第3幕・7 前進2
疼く頬を押さえて、エディは走った。
細い路地が、入り組んだ道が、曲がり角がじれったい。
それでも足を進めた。
前へ、前へ。
男の姿はなかったが、エディはひとつの場所に向かっていた。
彼らは街の人間ではない。どこへ向かおうとも、行き当たる場所は一つだ……
空の駅。
外界との唯一の交通手段のブルートロッコ。
そこにいれば、必ず会うはずだ。
駅までの近道を行こうと、さらに細い路地を入る。薄暗く湿っており、料理の匂いと腐敗の臭いが混ざった空気が気持ち悪い。と、数歩進んだ所で突然。
「わあっ!」
突然、肺が圧迫されて奇妙な声が出た。
前に飛ばされて地面に勢いよく倒れる。
一瞬、何が起きたのか、エディは理解できなかった。眼を白黒させているうちに無理矢理起こされ、頭突きを食らわされた。
勢いで石畳に尻を打った。
「ヘイボーイ。久し振りだぜぇ」
ざらついた男の声が、路地に響き渡った。
額を押さえると生暖かいもの触にれた。
血だ。額が割れていた。
エディは痛みを堪えて顔をあげると、そこにはトリティによって阻まれていたはずの金髪の男が、敵意を隠そうともせず立っていた。
金髪の男がここにいるという状況が示すもの。エディには想像できなかった。したくもなかった。
男の眼は血走っていて、それは怒ったマイクの般若顔やトリティのゴキブリ退治の時の真剣な顔つきの、どれにも似ていなかった。鼻息は荒々しく、殺気が陽炎と化して男を歪ませている。
男は迫り、エディの頬を殴った。
強烈な打撃だった。
激しい痛みと同時に、胃からこみ上げてきた血の塊を路地に吐き出した。
口の中を切り、胃に流れたものが全部出てきたのだ。口の端から赤い糸が垂れる。
胃酸の酸っぱさと錆び臭いと生暖かいものが、口の中に満たされた。それから息をする間もなく、男はエディの鳩尾を蹴り地面に倒すと、胸元を大きな足で踏みつけた。
エディは再びこみ上げてきた吐き気に耐えてあえいだ。
剥き出しの殺意にエディは初めて恐怖を感じた。命に関わる恐怖を。肋骨が悲鳴をあげ肺が苦悶し、エディの頭に生命の危機のみ発せられる警報が鳴り響く。
「ゲームオーバーじゃねぇか、クソガキ。さっきの勢いはどこいった?」
男は嘲笑う。
エディの頭の中では、今朝の混乱から順に、昨日、一昨日の出来事が駆け巡った。だが、最初に思い浮かんだのは……。
みしみしと骨が軋んでいる。……エディはゆっくりと手元を探った。なにか、武器がないかと。すると硬くて冷たい物が指先に触れた。慎重に触ると、それは空き瓶だった。
気付かれないよう手に取る……
がん、という鈍い音。
男が絶叫し、口から泡をふきながら、足を押さえて汚い路地の上で転がった。
その間にエディは立ち上がり、血を拭いながら早足で路地を進んだ。
頭が痛くて、目の前がぼんやりした。足がふらふらする。
空を歩いているようだった。
路地を抜けると、一段一段の高さが違う長い階段に出る。
そこから右下に空の駅支社と、空の駅が木々の隙間から見えた。
風に乗って微かに、かぁん、と鐘の音がエディの耳にまで届いた。
慌てて空の駅を見ると、ブルートロッコが発車し、空へと走り出していた。