第2幕・5 オートマタ
「起源は中世の頃に貴族の間で流行ったオルゴール人形なんでぇ。オルゴールの回転に連動して、人形が動く。
近代くらいに入ってから、オルゴール部分を外して、人形だけが動く物が作られるようになったんでぇ。オルゴールから外れた人形は、歯車やネジやゼンマイで動いてんじゃねぇ。
どんなしくみは詳しいことは俺もよく知らねぇがな、その技術を使って動く人形のことを、オートマタって言うんだ」
ガットは皆に説明した。
「初めて聞くわ。そんな人形があることも知らなかった」
トリティは、すごいね、と感嘆の声を出している。
「持ってる奴なんざ金持ちの道楽人だけでい。庶民にゃ縁の無ぇモンだ、知らねぇで当然さ。俺も目にしたのは二度目だがよぅ、こんなリアルなオートマタは初めてだ。イアソン・ヴォードって奴は腕の立つ職人なんだろうな」
ガットはちらりと木箱に目線を送った。
イアソン・ヴォードという名の職人によって生み出されたのだと、アイリスは言った。
エディがモーゼフ・ペイターズ宅から預かってきた木箱の中に入っていたが、小さな木箱なので足を外して入れられたのだという。
「どうして外に出たんだ?」
エディが尋ねると、
「だれもいなくなったら、遠くに逃げなさいって、言われたの」
とアイリスは答えた。
本当はもっと前に出ようと試みたが、箱の上に何かがあって(モーゼフが置いた漬物石である)出られず、そうこうしているうちに再び人の声や激しい揺れが起きたので、じっと潜んでいた。
それから静かになり、しばらくしてからアイリスは箱から抜け出した。自分で足を装着し、出たことが知られないよう木箱を元の状態に戻そうとしたとき、接続が悪かったのか左腕が抜け落ちて……拾おうとしたと同時に、誰かに大声で呼ばわれた。
誰かいるのか、と威嚇の声で。
それは当然のことながら、見回りをしていたトリティだ。
驚いたアイリスは慌てて隠れたが、左腕は箱に残ったままだった。腕を取り戻すこともできず、アイリスはとにかく逃げなければという思いで、降り注ぐゴミ箱やら椅子やらをかいくぐり、出口を見つけ出した。そして障害物(ウィンジールである。彼は今も仮眠室で痛めた腰を擦っていた)を跳ね飛ばし、安全な場所を一晩中探した先が、車庫だった。
「すぐに逃げたかったけれど、うでが」腕は箱の中に残ったままだった。それでずっと車庫に隠れていた。
「どうしてエディくんの前に出てきたの? 夜まで待っていたらよかったのに」
そのほうが人がいないのにねぇ、とメリーアンヌはトリティに同意を求めた。トリティも、そうだよね、と頷く。するとアイリスは少し間を置き、
「安全そうだったら、だいじょうぶって言われたの」
それを聞いた周りの者はくすくすと笑い出す。アイリスはきょとんとしており、なぜ笑っているのか理解していないようだった。言われた当のエディは複雑な気分だった。
「そうだね、アイリスちゃんの判断は正しい」トリティが笑いながら言った。「確かに、エディは安全だよ」
なんだか自分が意気地なしと言われているようで不愉快になる。いや、意気地なしなのは事実に近いから否定は出来ない。それがなお悔しい。
「まぁ、とにかく。窃盗事件はアイリスちゃんの脱走だったわけだし、こうして本人もいることだから、事件はめでたく解決だね。ああよかったー」
「ほっとしていますねぇ、課長さん」
「そりゃあそうだよぅ。このまま事件が迷宮入りなんてことになったら、どうなってたか。荷物を盗られたなんて、ベクターズカンパニーの信用に関わるもの」
「荷物?」
「そうだよエディ。アイリスちゃんは『差出人戻し』の荷物に入っていたってことを、忘れてないだろうね? 君はアイリスちゃんを、差出人に届けなきゃいけないんだよ!」
「あ……」
マイクから指摘されるまでアイリスが人形であることを忘れていた。どうみても普通の女の子(可愛さは普通以上だ)だから、ついつい人間だと錯覚してしまっていた。気を抜くとそのことを忘れてしまいそうだ。
急にアイリスが声をあげた。何事かと思えば、彼女の左目が外れてころころとエディの足下まで転がってきていた。
