このお肉、本当に新鮮なの? どう見ても古そうなんだけど」
店主は明らかに苛立った声で応じた。
「うちは毎朝仕入れてるし、品質には自信があるんだ。何か問題でも?」
すでにその声には怒りがにじむ。だが久美はまったく動じない。
「でも鮮度が悪いのは事実でしょ? それで高い値段取るなんて、商売の仕方が悪いんじゃない?」
その一言で、店主の顔が真っ赤になる。
「ふざけるな! お前みたいなやつにそんなこと言われる筋合いはない!」
店主の声が大きくなり、周囲の買い物客が立ち止まってこちらを注視し始めた。
久美がさらに何かを言いかけた瞬間、店主がショーケースの内側から勢いよく飛び出してくる。
「やめてください!」
慌てて僕が久美の前に立ち、両腕を広げて店主を制した。
「申し訳ありません! 彼女に悪気はないんです。どうか落ち着いてください!」
店主は僕を睨みつけ、荒々しい息を吐きながらさらに詰め寄る。必死に頭を下げ続ける僕を前に、店主はなおも食ってかかる。
「代わりに謝る? 彼女には謝らせないのか?」
「本当にすみません。彼女に直接謝らせるのは……ちょっと難しいかもしれないんです。どうか勘弁してやってください!」
声が震えながらも、何とかその場を収めようと必死だった。すると店主はしばらく睨んだあと、荒い息のまま「もういい」と言い残し、カウンターに戻っていった。店先は徐々に日常の喧騒を取り戻す。
僕はようやく安堵の息をついたが、久美はずっと無言のまま。
彼女の方に振り返って声をかけた。
「久美さん、大丈夫ですか?」
すると彼女は軽く鼻を鳴らし、そっけなく言う。
「別に……助けてなんて頼んでない」
けれどその手がわずかに震えているのを、僕は見逃さなかった。
「余計なことしないでよね」
そう言いつつ歩き去る後ろ姿は、いつもの自信に満ちた様子とは少し違って見えた。
彼女の強がりの裏には、何か違うものがある――そんな予感が僕の胸をざわつかせる。
商店街を後にして車へ戻るまでの間、彼女は終始無言だった。僕の方を見ようともしない。いつもなら遠慮なく指示や文句を言ってくるのに、今日は沈黙が続く。
運転席に座る僕も黙ったまま、気まずい空気を払う術を見つけられない。
やがて鬼堂家が近づいたころ、久美がぽつりと小さく呟いた。
「……強がるのなんて、簡単なんだから」
思わず聞き返そうとした瞬間、彼女はバッグを手にドアを開け、足早に家の中に消えていく。
助手席のドアが閉まる音がやけに響いた。
(強がるのなんて簡単?……どういうことなんだ)
その日、彼女が放った言葉が、ずっと頭から離れなかった。
それからというもの、久美の態度に変化が見え始める。相変わらず高圧的ではあるが、以前のような鋭い語気は薄れ、時折言葉を飲み込むような瞬間が増えたのだ。
僕に対するきつい命令は減り、どこかぎこちないながらも柔らかさが混ざっている気がする。
ある日、そんな彼女が突然、「ちょっと遠出するわよ。付き合いなさい」と言い出した。
「どこへ行くんですか?」と尋ねても、「いいから黙って運転して」と言うばかり。
彼女の指示どおり街を抜け、田舎道をしばらく走る。道なりに進んでいくと、古びた平屋の家がぽつんと現れた。
庭の木々は伸び放題で、かつては活気があっただろう面影だけが残る。
車を降りた久美は、しばらくじっとその家を見つめていた。僕も隣に立つ。
「ここ、久美さんの知り合いの家ですか?」と恐る恐る問いかけると、彼女は視線を家から外さずに答える。
「違うわ。昔、私が住んでた家よ。母と二人で」
意外な言葉に驚いて、彼女の横顔を見た。
「母が亡くなったあと、父に連れられて今の家に引っ越したの。でも、あそこはただ“大きくて豪華な鬼堂の家”ってだけ。私には窮屈で仕方なかった。父はいつも忙しくて、ここにはほとんど来なかったし……」
はじめて聞く彼女の弱音に、僕は何も言えず耳を傾ける。
「母がいた頃は、ここで近所の人たちと仲良く遊んでたんだけどね。みんな、父の名前を怖がって私には近づかない。だから強がってでも負けたくなかった。弱いなんて思われたくなかったのよ」
その言葉に、あの日の肉屋での出来事や、いつもの高圧的な言動がすべて繋がるような気がした。
「……変なこと聞かないでよね」
