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第3幕・11 イアソン・ヴォード




「追いついたぞ! アイリスを返せ!」


 いくつかの目がエディに視線を投げたが、エディの目には二両目の真ん中にいる大男しか入っていなかった。男は青年(確かスーヴェンと呼ばれていた)に拳銃を向けている。思いもよらない破壊の力を目にし、エディは体を強張らせた。


「ちっ、しつこいガキだ。あいつらは何をやっていたんだ?」と男が憎々しく言う。


 男の後ろにいたスーヴェンは、意外そうな表情をして、そして笑った。


「あいつらが弱かっただけだよ、トム。エディ君に腕力はなくても、あいつらより運があった」


 エディは自分の名前が出たので驚く。どうして俺の名前を知っているんだろう?


 トムはエディを横目で見てから、青年に顔を向ける。


「そんな悠長なことは言えないんじゃないですかい? こいつを壊したいのでしょう、でもあのガキは取り戻したいときている。ガキにとっちゃ若もあっしも、邪魔者だ」


 スーヴェンもエディを見る。

 エディは二人が何者なのか、どういう成り行きなのかわからず、黙って状況を見ていた。


「そんなことは、どうだっていいんだ。結局のところ君が退いて、僕かエディ君か、どちらかが取り返せばいいだけの話。それで終わりだ」

「あなたはひとつ、忘れてますな」男は拳銃を見せつけるように軽く振った。


「あなたかガキが引いて、あっしが残る……その可能性が一番高いと思いますがね」


「野蛮だね、本当に」


 スーヴェンは言った。そして……ぐっと前へ一歩。


 空気が震える。

 客の悲鳴。


 きん、と耳鳴りがし、エディの目に映る世界は無音になった。血飛沫をまき散らし、倒れる青年……彼の姿を見ながら、エディの現実は無音のまま崩れていくようだった。中で何かが壊れた気がして……自分でも気付かないうちに座っていた。


(離れろ、くそっ)遠くで聞こえるトムの怒りの声。


 男は腕を振り回し、何かがエディの元に飛んできた。スタッと体操選手のように華麗な着地した大きな塊。

 それは?


(おう、大丈夫か?)ガットはエディに背を向けたまま声をかけた。


 誰に向かって?


「大丈夫に……見えるのか? ああ、でもこれじゃ、大丈夫とは、言えない」


 息を切らしながら答えたのは……スーヴェンだった。

 起き上がった彼は、右肩を押さえている。弾道はガットの手腕によって逸れ、スーヴェンの肩を撃ったようだった。

 エディは目の前で起きていることに、まるで現実味がなかった。五感に膜がかかったように霞んでいて、夢の中みたいだった。


「どいつもこいつも無茶なことをしやがるぜぃ。年寄りの気が休まる暇ぁねえよ」


 ガットが言うと、背後から誰かが立ち上がる気配があり、同調の声を出した。


「まったく、猫将軍の言う事は正しい」

「ああ?」


 トムは拳銃を向けるがその顔はすぐに驚愕の表情になった。スーヴェンは苦しそうに顔を歪ませて目を向ける。

 エディは現実に霞がかかったままで、振り返った。

 最後尾の窓側の席に立つ、一人の男。

 隠れていた降車係を押しのけて座席から出てきた。


「イアソン・ヴォード! 何で生きている?」トムが叫ぶ。


 エディは自分のすぐ後ろまで出てきた男を無遠慮に眺めた。

 この男がイアソン・ヴォード?


 帽子の下の目は眠たそうに垂れていて、顎には無精髭、癖のある髪の毛を後ろで一本にまとめていて、およそ職人とは思えない風貌だった。とりまく空気は、緩んでいるが、隙がない。

 想像していた人物と全然違う。


 この人がイアソン・ヴォード? エディは繰り返し思った。アイリスを作った?