「目が……どこ?」
「……落ちてたよ」
「ありがとう」
微笑んで目玉を受け取るアイリス。その顔は端正で、少しの歪みもない。しかし左目の部分はポッカリと穴が空いている。空白。闇。虚無。それらが彼女の目の奥に潜んでいた。やっぱりアイリスは人形だ、とエディは改めて認識して、なぜかとても残念に思った。
エディの気もよそに、そういえば、とトリティがマイクに言う。
「そういえば、アイリスちゃんは何かから逃げていたんでしょ。差出人に返して大丈夫なのかな」
それを聞いたマイクは、くわっと目を見開き、歯を剥き出しにして、威嚇するオオカミのように彼女を凝視した。般若の恐ろしい形相に、トリティは一瞬怯む。
「いいんだよ。海より深い事情があろうとも、お客様のプライバシーに触れるようなことはしちゃいけないんだ。配達員は配達が仕事! 信用第一! これ、鉄則!」
「そ、そうなんだ」
「じゃ、そういうことだから。ちゃっちゃと行ってきてよ、エディ」
「はあ……」
マイクに睨まれ、エディはムッと反発心を抱いたが、すぐにアイリスと目が合ってドキリとした。アイリスは相変わらずにこにこしている。
そのとき、ゴーンと昼休み終了の鐘が鳴り響いた。エディはそれを聞いて、昼食を食べ損ねたことに気がつく。
腹がぐぅと鳴った。
※ ※
「オートマタ、ね。この世には不思議な物があるもんだ」
小さなイアソンの説明を聞いたスーヴェンは、目の前の人形をまじまじと眺めながら素直に感心の声を漏らした。
「で、ヴォード家は代々続くオートマタ職人の家系なんだ。すごいだろ」
「なるほど、倉庫の奴もおっさんが作った人形だったわけか。それにしてもあんな気味の悪い物にしなくたっていいだろうに」
趣味が悪いな、とスーヴェンは言った。
「奴は試作品だったからな、不具合があったんだろ。職人でもたまには失敗するさ。本物のイアソンが逃げるときの時間稼ぎもあって、自分の分身にしたんだと。かくゆう俺も本物の分身だから、いろいろなことをお前さんに教えてやれるわけだ」
「試作品……もしかして、あの本に書いてあった物の試作品か」スーヴェンは自動車の中に置いてきた、古い本を頭の中で思い描いた。
「そうとも、よく理解しているな。先生は説明の手間がかからなくて楽チンだなぁ」
「誰が先生だよ? まあ、とにかく……なんとなく見えてきたかな。この面倒事の関係が」
スーヴェンは顎に手を当て、ふむふむと頷いた。
「え、判ったんですか?」
一人納得するスーヴェンに、ハマートは置いていかれまいと慌てた様子で尋ねた。彼にはスーヴェンが頭の中で組み立てた推理の一部すら、読み解けていなかった。
「まあね、でも半分くらいは僕の考えていた通りだった。ただ、まだ判らない事がある」
「ふむ、何だね? 遠慮なく質問しろ」
太々しい言い方に、スーヴェンの額に再びカチンと当たった。それを確認することもなく、頭を振って追い払う。冷静になれ、と言い聞かせた。
「なぜ家の鍵を残したんだ? 重要な謎だよ。だいたい僕が見つけずにオヤジやトムが見つけていたら、どうするつもりだったんだ。イアソン・ヴォードが生きている事がバレるし、鍵があったらここにも来ただろう」
「あいつが鍵を残した理由は、残念ながら俺は知らん」
「なんで知らないんだよ。分身なんだろ?」
「そうだが、本物が持つ情報のいくつかは、俺には無い。オートマタに人格、記憶などの総てを反映させるのは難しい。ま、お前さんが来たわけだから何の問題も無いわけだがな」
「それはそうだけど」
と、スーヴェンはもごもごと口の中で言った。確かに自分たちが来たが、それは結果論だ。自分以外の誰かが来ていた可能性は高いし、そうなれば今までのことは全部、ブルドッグオヤジの耳に入っていたのだ。
「ていうか、もう来たしな」
さらりと小さなイアソンが言ったので、スーヴェンは一瞬、どういう意味か解らなかった。何かの比喩か聞き間違いかと思って、驚いた声で言葉を返した。「何だって?」