そう言いながら、どこかホッとしたような表情を浮かべる。帰り道、僕の胸には、彼女に対する想いが静かに大きくなっていくのをはっきり感じていた。
その後、久美はさらに態度を和らげていった。高圧的な口調も減り、僕に対する当たり方もずいぶん優しくなった気がする。街で買い物をするときも、店員に丁寧に接している姿を見かけるようになり、周囲の人たちも「鬼堂のお嬢様が丸くなった」などと囁き始めた。
夕方、彼女はまた突然「今日、あんたに付き合ってほしいところがあるの」と言ってきた。
連れて行かれた先は、街はずれの小さな公園。昼間の賑わいが嘘のように静かで、街灯が淡く地面を照らしているだけだった。
久美はブランコに腰かけ、軽く揺らすわけでもなく遠くを見つめていた。
「ここに来たかったんですか?」と尋ねると、彼女は小さく頷く。
「小さい頃、よく母と遊んでたのよ。この公園で。母がいた頃は、本当に幸せだった。でも、母がいなくなってからは強くいないと誰も私を見てくれなくなった。父の名前がある限り、近づいてくる人はみんな裏があるように見えて……」
言葉を選ぶように、彼女は静かに続ける。
「でも、あんたは違った。父の名前なんか気にせず、私を見ようとした。そういう人、初めてだったの」
いつも強気な彼女が、頼りなげな瞳をこちらに向けた瞬間、胸がぎゅっと締め付けられる。
「だから、私……あなたが好き」
不意に告げられた告白に、僕は言葉を失った。あの鬼堂久美が、まさか僕に……?
「え、今……なんて?」
聞き返す僕に、彼女はまっすぐな声で言い直す。
「好きだって言ってるのよ。あんたみたいにバカ正直で、振り回されても文句言わない人がそばにいてくれたら、もう少し素直でいられる気がするの」
驚きとともに、嬉しさが込み上げた。
「久美さんが……僕を?」
「そう。変な言い方だけど、あんたのそういうところに救われたのよ」
初めて見る彼女の本音に、僕は胸が温かくなるのを感じた。思わずそっと彼女の手を握る。
「ありがとう。僕も……君のことが、好きです」
本当に?と確かめるように問う瞳に、僕は頷く。
「ええ。君が強がりの裏でどれだけ努力してたか、ずっと見てきましたから」
久美の瞳が潤み、そして照れくさそうに笑った。僕たちは夜の静かな公園で、お互いの想いを確かめ合う。
それから数年後――。僕たちは順調に愛を育み、ゴールインを果たした。鬼堂家と僕の商店、両方を支え合う生活を送っている。
家業である商店は立て直しに成功し、複数店舗を構えるまでに成長した。久美も会社の事業改革に乗り出して、かつて悪名高かった鬼堂商事は、いまでは地域に信頼される企業へ変わりつつある。
そんなある日、リビングでニュースを眺めていると、かつて商店街で話題になったあの肉屋の名前が放送された。
「かつて高級ブランド和牛として人気を博していた精肉店が、実際には海外産の安価な肉を使い続け、長年にわたり偽装販売を行っていたことが明らかになりました……」
画面には、シャッターの閉まった肉屋の店先が映し出されている。僕が横目で久美を見ると、彼女はどこか静かに微笑んでいる。
「やっぱり、あのとき気づいてたんだね」
そう言うと、彼女は少し得意げな表情を浮かべた。
「見ればわかるでしょ。あの店、昔は本当に良い肉を扱ってたの。だからこそ許せなかったのよ。あの頃は強気で言わないと相手にされない気がしてたから、余計に」
「でもあのときは、本当にびっくりしたよ。あんなに堂々と指摘するなんてさ」
「ふふ、まあね。けど今は違うわ。武がいつも私を信じてくれるから、変に強がる必要なんてないの」
そう笑う久美からは、もう過去の孤独や恐れは感じられない。自然体のままで信頼されている実感が、彼女を支えているように見えた。
僕は肩を並べて座り直し、彼女の手をそっと握る。
「君なら、今のままで十分みんなに信頼されるよ。俺が保証するから」
彼女は照れ笑いを浮かべながら、小さく返事をした。
「ありがとう。これからも、よろしくね」
その一言には、これまで積み重ねてきたすべてが詰まっているように思えた。僕たちは手を取り合いながら、この街で一緒に生きていく。
あの公園で夜をともに過ごした日からずっと変わらない想いを胸に、幸せな日々を紡いでいくのだ――。