「おっさん……人形じゃ、ないだろうな」スーヴェンが言う。

「なるほど、俺の人形に会ったのは若いのの方か……俺がいくら腕利きのオートマタ職人でもな、そう何体も同時に作れるもんじゃない。俺こそは本物さ。せっかくロックリバーまで逃げてきたってのにトムボーイがやって来て、ルーツェ行きかと乗ってみりゃ、うっかりサンミラノ行きに乗っていて、これだ。俺には神サンはついてないのかね?」


 気怠そうにイアソンは息を吐く。トムは何も言わず、拳銃をイアソンに向けた。


「おっとっと、止めときな」中年男は慌てず急がず、手を挙げて牽制する。


「こんなところで撃っても解決にはならない。お前さんは『アイリス』を手に入れ『鍵』もそうして持っている。俺には用はないはずだ。悪いが俺は、抜けさせてもらうぞ」


「……僕に結末を、見届ける責任がある、と言っておきながら……あんたは、見ないのか?」


「若いの、お前さんがトムボーイに歯向かってる意味は解っているつもりだ。あんたは親子仲が良くない。そういうことだな? だから、俺が残してきたものに会ったんだろう。だからこそ解ると思うんだがね。行き着く先は一つ……なぜなら俺たちは一つの物で繋がっているからだ」


 言うなり、イアソンはエディの襟首を鷲掴みにした。ずるずると乱暴に引きずって、後ろへ移動する。


「何するんだ! やめろ、離せ!」


「少年、お前さんはここでは何もできない。あの傷では若いのにも何もできないだろうがね。それに何も知らないでここまで来たのだろうからな、事実を知る必要がある。それからどこへ進むか、選んだ方がいい。猫将軍もいることだ、冷静になんねぇとな」


 イアソンは後部の扉を開けた。ごう、と強い風が車両に突入してきて、事情、思惑、恐怖も緊張も、何もかもをかき混ぜた。


「無茶ができるのは若い証拠だが、冷静になる場所も必要だ」


 ガットが側に寄ってくる。

 エディは抵抗するが、イアソンに引きずられたまま貨物車両へ渡る。

 イアソンは器用に空いた手で倒れていた自転車を起こした。ガットは当然のようにカゴに飛び乗った。


「離せ! 何するんだよ!」アイリスが!


 エディは必死にもがくが、イアソンは見掛けによらず力持ちだった。手の力は緩まず、


「それでは皆さん、御機嫌よう! ははははは」


 高らかに笑って、エディと自転車を持ったまま、壊れた貨物車両の扉から大空へと飛び出す。エディの悲鳴が空へと吸い込まれていった。




 落ちている。雲があっという間に通り過ぎていく。どこかで見た光景だ、とエディは考えたが、はっきりと分からなかった。エンジンが稼働した自転車とは比べものにならない速さで、二人と一匹と一台は大地の懐に飛び込もうとしていた。体は大地と平行になっていて、全身で風を受けている。イアソンが肩を掴んで無理矢理自転車に押し付けた。エディはハンドルを握る。


「さあ、漕げ! でないと木っ端微塵だぞ。俺ぁお前さんのような子供と心中なんぞ、まっぴらなんだがな」


 うるさいうるさいうるさい!


 声にならない声で叫んで、エディは自転車を引き寄せサドルに尻を乗せた。今度は頭が大地を向く。真っ逆さまとはこういうことか、と実感した。


「落ち着け!」ガットがカゴの網にしがみついて叫ぶ。「落ち着いてイメージするんでぇ」


「慌てるんじゃねぇぞ、絶対にできる」


 今度はイアソンが、肩を掴んで怒鳴った。

 大地はもう目の前で、くすんだ緑色だった森が、もこもこの絨毯のようになっている。エディは頭の中の警鐘を聞きながら、どうにか心を鎮めようとする。大きく息を吸って、吐いて、イメージする。垂直から弧を描き、大地に沿う道を描く。足に力を入れた。


 ……回らない!


「どうした!」ガットが尋ねる。

「動かないよ!」


 後輪が壊れたのか? 首をひねって見ると、がいん! と振動が起きて空に木片が飛んでいった。イアソンが後輪を蹴飛ばして、挟まっていた破片を外していた。


 横で、もう一度、という声がする。もう一度、集中して。……足に力を込める。

 後輪は動き、とたんに前輪も回転を始めた。


 これでよし!

 これで……


「げっ!」


 森はすぐ、目の前に。


 絨毯はいつの間にかブロッコリーになっていた。

 ハンドルを引いて、傾斜を。イメージを!





 自転車は緩やかな傾斜を描いて走った。

 だが、スピードは殺せず……結局彼らは森に勢いよく突っ込んでいた。


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