「来たんだ、妙な連中がな。お前さんの知り合いじゃないのか? ハゲ頭のゴツい男が鍵はどこだと騒いでいた。妙に律儀な奴らでな、痕跡を残さないよう片付けてから去って行った」
お陰で部屋が前より綺麗になったよ、と小さなイアソンは笑った。
「そうか、やっぱり来たんだ。ハゲって言ったらトムだな……裏口がそのままになっていた。律儀な割には最後が杜撰だったね」
「いんや、裏口はイアソン・ヴォードだな奴は間抜けな事に、玄関の鍵を倉庫の奴に隠したせいで自分が入れなくなっちまったんだ。アホだろ? それで裏口から無理矢理入って、俺を置いてから出ていった」
と言う小さなイアソンに、スーヴェンは呆れて、一瞬後悔の気持ちが浮かんだ。
「……なんだかバカらしくなってきた。僕がそんな奴の残した物を探る必要があるのか?」
吐き捨てるように嘆くと、
「あるんじゃないですか? トムの兄貴がここに来たのなら、兄貴が探している『鍵』も先に見つけた方がいいんじゃないですか?」
珍しくハマートが真剣な表情で言うので、スーヴェンは驚いた。それが正論なだけに二度驚いた。
「それに」小さなイアソンが続けざまに言う。「それに、お前さんはもう関わってしまった。逃げることも、投げ出す事ももうできない」
「僕が何をしようと、アンタに決められる筋合いは無いよ」
怒りと呆れがない交ぜになった表情でスーヴェンが言うと、目の前のおっさんは不敵な笑みを浮かべた。挑戦的で癇に障る笑い方だった。にい、と口の端を持ち上げる。
「倉庫で鍵を見つけ、ここに来た……そして、俺を見つけたことは、何よりも重要なことだ。言っただろう、バラバラな事でも行き着く先は一つだ、と。関わってしまったお前さんは、その行き着いた先の結末を、見届ける責任があるのさ」
「何で、僕が」面倒事に見切りをつけたって、罰が当たるわけでもなしに。
「お前さんが、鍵を見つけるからさ。奴らではなくて」
含むように笑う小さなイアソンの顔を、スーヴェンは訝しく思った。
鍵を見つける?
それは予定でも、予測でもなく、未来が断定された言い方だ。
しかも、鍵とは? 倉庫ですでに見つけた、家の鍵のことではないのか。
それなら過去のことだし、言い方が間違っている。トムが探している鍵のことか?
どういうことだ、とスーヴェンが詰め寄ろうとしたとき……
ぐにり。小さなイアソンの顔が醜く歪んだ。
一瞬だった。
あっと言うことも出来なかった。呼び止める隙間も無かった。
歪んだ顔は、首から発射するように吹き飛び、切断面から黒い液体が飛び散る。踊るように手足が弾け飛び、胴体は壊れたパズルのような破片と化して、ハムスターのカゴの中は黒い粘液に汚染された。
倉庫の時と同じだった。等身大ではない分、不気味さや奇妙さは薄かった。二度目だったから、それほど動揺せずに済んだのかもしれない。
だが……それとは違う意味でスーヴェンは気分が悪かった。それは一番重要な部分を知る事ができなかった、という腹立たしさと、イアソン・ヴォードが残した謎に対する苛立ちだった。中途半端な情報を掴まされたのが不愉快で、胃の中がムカムカした。それらは内蔵も骨も、体中の隅々まで浸食していき、終には頭の天辺から溢れていった。
「……どうしましょう、これから」ハマートがおずおずと、腫れ物に触るように(実際スーヴェンの気分は、目に見えて分かるほど腫れていた)尋ねてきた。
「さあね」スーヴェンはそっけなく返す。腫れがひくのは容易ではなさそうだった。
「あ・そうそう!」
突然イアソンの声がした。驚いたのはハマートだけで、体を強張らせて辺りを見渡している。スーヴェンの頭の中はイライラで満たされていたので、あからさまに不機嫌な表情をした。まだ何かあるのか。
ほどなく、ハマートがハムスターの寝床に埋もれていた小さなイアソンの頭を発見した。
「お前さんが俺を叩き殺そうとしたときに使った本だがな、あれは取扱説明書だからよく読んでおくように! それから、本ハ本物に 渡しテ く れ。おれじゃ ダ め だ」
そう言うと頭も破裂し、小さなイアソンは完全に壊れた。
その中に、キラリと光る物が……黒い粘液の隙間から、顔を出す。
「……?」




